SAVE: 03 ブラックパーティーをぶちこわせ


「赤井にちょっとした……内容としてはシビアな嫌疑がかかってな、状況証拠は十分なんだが物的証拠がどうにもあがってこない。それを掘ってくるのが俺の仕事だったわけだが」
「うちの美人セイバーズに不審者扱いされた挙句危うく金的一歩手前。精神的ダメージは果てしないな」
「それはもういいっ。浦島たちはどうなんだ、その件で赤井に関わってるわけじゃなさそうだな。おおかた専門屋さんの警備強化ってところか」
「その件ってのがどの件なのかいまいちピンとこねーけど、まあそんなとこ」
京はパイプ椅子の背に体重を預けて大きなあくびを漏らした。ここで半分居眠りをして事なきを得たい気分ではある。本音を言えば、この後どこぞのスプラウトが会場内で大暴れしようが赤井が何かしらの容疑で検挙されようがどうだっていい。
「……まーそれで一般人に被害が出るってのは避けたいかね」
 ぎしぎしとリズム良くあがる椅子の悲鳴でかき消すように、京が小さく独りごつ。
「その物的証拠ってのはここから上がるもんなのか。通常なら赤井本社か自宅だろ」
「出るならここなんだよ。この、勝山ホール。二か月前に赤井が丸ごと買い取ってんだ、スタッフも警備会社も総入れ替えして」
「……なんのために」
「地下冷凍室。このホールはもともと大型スーパーの一時倉庫だったところだ、3年前にイベント会社が買い取って多目的ホールに改装。地下はそのまま使ってたらしい」
 京の顔がみるみる強張る。外部に全く触れさせない状況で巨大冷凍室を手に入れなければならない理由は、どう考えてもマグロの大量保管ではないだろう。赤井が寿司産業に手を出したなんて話は聞いていない。
「地下に、何がある」
「〝そのもの"があるとはこっちも思っちゃいない。僅かな痕跡があれば十分なんだよ、現代の科学技術ってのは恐ろしいくらいに発達してるからな。……ということで俺はこのドアをぶち破って捜査を続行するけど、浦島はどうする。俺としては専門家の協力があるにこしたことはないと思ってるよ」
 京は黙って腰をあげた。パイプ椅子は短い悲鳴を最後に静かになる。


「このまま何事もないとさー、報告書には京と小雪さんの失態がメインで記載されるわけだけど」
生ハムにフォークを突き立てながら、シンが他人事のように呟く。
「シンくん……性格悪い」
「どうも。よく言われます」
ハムを頬張ってやはりあっけらかんとやり過ごす。パーティー開始から何も口にしていなかったのだから、生ハムの一枚や二枚で咎められることはないだろう。小雪もいつしか振りだけだった飲み物に口をつけていた。
 ステージ上では葉月の、少し早めの誕生日ケーキが切り分けられている。ウエディングケーキでもここまでうず高くは積まないだろういうくらいのサイズだ。高級ホテルの高名なパティシエが、わざわざ葉月のために積んで積んで積みまくったというバベルの塔ケーキ、それが歓声の中で細切れにされていくのを小雪も物欲しそうに見上げていた。
「あれ……私も食べたい」
 パティシエの名前はよくテレビや雑誌で見かけるから小雪も知っている。あれは絶対に美味い。
「もらえるんじゃなーい? この際課長用にもラップしてもらってさー」
ご機嫌取り用に使えば? という辛辣な言葉をシンは生ハムと共に飲み込むことになった。すぐ隣でケーキに熱視線を送っていた小雪の姿がない。いや、あるのだろうが見えない。ホール内の全ての照明が突如として落ち、場は騒然となった。ケーキの周りで揺れていた17本のキャンドル(これもどこそこの高名なアーティストの作品らしい)が、より一層鮮やかにステージを彩っていた。それを目にして、小雪やシンを含めた出席者たちは安堵のため息を漏らす。どよめきはすぐに拍手と歓声に変わった。そして、すぐに極上の悲鳴に変わる。
 キャアァァァァ! ──スタンダードな悲鳴だ。ホラー映画で良く聞くタイプの、発信源より聞いている側の心臓に負担がかかるそれである。訳も分からないまま連鎖反応を起こしてあちこちで短い悲鳴があがりはじめた。
「小雪さん!」
シンはすぐさまモバイルのライトを点灯させた。小雪はすぐ隣でシンと同じようにケイタイのライトで辺りを照らしていた。その頼りない光が、葉月の首元でやけに反射して光る。先刻までテーブルに並べられていたフィッシュナイフが反射原のようだった。フィッシュナイフを首元にぶらさげるのが女子高生の間で大流行していない限りは、この光景は絶体絶命と捉えて良さそうだ。
 非常灯が点く。オレンジ色の薄暗い明りは、会場全体を異常な空気に変えていた。
「た……助けて……」
 また悲鳴。今度は葉月のものではない。彼女はもう悲鳴をあげる状況にないから、事態を把握した出席者のものだろう。わけがわからなくても悲鳴はあがるが、わけがわかっても結局同じことだ。
 葉月はステージの上でピンと四肢を伸ばして、ナイフを当てられている首を後方の逸らしていた。犯人の風貌はよく分からない。葉月の派手なアップスタイルとドレスのせいで、その大半は隠されていた。
(ってことはそこまでデカい奴じゃないよね!)
ステージに駆けあがろうとしたシンを見越したように、葉月の背後から低い唸り声が鳴った。野犬のような、バイクのエンジン音のような、とにかく人のそれとは言い難い異様な唸り声が。
「来るなヨ……コッチには来るナ。今からケーキがマッカにそまる。アカイのアカイ血でアカクなる」
(何うまいこと言ってんだコイツ!)
シンはステージ一歩手前で立ち止まった。瞬時に判断できるほど彼はブレイクしている、その割に冷静を装っているところが不気味だった。
「なに言ってんのこいつ……じょ、冗談でしょ」
葉月の歯が音をたてて震える。シンと目が合うとうっすらと涙が滲んだ。
「どうして、赤井社長じゃなくてその子なの。個人的な恨みでもあるのかな」
小雪はステージから離れた位置で、少しだけ声量をあげた。そうすることで犯人の注意はシンから逸れる。ついでに言えば、手元のナイフのことも少しだけ忘れられるはずだ。
「見せたイんだよ」
妙なところでイントネーションが外れる。それでもこのブレイクスプラウトは懸命に何かを訴えようとしていた。
「何を」
小雪が、一歩前に踏み出す。
「赤井が言う俺たちの〝機能停止"が、こいつの〝死"とオナジモノだってこと。親切に、オレが、教えテやろうと思うんだ」
「そう……。それは確かに、親切ね。でも彼女は関係ない、そういうのは自分の身に起こって初めて理解するんじゃないかな」
小雪は長い時間ブレイクスプラウトの目を凝視していた。濁りがあるかは判断できないが、その他の判断材料で、彼がブレイクだと断定するには十分だ。シンに一瞬だけ視線を送る。とにもかくにもフィッシュナイフだ、あれさえどこかへ素っ飛んでくれれば──。
「何をモタモタしてるんだ! さっさと撃ち殺せ!」
ホールの中央から怒声が飛んできた。一番大人しくしていてほしかった存在、赤井が顔を真っ赤にしてテーブルを殴りつけた。
「撃ち殺せって……拳銃携帯許可なんておりてないっての」
シンが思わず胸中の言葉を声に出す。溜息もセットだ。
「娘が最優先警護対象だとあれほど言っただろう! セイバーズがここまで無能だとは……!
スプラウトばかり相手にして脳みそも心臓もなくなったんじゃなかろうな!」

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