The Responsibility Chapter 15

「まあ、合格かな。嘘ついてきたらどうしようかと思ったよ。俺、うそつきは嫌いなんだよね。嘘をつけば脳波には顕著に異常が出るけど、そんなことしなくても大抵は見破れるもんだ。──次は理由。こいつが大事」
 検問は続く。クレスは無意識にでも目を逸らさないように、自らの視線の矛先に神経を集中させた。
「私はファーレン本土で城の護衛をしている者です。わけあって今は単独行動をしているけど……ファーレンの現状はあなたもご存じのはず。本国奪還のためにはどうしてもこの艦が必要だと思った」
二人揃って『最強の戦艦』とやらを見上げ、二人揃って感嘆を漏らした。そして二人揃って互いに驚愕の顔を向ける。おそらくは素の表情のギアのそれを見て、クレスが初めて緊張を緩めた。
「想像以上に素晴らしい艦だわ。これなら現ファーレン母艦を上回っているかもしれない」
「そりゃあそうだろうね。あれは他国の顔色も考えて、抑えに抑えて献上したんだ。だからあれが俺の手元にないことについては、何の未練もないんだけど」
ギアが親父じみた掛け声と共に立ち上がる。尻の砂埃を丁寧にはたいた。
「こいつに関してはちょっと別。俺の手元から離す気はさらさらない。崩壊寸前の国家に違法だなんだと言われる筋合いはないしね。違法と言えば、今の君も十分に違法だ」
歯に衣着せぬ物言いだが返す言葉も見つからない。クレスはただ小さくため息をついただけだ。得体のしれない不気味さや、呼吸を困難にする緊張はいつの間にか和らいでいる。天才オーラの免疫は、意外なところで効力を発しているようだった。
「こちらもひとつ質問をいいかしら」
「どうぞ? なんなりと」
「あなたは王立研究所でも歴史上トップの成績をおさめてる。当時も、確か陛下から直々に大臣職への指名があったはずよ。それを何故──」
「あっさり蹴ってこんなところでこんなことをしているか、かい? 本当の天才ってやつは表舞台を嫌がるもんさ。趣味を大成してる方が性に合うし、あくせく働くのは好きじゃない」
その口ぶりには確かにどこか非凡さと気品があって、当たり前に吐かれる自画自賛も肯定せざるを得なくなるから不思議なものだ。
「……あなたのような人間が表舞台に居なかったことは幸いだったのかもしれないわね。スイングに勝るとも劣らない人材がいるなんて知っていたら、ルーヴェンスはどんな手段を使っても手中におさめていたでしょうし……」
どう見ても人に利用されてやるタイプではなさそうだが、彼に限っては逆のパターンが想定された。即ち、ルーヴェンスに利用価値がある、とでも判断されたらたまったものではない。本当の幸いは、彼の野心が政治に向いていないことだった。
 そのギアは間の抜けた顔でクレスを注視している。眼鏡の奥の瞳が点と化していた。
「スイング? スイング、ね。はいはい、なるほど。あいつが絡んでくれば戦乱も派手になるだろうな。俺と違って中身が熱いから面倒な奴だ」
「知っているの? 彼を」
英雄としてではなく、天分の才の申し子としてでもなく、フレッドやフィリアのように『スイング』を知る者──それは偶然か、神の気まぐれか、はたまた類が友を呼び寄せたか、ギアの目が再び穏やかな笑みに細まった。
「さっきの〝勝るとも劣らない"ってところはまず訂正してもらわないと。俺はあいつより遥かにデキがいい。大学でスイングにくだらない知識を詰め込んだのは俺だしね」
クレスは作り笑いで混乱と眩暈を誤魔化している。思っていたよりもずっと危険な賭けに身を乗り出していまっているのかもしれない、などと今さら後悔したところで後の祭りだ。
 天才(自称)は何かを待っている。沈黙の意味を理解できず、数秒の間クレスは居心地悪くしていたが、気づいておずおずと口を開いた。
「えーと、つまり……あなたはスイングよりもはるかに優秀だと」
「そうそう、そういうこと。じゃあ乗って。まだテスト飛行してないけど、まあ大丈夫だろう、俺がつくったんだし」
 ギアは突然(クレスにはそうとしか見えなかった)、何を思ったか艦の入り口ハッチを開いてクレスに手招きした。反応の鈍いクレスに苛立ちを顕わにして、ギアは眉をひそめる。天才は無駄な時間を極端に嫌うらしい。
「レディーファーストだ。俺が先に乗るわけにはいかない」
そしてやはりクレスの求めた回答には程遠い補足を勝手に付け加える。
「そうじゃなくて、何故。あなたはついさっき、艦を手放す気はないと言ったばかりよ」
「そのもっと前に、俺がどう動くかは君の返答次第だとも言った。もちろん手放す気はない。あくまでこいつは俺の艦だよ。だから証明しようかと思って、こいつがどれだけ優れてるか。それに君のことも気いった」
敵意のない穏やかな笑みがクレスに向けられた。張り詰めた空気が、シャボン玉のように弾けて割れる。クレスは促されるままに入り口扉をくぐり内部のそっけない階段をゆっくりと上った。その後にギアが続く。
「いいんですか。作業してた人たちは……」
「言ったろう? 責任者は俺。だいたいこいつは女を口説く用途専用で俺が気まぐれで作り始めたものだし、君は目の付けどころと運が良かったってことかな。悪いと思うなら連中にサインでも書いてやるといい、みんな君のファンだからね」
「はあ? どういう──」
「顔なんか知らないよ、みんなさ。ただファーレンきっての女将軍の活躍は、この街で知らない奴はいない。それだけ『クレス』の与えた影響は大きいんだ、特に実力主義のこの街ではね。……君はそれを貫けばいいだけのこと、それだけでこの艦に乗る資格は十分だ」
なめらかな音楽のような口車に、クレスはのってみることにした。耳から耳へ心地よく抜けていくメロディ、しかし頭のどこかにしっかりと残る、音。
「準備はいいか?」
静まり返った戦艦のブリッジで、クレスは大きく深呼吸した。
「お願いします、目的地はファーレン城上空。……あなたの心遣いには本当に感謝します、ギアさん。ファーレン奪還の暁には必ず恩賞を申し出ます」
不敵の笑みで敬礼するクレスを、ギアは眼鏡越しに苦笑いで見やった。
「ギアでいいよ、クレス。ひとまずは君の軍人根性に敬意を表してってところだ」
ギアが、彼自身の乗り心地を最大限こだわって作った玉座のような座席に腰を落ち着けると、慣れた手つきで操縦管を握る。得意げに金縁眼鏡を指先で押しあげた。
「じゃ、出発進行ー」
「え!」
激しい振動に体勢を崩しながらクレスが奇声をあげた。それをもろともせず、艦はギアの命令通り浮上を始める。ここは造船倉庫の中だ。
「親方ぁ! 何やってんですか、馬鹿な真似はやめて降りてください!」
クレスが窓から下を覗き込む。今さら駆けつけて、案の定うろたえるだけの何人かの作業員と、例のあの巨漢の男が豆粒のような大きさでしきりに大声をあげている。
「女ぁぁぁ! 降りろっ、何考えてんだ馬鹿野郎! 親方っ! 男のロマン捨てちまうつもりですかあ!」
男のロマン、つまりはギアが言っていたこの艦の真の用途のことだろう。クレスの目が細く狭まった。ギアはひたすら高らかに笑い声をあげている。
「こっちの方がロマン感じるんだよ。帰ったら好きなだけ飛ばしてやるから」
独り言のように小声で呟かれたところで、当然倉庫の入り口でてんやわんやする作業員たちに伝わるはずもない。つくづく自分本位な人間のようだ、クレスの半眼が今度は操縦士に向けられた。
「本当に大丈夫? ……凄く怒ってるけど」
「明日には忘れてる。そういう奴だよ」
あながち否定もできない、クレスは納得して黙って席についた。
 出来立てほやほやの重装戦艦は静かに倉庫を、出るはずもなく、それはもう凄まじい轟音と突風を撒き散らして地を蹴った。倉庫の屋根をこれでもかというほど派手に突き破っていく。
「うわぁぁぁ! 殺す気ですかぁぁぁ親方ぁぁぁ」
「やめろぉ、やめてくれぇぇぇ……! 俺の、城が……」
夢のハーレム戦艦が突如現れたわけのわからない女と、頭のおかしい親方にさらわれていく。その光景を指をくわえて見ているしかできない作業員たち。実際は両手をあげて崩壊する倉庫から逃げ惑っているのだが、とにかく修羅場と化した現場(既に屋根はない)を上から見つめて、クレスはぽっかりと口をあけていた。
「何か……すごくまずいことに……」
横目でギアを見やる。クレスが期待していたのは申し訳なさそうな親方の顔だったが、淡い期待はすぐに砕けて散った。
「こういう派手なのも結構いいなあっ、すっきりして。いやぁ~クレス、見た? あいつの汚い半泣きの顔っ」
それはもう楽しそうに、木端微塵に倉庫を破壊したギア。明日には忘れるどころか、未来永劫彼らには恨みを抱かれるかもしれない、浮上早々クレスの気分は悪い方へ傾いていた。
 ギアは根本的に脳のつくりが凡人と違う。あるべきネジは全て引っこ抜かれ、それをあらぬところにしめている。想像して、クレスは眩暈に加えて耳鳴りを覚えていた。



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