Tactile World Chapter 10

「何か良い作戦、決まりましたか」
「おーっ。そうそう、クレス殿とも話したが――」
そそくさと本題に入ってしまおうとするサンドリアに向かってクレスが、今度は冷静に待ったをかけた。
「その前にフレッドに言っておかないといけないことが」
横目でベルトニア王に同意をとって次にフレッド自身にそれを求める。こういうときの嫌な直感はだいたい当たる。フレッドは露骨に顔を歪めた。
(今度は何だよ……)
胸中で独りごちながら懸命に表情をつくった。
「ファーレンに送っていたベルトニア側の密偵からの情報よ。フレッドを筆頭に私たち、テロリストの肩書きで全国に指名手配されているらしいわ」
「はあ!? テロリストって……いや確かにそうはそうなんだけど……じゃない! 指名手配ってルーヴェンスの差し金か」
眠気覚ましにはもってこいのパンチの効いた情報だ。ルーヴェンスと、おそらくスイングも絡んでいる。やたら盛大にリアクションをとってしまった自分に腹を立てつつ、まるで他人事のルレオの様子に更に腑を煮え繰り返す。
「私たちを炙り出すつもりなんでしょうね」
「これで名目共に犯罪者ってわけか……」
フレッドの観点もクレスのものとは若干ずれている。パっとしないことがウリだったフレッドの経歴にまさか犯罪歴がつこうとは本人も不測の事態であった。国王であり、テロリストであり、単なる楽器店の息子であり、
「だからそう朝っぱらからテンション上げ下げすんなよ失敗キングっ、鬱陶しい」
というふうにルレオがくれる数々の迷惑な肩書きも付け加えると自分が何者なのか分からなくなってくる。フレッドは雑音を上手に聞き流してただただ深く嘆息した。
「これからはベルトニア(ここ)も安全とは言い難い。常に周囲に気を配っている他ないだろう。……なに、これから向かう国は我が国と協定を結んでいる歴史在る友好国だ。そう心配する必要もなかろう」
溜息ばかりをここぞとばかりに吐きあっていた連中が咄嗟に顔をあげた。
「……他国に?」
「目には目を歯には歯を、予言者には予言者で対抗しようというわけだ」
笑うべきか否か迷った挙げ句中途半端に作り笑いを浮かべて、国王のくだらない冗談を受け流す。言いたいことは分かる。ルーヴェンス側が予言者を頼りに行動しているならこちらも同じ手で敵の行動を先読みする、サンドリアが提案したらしい意見は単純だが効果的に思えた。
「遠回りするようだけど赤い髪の少年が未知数である限り迂闊に手は出せないでしょう? こっちも向こう側の動きを把握する必要がある」
「それはまあ……そうだけど。でもなあ、予言って宛になんのかな。なったとしてどれくらい?」
訝しげに眉を顰めてフレッドはサンドリアに回答を求めた。クレスに訊いても良かったのだが言っている途中で彼女の顔つきが心外そうに歪んできたのであえてサンドリアを選んだのだ。
「ファーレンもベルトニアも代々国王は直属の予言者を従えている。国政において重要な決定事項の大部分は予言に頼っているといっても過言ではないんだ」
「そんなに凄いんですか……」
「全ての事柄が見えるわけじゃないらしいけど。王の決定を補佐する重要な位なのよ、彼らは」
「補佐、ねぇ……」
国の方針が、根拠のない占いのようなもので決まっていること自体に理解が及ばない。あったとしてその根拠にはおそらく神が絡んでくるだろうからフレッドにとって説得力のあるものにはならない。
「最終的に決断を下すのは国王だ。全てが予言者に一任されるなんてことはないさ」
顔に出ていたのか胸中で呟いていた疑心を何気なく悟られてフレッドは苦笑をもらした。サンドリアも伊達にベルトニアの総隊長を任されているわけではないのだ、のほほんとしているようで洞察力は人一倍だ。
「いい機会なんじゃない? フレッドも一応国王なんだし、直属の予言者がいてもおかしくはないでしょ」
「一応って。結局それしか今のところできることもないしな」
一通りいちゃもんをつけ終わるとフレッドはあっさり快諾した。実のところ大して反対する理由も持ち合わせていない。
「で、どこ行くんだよ結局。どっか行くんだろその予言者を引き込みに」
ルレオも面倒くさそうな説明が終わったところを見計らって口を挟む。国王相手にタメ口どころか上から目線、本来なら食ってかかるクレスだがそろそろ彼女も諦めに似た脱力感を覚えていた。
「ベルトニアの友好国というと……ヴィラですか」
「左様。私の古い友人が予言者の家系でな。強力な予言者を何人も育て上げている、信用ある人物だ。明日にでもヴィラに向かって事情を説明するといいだろう。旅に入り用なものはこちらで準備しておくとしよう」
「ありがとうございます。その方の名は?」
「オフェリア、だ。有名な予言者だ、すぐに分かろう」


 それから話はサクサクと、それはもうどこぞのスナック菓子のようにサクサクと進みぼんやりしている間に“ヴィラ”に出航する手はずが整った。辞去を済ませ扉を丁寧且つ静かに閉めてクレスが凝った肩をほぐす。
「さて、と。私はもう休ませてもらうわね。二日間あまりゆっくりしてないし」
「俺もそうさせてもらうぜ。二日間ぐっすり寝たけどな」
ルレオは足早に大好きなふかふかベッド目指して駆けていった。心なしか、いや間違いなくルレオはベルトニアに着いてから機嫌がいい。王室のベッドの効力なら相当な威力だ。
「じゃあ俺も」
クレスに背を向けるや否や目の前にサンドリアが立っていた。
「フレッド君」
わざわざ待ち伏せていたことは明白だが更に名前を呼ばれればまさか素通りはできない。
「……何ですか……?」
「ああ、いや何。大したことじゃあないんだがね。一応伝えておこうと思ってね。君は、以前ここに来たときと随分変わったね」
首を傾げる。自分の体を見回しながらフレッドは肩を竦めた。
「変わってないですよ、特に何も」
「ははっ。そうじゃない、顔つきというか……眼かな。何かふっきれたというか、迷いが晴れたというか。心境の変化があったかい」
フレッドは暫くサンドリアの照れ笑いに見入っていた。やはり彼に与えられた肩書きは伊達ではないのだ。
「まあ確かにふっきれたってのはあるかもしれません。ベオグラードさんにも会えたし仲間も無事だったわけだし。それに……」
「それに?」
あんたはカウンセラーかと胸中で前置きしたが、不思議とこのお喋りに不快はなかった。促されるままに答える。
「なるようにしかならない気がしてきたんで。俺が王位を持ってるって事実も時間が経てば一応の解決はあるわけで……だったら受け入れようと。そうした方が楽なんじゃないかなあと。ファーレンもあんなだし、できるだけのことはやるつもりですよ」
サンドリアがフレッドの返答に満足したように小さく頷いた。思っていたことを吐いて少しだけ軽くなったフレッドの肩にサンドリアが景気づけとばかりに手をおいた。
「若いのに偉いっ。さすがベオグラード殿が計画を一任した男だ、いやいやそうでなくっちゃあな!」
「はあ……」
誉め言葉ととっていいのだろうかあまり嬉しくもない感心のされ方に生返事を漏らしてフレッドは上機嫌のサンドリアを置き去りにした。クレス、ルレオの一足遅れて例の天国――皆が大好きふかふかベッド――を目指して廊下を走り抜けた。



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