SAVE: 03 ブラックパーティーをぶちこわせ


「赤井っていうと……赤井理研の大本ですか。そいつはまた……」
この三人に廻す仕事としては究極に不適当では?──という言葉を飲み込んで、荒木は視線だけを京に送った。京は落ち着いた様子で胡坐を組みなおして、まっすぐに金熊を見た。
「酔っててもお断りですよ。そんなの」
まずその企業名を耳にしただけで、酔いはさめる。少なくとも抜擢されようとしているこの三人に限っては確かにそう言えた。
 赤井グループと言えば、ロボット開発で業界トップをいく理研工業社だ。福祉、介護に特化したロボットでここ十年で飛躍的に業績を伸ばし、その新型が発表されるとなれば世界各国が注目する。といった、赤井グループがどれだけ有名で優良な企業かといった点は京たちとっては実際どうでもいい。問題は、赤井グループが「業種柄仕方がない」のレベルを遥かに超えて、スプラウトに対して否定的な点である。簡単に言えば、「差別的」の部類だ。
 小雪ももちろんそんなことは知っている。赤井の名を聞いていい気はしない。それは多くのスプラウトが共有している感情だった。
「スプラウトのことを“培養人間”だとか言ってる企業ですよね。なんでまたセイバーズに」
「他にも“心臓無し”だの“ホムンクルス”だの好き勝手メディアで言ってくれてるよ。そういう奴らが介護ロボット作って荒稼ぎしてるなんて、考えただけで吐き気がするよな」
「浦島」
金熊に名前だけで諭されて、京は黙りはしたが顰め面はそのままだ。不機嫌を隠そうともしない京に比べて、奥で聞いていたシンは普段どおりである。また身を乗り出して金熊に見えるように挙手した。
「なんて思われてることは赤井理研側も重々承知してるはずですよねー? それをなんでわざわざセイバーズに依頼してくるんです? 完全に嫌がらせですよねーこれって」
シンも顔に出さないだけで胸中は京と同じだ。先刻遮られた小雪の疑問をそのまま皮肉たっぷりに投げかけた。
「それが災いしてというか、先方も苦肉の策だったとは思うんだ。聞けば最近、電話だのファクシミリだので脅迫めいた嫌がらせを受けているらしい。そんな中での外部に向けた大規模パーティだ、スプラウト専門の我々に警護を要請するってのがまぁ自然な流れだろうな」
「いや、それ自業自得ですよ。ご自慢のロボットで脇固めてりゃいいものを」
「浦島……」
金熊が運ばれてきた焼酎に口をつけて、深く長い溜息をついた。
「お前に拒否権はない」
「出た! みんな、聞いたよな今の! 課長、パ・ワ・ハ・ラ! 部下の同義的理由を全却下して職務をまっとうしろなんて、今すぐ生活課に言ってしょっぴいてもらっていいレベルですよ」
「やかましい! 誰に向かってパワハラなんて言ってやがる! お前なあ~……期限越えの報告書二件、始末書一件、誰が肩代わりしてやったと思ってんだ! 法務のバカ長に俺がどれだけ嫌味言われてるのか分かってんのか!?」
 金熊保安課長、爆発。荒木が血圧の上昇を気遣ってやんわり止めに入るのを振り払って、金熊は思い切り額に青筋を浮かべている。ちなみに法務課長と金熊は同期入社、良きライバルとはお世辞にも言いがたい犬猿の仲である。
 黙っただけでなく視線を逸らして小さくなった京。シンと小雪が両サイドで嘆息した。
「いいな! お前らの任務は赤井グループのパーティ会場警護! 文句は一切言わせん!」
酒の力を借りたかったのはどうやら金熊本人らしい、焼酎片手にいつもより凄みのある命令を下すと、興奮冷めやらぬままグラスの中身を一気に飲み干した。


「そういうわけで完全に不本意ながら警備に当たるわけだがー」
 土曜の夜、どこもかしこも人通りが多い。とりわけこの勝山ホールの周辺には老若男女いろんなジャンルの人間が行き交っていた。赤井の社員と思われるスーツ姿の男たち、その取引先か、リムジンが引っ切り無しに停車しては中から正装した男女が降り立つ。かと思えば、どこからどう見てもまだ学生だろうといった若者もいるし、今病院から直接来ましたといった年配もいる。抽選で一般の招待客が入るとは聞いていたが、ここまでいろいろな人間にうろうろされると警備も万全とはいかない。この中にスプラウトがいても──そしてそいつが赤井を死ぬほど恨んでいたとしても──なんらおかしくない。
『なんだってー? 独り言は電話切ってからにしてよねー』
 京がひとりぼっちで空しく通行人を観察しているここよりも、電話の向こうはいくぶん騒がしく聞こえた。シンと小雪は、招待客に扮してホール内部の警護に当たっている。ちなみに分担はあみだくじで決めた。
「うるせー。とにかく、この招待客に対してセイバーズは俺たち三人だけだからな。もともとの警備会社なんかも入ってるとはいえ油断は禁物、無茶はしないこと」
『小雪さん小雪さん、すごいよ。京がなんかまともそうなこと言ってるよ』
 繰り返すが京はホールの外で、ひとり空しく招待客を観察している。それを知っているからシンはわざとらしく小雪に話しかけて二人で笑ったりする。最悪極まりない下劣な奴だ──などと京は口を歪めていたが、二人の身を案じているのは本当だ。
 赤井グループの反スプラウト姿勢を思えば警護には荒木組が当たるのが妥当だ、にも関わらずこうしてスプラウト三人組が抜擢されたのは、他ならぬ荒木と城戸が別件で警察との合同捜査に借り出されているためである。
「ったく、放火殺人も休み休みやってくれよなぁ……」
今度こそ本当に独り言を吐きながら嘆息、その視界にとんでもないものが入り込んできて京は思わずケイタイを取りこぼしそうになるほど動揺した。
「そこー! お前だお前、頭に花つけてるお前! 二年だろー! 何でこんなところうろうろしてやがるっ!」
 華やかなパーティ会場には似合わない、いや完全に浮いている全身ジャージの男がエントランスにいる女性数人に向かって突進していくのが見える。手には竹刀。誰がどう見ても不審者だ、指さされた女性(確かに頭に花のコサージュをつけている)は悲鳴を上げて逃げている。
「ぐぉらー!! 逃げんな、クラスと名前ー!」
ジャージの男の猛追に観念したのか、女性は耳をふさぎながらけんか腰に名乗っているようだ。京はその一部始終を助け舟も出さず遠巻きに見ていた。
「シン……赤井の、社長の娘いたよな? 高校どこだ」
『何さ、いきなり。えーと、赤井葉月さん、藤和高校だね。特進クラスだって』
名前もクラスもどうでもいい。重要なのはそのご令嬢が藤和高校の生徒だという一点だけだ。それだけで、あのジャージの悪魔がここに出没している理由は判明している。
「要警戒。会場の外に、鬼パンがいるぞ」
 電話口でシンがむせた。
『はあ!? なんで!』
「だから赤井の令嬢が藤和の生徒だからだろっ。さっきから確かに高校生くらいの若い奴がうろうろしてんだよ、補導しに来てんだろそれを」
『……まさかジャージで竹刀持って?』
「ホイッスル首にぶら下げてないだけマシになってる」
京の視線の先でジャージの男──京は鬼パンと称した──が新たなターゲットを補足したようで、また怒声を浴びせながら突っ込んでいった。一歩間違えたら通り魔だ。見れば見るほど女子生徒が気の毒でならない。
『京、とりあえず僕らは赤井社長の娘さん中心に警護業務に当たるから。鬼パンのほうは何とか始末しといてよ』
「始末とか言うな、あれでも一応教員だぞ。さっきからすげぇ悲鳴上げられてるけどな」
 あの調子なら放っておいても赤井の警備員に職務質問されるだろう、京はそそくさと場所を移動しながらシンとの通話を終えた。
 鬼ヶ島剛──藤和高校の体育教官にして生徒指導主事、それもシンが、もっと言えば京が通っていた頃からだから生きた化石と言ってもいい。あだ名は十年以上変わらず「鬼パン」、季節を問わず全身ジャージ、ハーフパンツを愛用し、ところ構わず竹刀を振り回す。もはや全国の学校という学校で絶滅した部類の最後の生き残りである。必要以上に開襟したジャージから豪胆な胸毛がチラリズム、この辺りも京の在学当時から全く変化なし。

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