シンの顔から笑顔が消えた。ブレーカーが落ちたように一気に無表情になる。嫌悪感をこれでもかというほど顔に出して、面倒そうに距離を詰めた。
「社長秘書なら『セイブ』の意味くらい分かるでしょ? あんたにその権利はない。人間様の法で裁かれてせいぜい最悪な人生を送ってよ」
最後にサービスということで、もう一度極上のつくり笑顔を向けた。いつもならこのあたりで、あきれ顔の京からストップがかかる。「イケメンだからって調子に乗るなよ」だとか「その性格の悪さがにじみ出たスマイルをなんとかしろ」だとか、最高に的外れで、最高に的確な突っ込みが入る。
「……調子、狂うなあ」
座りこんだ麻宮に合わせて、自分もまた態勢を低くした。報告をして、応援を待たなければならない。面倒だ。このまま銃口を女の締まりの無い口にねじ込んで引き金を引いた方が、遥かに手っ取り早い気がする。半眼でそんなことを思ってもみたが、嘆息してすぐに撤回した。
先刻まですぐ近くで鳴っていたヘリのプロペラ音が遠ざかっていく。シンはゆっくりと、無線のスイッチをオンにした。
「柳下、そっちもっと引っ張れ! 止血が甘い!」
「分かってます! ちょっと、白姫さんはいいから! あなたも精密検査が必要な状態でしょ!」
狭いヘリの中で怒鳴り合えば、それだけで場は騒然とする。焦りが怒号となって飛び交っていた。損傷したらしいアイの状態や、失血の程度、意識レベル、おそらくその全てを把握しているのは柳下だけだ。豆塚は操縦しなければならないから、後方で繰り広げられる緊急病棟ドラマに加勢することができない。それでも時折後ろを振り返っては、うんともすんとも言わない京の様子を窺った。
「何やってんだよ……女助けに行って自分が撃たれて。なっさけねーことしやがって……」
操縦桿を握る手が震える。我慢できず、声をあげた。
「死んだら、何にもならねえだろうが!」
「うるっせえ!」
そして割と間髪いれずに、椅子の裏を蹴られた。豆塚は何が起きたのか分からずひたすら疑問符を放出している。
「キーキーわめくな! 腹に響くんだよ!」
京が寝転んだまま、問題の腹を押さえて声を荒らげた。これには荒木も、柳下も目を点にして凝り固まった。勢いよく蹴りをいれたはいいものの、結局それがあだとなって京は地味に転げまわっている。
「ゾンビか、お前は……。なんでその残り少ない体力を、くだらねぇことに使うんだよ」
「『それが浦島京介の最期の言葉だった』」
呆れ果てて感心し始める荒木、洒落にならないナレーションを呟きだす豆塚、それらを統べてひっくるめて青筋を浮かべる柳下。彼女の真っ当な説教が開始されたところで、毛布にくるまってぼんやりしていた小雪がのそのそと這い出してきた。
その表情を見て、京が苦笑する。小雪はそれだけ確認すると、またのそのそと毛布にくるまって声を殺して、泣いた。