SAVE: 09 ア─Part.1─


『宇崎部長! 狩野本社側に動きがありましたぁ! 応答願います!』
スピーカーが音割れを起こすほどの声量だった。宇崎は一瞬眉を顰めただけで、すぐに何事もなかったかのように卓上マイクを自分の口元に引き寄せた。ちなみに金熊と荒木は揃って耳を塞いでいる。
「報告しろ」
『桜井が死亡しました! 何者かによって狙撃された模様! 全職員現場に向かいます!」
 宇崎の蛇のような眼に初めて動揺の色が宿った。何故今、この段階で最重要参考人が死ぬ必要があるのか。
「口封じ、ってこと、ですかね」
唖然として入り口付近に立ったままだった荒木が、途切れ途切れに口にする。ということは黒幕は別にいる。それは果たして狙撃犯とイコールで結ばれるのか。判断は瞬時に行わねばならない。
「全員聞こえるか。桜井誉が死んだ、何者かの狙撃によるものらしい。よって、今から全ての本社職員は現場の狩野ビルに急行、但し白姫はそのまま麻宮を追え」
「……宇崎部長、その指示は」
横から口を出そうとする金熊を、宇崎は片手で制す。
「聞こえたか、白姫」
しばらく間が合った。
『……了解しました。このまま麻宮を追います』
間はあったが、毅然とした口調で返答はなされた。何か言いたげな金熊に対して、宇崎は右腕を差し向けたままだ。
「密に報告を入れろ。指示は追ってだす、自ら判断はするな」
『了解』
今度は間髪入れず返事があった。それを受けて宇崎はようやくマイクから体を離す。金熊に向けられていたストップバー代わりの右腕もようやく解除された。
「宇崎部長、今の命令は白姫には荷が重すぎます。ご存知の通り彼女はまだ新人で……」
「藤和支社は、女性職員をお姫様か何かと勘違いしているんじゃないか」
「……は?」
 宇崎の口から「お姫様」などというメルヘンな単語が飛び出したことに、そして明らかに皮肉を言われていることに動揺して、金熊は思わず言葉を詰まらせた。
「能力がある者はフルに使う。男も女も、新人もベテランも関係ない。もっと言えばスタンダードかスプラウトかもだ。彼女もセイバーズ保安課の職員ならわきまえているはずだ」
 正論だ、そしてどこか高尚でもある。金熊は反論できずそのまま押し黙ってしまった。これ以上余計なことを言えば、それは小雪の能力を貶めることになるだろう。
 金熊は宇崎に向かって黙って一礼すると、再び深く椅子に座りなおした。荒木に視線を送る。座りかけていた荒木がそれに気づいて一度退室した。金熊は、この視線にいくつかの保険をかけた。万が一は常に想定すべきだ。宇崎にとっての万が一と、藤和支社保安課にとっての万が一はおそらく同じレベルにはない。
(白姫君は確かに稀にみる逸材だ)
 それくらいのことはこの半年で十分に察している。元来ある能力に加え、呑みこみが早く真面目で勉強家だ。しかしそれは育て方を間違えれば全て短所になるような代物でもあった。だから浦島京介の下に就けた。奴なら彼女に、柔軟な思考と精神を無意識にたたきこむだろうと踏んだ。金熊の計らいは順調に実を結んでいたと言える。しかしそれでも、小雪には絶対的に不足しているものがあった。
(こんなところで一足飛びに経験値を増やす必要はないんだ。単独で行動させれば、どうしたって必ず『判断』は必要になる。宇崎さん、あんたは果たしてそれが分かってんのか……)
 金熊は静かなままの無線受信器のスピーカーを見つめた。次にこれが唸りを上げたときが、「判断」のときだ。宇崎の、金熊の、そして小雪の思いは、全てこの仰々しい大型のスピーカーに託されていた。


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