SAVE: 04 大絶叫フェアリーランド


「白姫は大丈夫なのか、撃たれたんだろう」
荒木の声に反射して、京は小走りにセイバーズの面々に合流した。報告書より始末書より、ひとまず最優先にすべきことがある。
「やっだな~荒木さん。どう見ても俺の方が重症ですよ、鼻見てくださいよ鼻」
言いながら上着を脱いで、頭から小雪にかぶせた。
「ん? ああ、そいつは残念なことになったな。元からないのに。……じゃなくて、白姫もお前も、システム課に行ってちゃんとケアしてもらえ。『警察屋さん』とは俺が話しとく」
「うわ、男前……」
「茶化してないでさっさと行けっ」
「……だってさ。ここは荒木さんたちに任せて撤退しますか。絞縄痕とか残ると痛々しいしね」
 小雪は京の、決して良い香りのしないスーツの上着をかぶったまま大きく一度頷いた。連行される犯人さながらに顔を隠したままフェアリーランドを後にし、京と二人で車に乗り込む。その間、終始無言だった。黙っているからといって考えがまとまるわけでもない。港湾区の流れる景色も見ずに、小雪はひたすら考えていた。京のスーツが作り出す小さな洞窟の中で。
 京という面倒ごとの大本を追い出してもなお、荒木のもとには面倒ごとがとぐろを巻いて順番待ちしていた。警察の対応には城戸とシンが赴いてくれたが、当面の面倒ごとランキング1位はどう見てもこの親子だ。藤木と、亜里沙は抱き合って、泣き合っていた。数分前に一度調書を取ろうと話しかけたが聴く耳持たずだ。あと何分、この号泣大会に付き合えばいいのだろうか。荒木は舌打ちして、火をつけるつもりの無い煙草を取り出した。
「荒木さん、城戸さん」
と、くわえる前に藤木が声をかけてくる。タイミングがいいのか悪いのか。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。息子……加賀見の件についても、何とお詫びしていいのか……」
「気にせんでください。我々は我々の仕事をするだけです」
「加賀見は……“ブレイク”していたのかもしれません」
藤木の口から出た思わぬ言葉に、荒木は一瞬耳を疑った。ついでに記憶も疑ったが、加賀見有一は間違いなく普通の人間のはずだ。
「息子さんはスタンダードですよ」
「分かっています。ブレイクするのはスプラウトだ。人間に作られた人間、ブレイクの危険性を常に孕んだ不完全な人間……そういう業を背負っているのがこの子たちです」
藤木は足元にしがみ付いている亜里沙の頭を優しく撫でた。そこにスプラウトを侮蔑するような感情は一切感じられなかった。
「まぁ……そういう考え方は人それぞれですから。俺は特に同意もしませんし、否定もしません」
「私が言いたいのは、人間も……人間の方がよほど、ブレイクするのではないかということです。人は、弱い。そのくせそれを認めることもできない愚かな生き物です。そういった意味で私たちは皆等しく『不完全』なのだと……思ったんです」
 そこまで言って、藤木は警察側に呼び戻される。遅れて荒木と城戸、そしてシンにもお呼びがかかった。今夜は遅くなりそうだ。家にメールをしておかなければならないななどと、荒木は腕時計に目をやりながら頭の隅のほうで考えていた。
「城戸、お前どう思った。藤木さんの話」
 藤和署に向かうため三人は、城戸の運転する社用車に乗り込んだ。運転席のシートベルトを締めながら、城戸が片眉をあげる。荒木らしからぬ質問だった。
「どう、ですか。俺はああいう哲学的な考えはあまり、好きじゃないんですよ。だから『同意もしませんし、否定もしません』ですかね」
「……嫌なやつだなぁ、お前。そんなだから、『セイバーズは被害者を救わない』だの罵倒されるんだ」
「気にしてたんですね、それ」
城戸がエンジンをかけると同時に笑い出す。後部座席のシンは、二人の会話に入ろうともせず、移動の僅かな時間を仮眠にあてがうようだ。膝を折りたたんで横になっていた。バックミラーでその姿を確認し、城戸が仕方なさそうにまた笑った。
「言いたいやつには言わせておけばいいじゃないですか。そういう垣根を越えて、目の前の困ってる人を『うっかり』助けて、始末書ばっかり書いてる奴もうちには居るんですから」
 城戸の遠まわしの言い草に、荒木も声を噛み殺して笑った。そのうっかり野郎が始末書を書かなくて済むように、今のうちに良い言い訳を考えなくてはいけない。荒木は座席を少しだけ倒して、夕暮れの港湾区を眺めた。


 就業時間を過ぎたスプラウトセイバーズカンパニー・I-システム課には、残業する者もなく、課内はスリープモードのPCモニターの、僅かなランプがついているだけだった。システム課が通常業務を行うその部屋の前に、スプラウトの健康管理センターを兼ねた保健室のような一角がある。京はそこへ入るなり、慣れた手つきで照明をつけた。念入りに人がいないか確認する。俯きっぱなしの小雪に丸椅子に座るように指示して、自分もキャスターつきの椅子を転がしてきた。小雪の目の前に静かに座る。
「俺に言うべきことがあるよな?」
前置きはなかった。強いて言うなら、車内での、そしてここに至るまでの無言が前置きだったのかもしれない。
 小雪は顔をあげることができず、膝の上に乗せた自分の手の甲を食い入るように見つめた。
「ごめんなさい……」
 車内で様々な言い訳を考えた。そのどれもが言い訳だった。そう思うと、何も言えなくなった。京やシンを信用していなかったわけではない。それでもプリズム・アイを持って生まれてきたスプラウトとして、隠していかなければという半ば本能のようなものもあった。
 二の句を継げない小雪に、京が深々と嘆息した。呆れているのだろうか。京に呆れられるというのは、思った以上にずしんと重たい。
「単独行動時に無茶はしないこと。できるだけ迅速に応援を呼ぶこと。そういう状況を常に作っておくことも大事。まぁ今回のは、勢いとは言え許可した俺も悪いけどな」
「……はい?」
「締まりない返事だなぁ……。珍しく俺がばしっと説教してんのに」
「え、いや、えーと、すみません、でした……」
疑問符が完全に抜け切れずに、小雪はまた小首をかしげた。京がそれを見て小首を傾げ返す。
「他に何か……」
小雪は煮えきらずに切り出した。今度は京が疑問符を思い切り浮かべ、しばらく小雪の顔を真剣に見つめる。やがて申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「……プロポーズはもうちょっと、雰囲気を重視した方がいいと俺は思ってるけど」
 小雪は席を立った。一応ピンチを助けてもらった上、プリズム・アイのことが他者にばれないように配慮してくれた彼に対して、思い切り、これでもかというほど、ありったけの二酸化炭素と呆れのこもった溜息を、目の前で吐くのはどうかと思ったからだ。背を向けてそれを深呼吸のように吐き出したが、当然すぐ後ろで京はしっかり傷ついている。
 小雪は溜息の残りを小出しにしながら、引き出しから絆創膏を取り出して、手際良く京の鼻頭に貼り付けた。一昔前の漫画に出てくるいたずら小僧のようになった。小雪のそんなぶっきらぼうな態度にも、文句ひとつ吐かず笑う。
 浦島京介とはなるほどこういう男なのかと、小雪は納得しながら胸中でありがとうと呟いた。

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