SAVE: 03 ブラックパーティーをぶちこわせ


(もともと無いっての)
今度は胸中に留めた。と思ったのに。
「あなたこそ! ご自慢の脳みそと心臓使って、ちょっとは発言内容をわきまえなさいよ! あんたの日ごろの行いのせいで娘がこうなってんでしょうがっ!」
 いつのまにか小雪の体はステージとは逆方向、赤井に向けられている。
「なんだとぉ! 小娘が知った口を! ……何が国力だ、害虫のように増殖するだけしか能が無いスプラウトにそんなものが担えるはずがない! 国力とは技術力であり経済力だ! 培養人間は即刻抹殺すべきだ、それのどこがおかしい!」
赤井が力の限り叫ぶと、会場は先刻とは別の理由でどよめきだした。おそらくは、これが赤井の本音であり彼の根底にあるものなのだろう。既に知れていたこととはいえ、こうまで飾りもなく顕わにされて賛同する者はいない。
「パパ、なんてこと……」
葉月がステージ上で呟いた一言が小雪には唯一救いになった。業務に戻ろう──彼女は、何としても無事助けなければならない。小雪の所業に半ば呆気にとられていたシンも、彼女が気持ちを切り替えたのを見越して再び集中した。ステージへの階段をゆっくり上る。
「葉月さん。今あなたがそういう目にあってる原因はご理解いただけたと思います。……私たちの仕事は、スプラウトの尊厳を守ること。それが現状人の手で侵されていることを、忘れないで」
「でも、パパは、パパが作るロボットは多くの人を助けてるのに……そんなこと……」
「それとこれとは! 話が全く別! あんたのパパは神様かなんか!? 助ける人を振るいにかけるほど傲慢なことってないでしょ!」
「そのとぉーりぃー!」
 バァン! ──ホールの入口扉が軽快に開け放たれた。同時に照明が点く。オレンジ色に染められていた人々の肌が、一気に通常仕様に戻った。小雪の肌は白く、葉月のドレスは赤く、
ナイフは銀に輝き始める。
「全力セーイブ!」
入り口に仁王立ちで佇む人影、腹の底から力いっぱい声を張り上げる。
「君の心とその笑顔! お待ちかねスプラウトセイバーズ本星、浦島京介けんざーん!」
 一緒に入室してきた亀井は、手刀を切りながら招待客の群れに紛れこもうとしていた。京は構わず大股でホールの中央へ向かう。そこには中ボス・赤井社長が立ちはだかっているわけで、まずはこれを攻略しなくてはならない。
「赤井社長。誠に勝手ながら地下冷凍室を見学させてもらいました。必要な証拠がそろったようなので、直に警察がここへきます。現時点では我々は手を出せませんが、この案件には後日関わることになると思います。俺じゃなくて、もうちょっとうちの偉い人がね」
「何を……。何を言ってるんだ、地下? 地下には何もないっ。何が証拠だ! 何の証拠だ! お前らこそ名誉棄損で訴えられる覚悟はできてるんだろうな!」
「……もう少し小声でお話しませんか。社長ご自身のためにも」
「仕事もまともにできない能なしがいけしゃあしゃあとぉ! それよりもあっちだろう! あのイかれたスプラウトを何とかしろっ、さっさとぶち殺せ!」
 京は眼球を上方に向けながら苦笑いをこぼした。そのままステージを指さす。赤井が振り返った先で、既にブレイクスプラウトは観念しシンに拘束されていた。大立ち回りは何もしていない。小雪が彼の話を聞き、彼が自ら葉月を解放した結果だった。
「さて。イかれた人間の方はどうしたもんかね」
京は振り返って入り口で影を潜めていた亀井に問いかけた。亀井は全力で被りを振っていたが
、会場内の視線は思いきり彼に集中してしまっている。仕方なく中央に進み出て咳払いした。
「あー……赤井さん。お宅に逮捕状が出てるんですわ。罪状は──」
 亀井は結局、赤井と京にしか聞こえないような声量でそれを告げた。そんなことをしても、翌朝の新聞の一面は免れない。ゆくゆく葉月に罪状を伝えなければならないことも分かっている。それでもこの一瞬に必要な配慮を欠かさないのが亀井の良いところだ、京は長い付き合いでそれを知っている。
 抜け殻のように放心しきった赤井を亀井に預けて、京はブレイクスプラウトの対応に合流した。


 勝山ホールの外は、たくさんの警官とパトカーの赤い点滅でうるさいくらいに賑やかだった。「キープアウト」のテープがホールの出入り口全てに張り巡らされ、京たちはそれをくぐって外へ出た。
「結局何だったの。赤井の罪状」
 警官と野次馬が小競り合いを起こしているのが目に入る。それすら今は背景化して、小雪は京の顔を見上げた。間が、長い。
「スプラウトの、遺体売買」
 そうかと思えば何でもないことのように早口で告げた。小雪の足が思わず止まる。驚愕で声が出なかった。横で聞いていたシンも目を見開いたが、すぐに平静を装ってブレイクスプラウトを社用車に押し込む。歩みを再開しない小雪、それを待って京は運転席のドアを開けずにいた。
「それは、警察の管轄なの」
「今のところは。でもまあ、うちも本社が動くことになるだろうね。……赤井から芋づる式にあがってくる可能性もある」
「地下に……あったの?」
<何が>という単語を小雪は言わなかったし、京も聞かなかった。証拠と言えばそれに勝るものはないだろうが、真上でパーティーを催すのに現物がそのままというのはお粗末すぎる。京は単純にかぶりを振った。
「警察の鑑識もそれなりにスプラウト反応は判別できる。詳細はIーシステム課との連携が必要だろうけど、事実と認定するに十分な証拠があった、と思ってくれりゃあいいよ」
「そう……」
小雪は呟いて、歩きだした。それを見て京も運転席のドアを開ける。京としては警察にあれこれ嫌味を言われる前にさっさとこの場を撤収したいところだった。しかし乗り込もうと腰をかがめた矢先、彼はその中途半端な体勢のままその場に踏みとどまった。
 声がする。世にも恐ろしい、魔物の声が。
「いや! いや違うっつってんでしょうが! 俺は生徒指導に来てるんであって、何の用とか言われても困るんだよ!」
 その声に、一足先に社内に収まっていたシンも後部座席の窓を開ける。京は声のする方を凝視していた。
「生徒指導って、あんた大丈夫か? ここは赤井理研のパーティー会場だぞ。……まあいい、名前と住所と職業」
「だから! 藤和高校だって言ってんだろっ、わからねぇ警官だなあんたも!」
「竹刀なんか持って道の往来をうろうろしてる輩を誰が教員だと思うね?」
 この時点でシンが思いきり噴き出した。京から報告は受けていたが、現物──今目の前で警官に職務質問を受けている鬼ヶ島剛教諭を目にしては致し方ないことなのかもしれない。京がシンの頭をはたく。このやりとりで鬼ヶ島、いや鬼パン本人にもこちらの存在が知れてしまった。
「浦島! 浦島じゃねぇかお前! ちょうどいいとろこにっ」
 京は鬼パン、の隣で訝しげにこちらを見ている警官に向けて残る全ての力を費やした爽やかな笑みを送った。
「お巡りさん。その人、パーティー前からうろついて若い女の子追いまわしてましたよ! 厳重注意しといてくださいね!」
 警官の目の色が変わった。
「ちょっと署の方までご同行願えますか」
「は? いや、その……浦島あぁぁぁぁ!」
 京は笑いを噛み殺しながらさっさと運転席のドアを閉めた。後部座席ではシンがこらえきれず大爆笑、隣で俯いていたブレイクスプラウトは迷惑そうに溜息をついていた。

 翌朝の新聞は、予想通り赤井理研への強制捜査と社長の逮捕劇が一面に載った。スプラウト忌み嫌っていたことで有名な赤井がその遺体を売買していたという事実は、世間の注目と関心を集めた。赤井グループの本社ビルと勝山ホールの前には連日報道陣が押し寄せ、警察本部とセイバーズ本部による合同捜査の発表も、正式な会見を待たずして速報で報じられた。
 しかし人々は知らなかった。その日その場所で、悲劇を引き起こそうとしていたスプラウトがいたことを。その悲劇を未然に防いだ者がいたことを。そして、全身ジャージの体育教官がかつての教え子に裏切られことを。
 それらの全貌を知っている京たちもまた、このときはまだ理解していなかった。この赤井の事件が、これから発覚する脅威の一端でしかなかったことを。そして、その始まりののろしであったことを──。


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