「要するにセルシナ皇女の即位を俺たちで阻止するってことですよね……。そんなのって可能、なんですか?」
「そうしてもらわなくちゃ困る。中央に寄ってくれるか、詳しいことを説明しよう」
ベオグラードは長テーブルの中央に地図を広げて四人をかき集めた。彼の極太の指が地図上、王都西部にある儀式殿を指す。ベオグラードはそこからまた指をスライドさせ王都の真上で止めた。
「六日後、前夜祭がある。祭のメインは民衆だからこの時皇女は城内の自室にいるはずだ。そこでこっちを見てくれ」
次に広げたのは細かい文字が至るところにある何かの建物の地図。玉座の間や王の自室と書いてあることから城内の地図だということは容易に想像がついた。その中の「皇女の自室」にベオグラードは赤いインクで大きく×印を描いた。
「前夜祭の仮装パレード、終着点は城内の小広間だ。民衆に対して王門が開かれる数少ないチャンスを利用させてもらう。パレードに紛れてまず二人が城内に潜入、一気に皇女の自室に行き誘拐する」
「ゆ……誘拐、ですか……?」
「そうだ。この下、ちょうど中庭になってる。庭師も手入れをさぼる穴場だ、ここに一人待機、車を横付けにしてうまくいったらこいつで脱出だ。そのまま儀式殿に向かい、残りの一人と合流……という流れだ」
フレッドの不安を半ば無視するように流して、ベオグラードはサラリを説明を済ませた。早口で進めたのは余計な口出しをさせないためでもあった。
「残りの一人は何すんだよ。お出迎えってわけじゃないんだろ」
一拍置くとやはりうるさい質問が乱入してくる。ルレオの皮肉混じりのそれに、再度ファーレンの地図を広げることになった。
「もう一人は全く別の行動をとってもらう。皇女が誘拐されたことに気付かれる前に新しい王を即位させなければならん。そのため、残りの一人には前夜祭の間に『彼』を連れだしそのまま儀式殿に向かってもらう。連れ出してもうらのは……王の第一大臣であるルーヴェンス氏だ」
ここに来てようやく、仕事の全貌が明らかになった。命懸けの意味も報酬の額も納得がいく。成功すれば巨万の富、失敗すれば第一級犯罪者、即ち死刑が待っている。
「しくじりゃ一気にテロリストってわけか。おもしれぇ、引き受けてやるよ。金は勿論全額用意できるんだろうな」
ベオグラードが無言で頷くのを見てルレオは会心の笑みを浮かべた。金欲丸出しで人生を渡っていくのは楽しいだろうが、見ているフレッドたちにとっては気分がいいものではない。無論、当のルレオにとっては周りの反応など完全なる視野外だ。
「ひとつ……質問していいですか、最後に」
「ああ、かまわん。何だ」
フレッドはベオグラードの返答によってイエスかノーかを決めるつもりでいた。何か信じるものがないと話のスケールが大きすぎて辛い。
「そのルーヴェンス大臣は本当に王の座に着くような人なんですか? 仮にその人が即位して……恐怖政治は変わるんですか……?」
すぐには答えてこなかった。即答しないことがフレッドの迷いや不安を俄に煽る。が、次の瞬間ベオグラードは真っ直ぐ視線をフレッドに向けて首を縦に振った。
「心配はない。十三ヶ月戦争の後ここまで早くファーレンが復興したのは彼のおかげと言ってもいい。頭のキれる男だ、国を動かす打ってつけの人物だと思っている」
「それ……信じていいんですね?」
「勿論だ」
念を押して、フレッドも決意を固めた。女性二人ももうその気のようだった。
「表向き悪どいけど……そうよ、私たち時代を動かすんだよ! 革命起こすんだよ!? たかが警吏でもやるときはやるんだから!」
リナレスが周りを巻き込むようにテンションを上げる。無理矢理正当化しているようにもとれるが、楽観的に考えなければやっていけそうもない。
「そうだな。止まってしまった時代を、歴史を動かすのは俺たちだ。……で、役割分担だが」
のってきたように見せかけて、さっさと次に移る。ベオグラードの淡々とした雰囲気で高ぶっていた連中も一気に盛り下がってしまった。
地図を手早く畳みながら、ベオグラードは事態が思惑通りに進んだことに人知れず喜びを噛み締め、にまにまと笑う。
「まずリナレス。君は単独行動、ルーヴェンス大臣担当だ。彼には既に話もつけてあるし、特に問題もないだろう」
「まっかせてください! こう見えても暗部での実績は他の連中の二倍も三倍も──」
「三人は城内へ。ティラナはこの皇女の部屋の真下で待機、残りの二人は仮装パレードに紛れて城へ侵入する」
ベオグラードに悉く出番を遮られ、リナレスは望みを託してフレッドに視線を送る。彼は彼で、やはりリナレスにかまっている場合ではなかった。無表情のまま凍りついている。
「ということはひょっとして……」
フレッドが指さす前に間髪入れず、奴が思いきり人差し指を向ける。
「俺にこのヒョロ男と組めってぇ!? マジかよ、冗談きついぜ!」
わざとらしく口をへの字に歪めて生ゴミでも見るかのように顔を背けるルレオ。無論フレッドは──口応えしなかった。
(こっちだって冗談じゃない……! こんな奴と行動するくらいなら一人の方がマシってもんだ)
口はきっちり一文字だが、胸中では反論していた。こうしていればいらぬもめ事は避けることができる、というのはフレッドの人生経験で学んだ知恵だ。
「何だよ、つっかかってこねぇんだな。分かってると思うけどお前来なくていいぜ。お前居るとやりにくい上足手まといだしな」
「ルレオ……残念ながら君にはフレッドの補佐をしてもらおうと思ってる」
青筋を浮かべる前に、ベオグラードが予期せぬことを口にした。フレッドはさておき、ルレオの顔は最大限にひきつっている。
「ちょっと待てよ……、俺がこのガキの補佐? 穴だらけで補佐どころじゃねえだろ!」
「しょうがないだろ、ベオグラードさんがそう言うなら。あんたこそその傲慢な態度改めた方がいいぜ。やりにくい」
内心ざまあみろ百連発のはずのフレッドの平静な装いがたまらなく頭にきたらしく、ルレオは派手に舌うちして椅子を蹴り上げた。彼は逆にふざけんなのオンパレード、無論内心は、だ。
「言っとくけど俺はお前の尻拭いなんざ御免だ。ヘマしても助けねぇし、捕まっても知ったこっちゃねぇ。せいぜい頑張るんだな」
フレッドにだけ聞き取れる声量で呟く。刹那、視線がかち合ったがルレオは嘲笑を浮かべただけだった。
第一印象が全てを決めるわけではないだろうが、彼らの場合互いに生理的嫌悪感を抱いているためある意味では抜群に気が合っている。
(その方がやりやすいか……。こいつに変に気回される方が不気味だよな)
胸中でひとり納得して、フレッドは深々と嘆息した。
「じゃあ六日後午前、最終確認のためにもう一度ここに集合してくれ。くれぐれも他言無用で頼む。それじゃあはい、解散」
内容に不似合いな締めくくりでベオグラードが手を振る。まっさきにドアを押し開けたのはルレオ、何やらぶつぶつ独りごちながら大股で出て行った。
半眼でそれをにらみつけるフレッドの肩を軽く叩いてティラナもドアをくぐった。
「それじゃ、六日後に」
「がんばろうね、革命!」
「ああ……うん、それじゃ」
二人に続いてフレッドも部屋を出る。まだ座ったままのベオグラードに頭を下げて、踵を返した。