SAVE: 06 ールサイドの悪夢


 京が想像の中の乙女に縮み上がっている間も、小雪は浮かない表情のまま突っ立っていた。
「まぁそんなに深刻に考えなさんな。鬼パンも生徒も無事だったんだし、シンにも小雪にも怪我なかったわけだから、それでいいじゃないの。俺はそれでいいと思うから、自分の判断と行動に後悔はしないけどね」
反省はするけど、と席を立ちながら京が付けくわえた。空になった「しのぶ」の缶を、自販機横の缶入れに捨てる。ところどころにぶつかりながら、缶は落ちていった。
「あぁ、そうだ。ああいうところでさ、アイナンバー見られるのは確かにまずくて……だから小雪の配慮は助かった。中高生は特に、多感だからさ」
「それは今日、間近で接して思い知った」
「だろ? スプラウトも普通に居るからな、あの学校。鬼パンは長いからそのあたりの配慮が上手かったりする。あれで結構気つかってんだ、それを俺らが台無しにするわけにはいかないからな」
「それも今日、間近で感じた」
 鬼パンのおかげで絶叫タイムが多かったのは否めないが、彼がプールに沈んで駆けつけた生徒は皆一様に心配そうだった。おそらくは藤和高校にとって、それ以上に今の社会に必要とされる人なのだろうことが十二分に分かる一日だった。
「まぁ、小雪にはしっかり俺たちのナンバー見られちゃったわけだけど」
「……何よ、今さら。知ってるでしょ、元から」
 京、シン、小雪のアイナンバーは三人のうちで共有されている。健康診断の際に、思い出したように京から教えてきたのだ。緊急時に迅速に対処できるからバディのアイナンバーは知っていた方がいい、確かそういう理由だったように記憶している。
「知ってるのと、直で見るのとは違うよ」
「だから別に……私だってスプラウトなわけだから。気にしなくていいと思うんだけど……」
 京はアイナンバーを他人に見られることを嫌う。京が、というより大抵のスプラウトはそうだ。見た目には見わけがつかないスタンダードとスプラウトを、決定的に分ける視覚的要素がアイナンバーだ。それが左胸、スタンダードでいうところの心臓部に刻まれているところに作為を感じない者はいない。
 京の憂いを帯びた表情を見て、小雪は当然そう言った意味に解釈していた。だからそれ相応のフォローを入れたつもりだった。が、京は釈然としない顔で小首を傾げている。
「? いや、不公平だろ? 小雪は俺のナンバーを見て、俺が小雪のナンバーを見てないっていうのは」
肩眉を上げる。もちろん京がだ。小雪は顔を背けて舌打ちした。
「それ! 小雪さんそれ! 俺、それは注意するよ今後も! 舌打ちとか傷つく!」
「あぁそれは、すみませんでした、ほんと。今日見たナンバーだの浦島先輩の存在そのものだののことは、できるだけ忘れるように努めますので」
小雪は馬鹿丁寧にお辞儀をすると、まわれ右をして変態野郎の前から立ち去った。後方で何か必死に弁解をしているようだが、聞いてやる義理はない。歩幅を広げて勇み足で保安課への廊下を突き進んだ。
(ほんっとにもう! 頼りになるんだかならないんだかっ)
 少なくとも今は、セクハラ発言の過ぎる極度に気持ち悪い男であることは間違いない。しかし少なくとも、息を切らしてプールサイドに駆けつけてくれたときは。自分の判断と行動に、後悔はしないと言いきったときは。
「……ないからっ!」
 エレベーターの扉をこじ開けた。余計なことを考えすぎて顔が熱い。早く保安課に戻って、みちるにアイスコーヒーでも作ってもらおうと、小雪はまた早足で廊下を突き進んだ。


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