First Impression Chapter 1

 リナレス一人が口をつぐんだだけで室内はやたらに静かになった。ベオグラードが椅子を引く音さえ派手に聞こえてくる。先刻のことを根に持っているのか、しぼむリナレスをろくになだめもせず、ベオグラードは話を切りだした。
「まず遅れたことを謝っておこう。すまなかった、急な仕事が入ってな」
話が始まったところで、苛々オーラを発していた男が席に着く。フレッドの隣の席を空けて、わざとらしく距離をとった。勘に障るが、フレッドもこれ以上関わるまいと自分を制す。
「軽く自己紹介をしてもらおうか。リナレスから順に」
当てつけなのか心配りなのか、リナレスを指名してさっさと腰を下ろすベオグラード。無言のままリナレスが立ち上がった。
「えーと、警吏の暗部に勤めてますリナレスです。ベオグラードさんは一応遠い上司ってことで……」
「今は謹慎中で職無しも同然だ。そこら辺でいいぞ、身の上話になると長いからな」
嫌な補足を付け加えてやはりさっさと話を進める。リナレスは恨めしげにベオグラードを見やった後何も言わず席についた。
「ティラナです。前の生花店で働いてます。」
こちらは簡潔でそれだけ言うと席に着く。ベオグラードが頭を掻きながら今度は補足する形になった。
「以前は俺の下で事務官をしてもらっていたんだ。王城については俺より詳しいかもしれん」
フレッドを含め、連中が一瞬目を剥く。なるほど、集められているのはどうやら一筋縄ではいかない肩書きの者ばかりのようだ。そう思うと、一筋縄であっさりオッケーマークが
出る自分の存在が浮いたものである気がしてならない。フレッドは胸中で小首を傾げた。
「えー……と、自営業手伝い、フレッド」
片側で微かに笑いを吹き出す声がした。とっさに視線を飛ばしたがもう遅い、男は何食わぬ顔でさも興味がなさそうに指を回して遊んでいる。フレッドは席に着き、男がどんな立派な肩書きの持ち主なのかとことん突っ込んでやるつもりで身構えた。王都関係ならコケにされるのも仕方がない、諦めもつく。
 男は立ち上がりもせず、ただ面倒くさそうに椅子の背もたれに体重を預けた。
「ルレオ、職業はフリーエージェント。以上」
一瞬ふと考えて、気付いたときには無意識に、フレッドはオウム返ししていた。また男――本人はルレオを名乗った――が口の中でほくそ笑んでフレッドを見る。
「依頼人と相談して報酬を決める何でも屋だろ? 知らねぇのか」
「はあ? 何だよそれ、無職も同然じゃないか」
今度はリナレスに邪魔されることなく反撃できた。言いたいことを言わないでおくのはやはり健康に良くない。くすぶっていた気分が少しだけ晴れたが、それも短い間だった。
「親のスネ囓って生活してる奴より百倍マシってもんだろ。一応てめぇと違って食ってける分は自分で稼げるからな」
喉元で言いかけた言葉が詰まった。こんなとき思い浮かぶのが反論や皮肉でなく、『口は災いのもと』とかいう先人の知恵であることに情けなさを覚える。
 ベオグラードが気を利かせて、また司会進行役にまわった。
「まあケンカは無しにしてだな、仕事内容を説明しておこうか。全員あの金額は確認したはずだな?」
四人が四人とも軽く頷く。フレッドなど真っ先にそれに目を丸くした口だ。
「仕事が成功した後全額一括でお前達の手元に渡るようにするつもりだ。後で念書にサインを…………どうした、リナレス」
天井に向けてリナレスの腕が垂直に伸ばされている。会議らしいといえばその通りだが、たった五人しかいない中で仰々しく挙手されても少し空しい。
「うーすうす勘づいてはいましたけど。その……えーっと、ひょっとして正規の仕事じゃありません? この人数の少なさといい、集合場所といい……」
「金額で気付いて欲しいところだが……正規の仕事なら部下に直接頼むし、何より謹慎中の警吏や無職同然の輩なんか呼ばないだろう。始めに言っておくが俺たちのやろうとしていることは、捕まれば死刑確実だ」
 四人の表情が強ばる。思っても見なかった単語が突如として飛び出し、思考の切り替えがついていかないようだ。ベオグラードの能面顔からはその心情は読みとれない。
「……言っただろ、それ相応の覚悟をしてこいって」
死刑の二文字は苛々男ルレオにも少なからずショックを与えたようだ。自分の立場そっちのけでフレッドにはそれが嬉しかった。無論、何秒もたたない内にフレッドの顔も青ざめていったわけだが。
「まあ文句を垂れるのは説明の後でも遅くはないだろ。これから話すことは全て俺の独断であり、王都も軍も一切関与していない。……証拠にその報酬は俺の財産から出ていくんだからな」
誰かが生唾を飲み込む音が鮮明に響いた。仕事の責任の重さにか、金の多さにかは定かではない。
「……皆、王位交代が一週間後に迫っていることは知っているな?」
「はい、知ってます! 今のファーレン一三世から御娘のセルシナ皇女に王位が継承されるんですよね!」
どこかで口を挟まないと気が済まないらしい、リナレスが小学生のように喜色満面で答えた。
「そうだ。王位継承にはいくつかしきたりがあってな、王様辞めます次はあんたねってわけにはいかないんだ。時にフレッド、王位継承が行われる日はあらかじめ定められている。いつか知っているか?」
授業形式で進められる説明会に、フレッドは高等学校の頃の退屈な歴史の講義を思い出していた。確かこんなふうに教師が何の前触れもなくフレッドに話を振ってくるのだ。
「年の始めの……月食の夜、でしたっけ」
「正解だ。まあ王位を渡すかどうかの判断はそのときの王に委ねられるわけだが……中学生レベルの問題だったな。能なしの王がいつまでも王位を渡さず他界すると、八年前のように権力者の王位争いになるわけだ。十三ヶ月戦争のことだな」
 ファーレン十三世の判断は正しい。早い内に第一子に王位を渡してしまえば、争うことなく確実に血縁者が王になる。小狡いやり方ではあるが誰も咎めはしないし、法的にも何ら問題はない。
「その日、王都から西にある儀式殿で聖水を口にしたものが正当なるファーレンの指導者となる。一週間後、皇女はここに儀式をしにやってくるはずだ。俺たち……いや、お前達四人はそれを阻止することになる」
「はい!?」
誰よりも先にオクターブ高い奇声をあげてリナレスが半笑いを作る。フレッドはいつものように声を出しそびれ、ただ目を点にしていた。
「どうしてですか!? 皇女が後を継げば戦争もなく平和に王位継承できるんですよ? そんなことしたらまた内戦に……」
「表向きはな。だが王女が王位を受け継いだとしてたかだか十七歳の娘に国を動かす力があるか?」
逆質問にあい言葉を失うリナレス。数秒の沈黙を経てフレッドが囁くように代返した。
「今の王……ファーレン十三世が動かすんですね」
ルレオが冷やかしとばかりに口笛を吹く。椅子を引き腰を落ち着けると、ベオグラードも静かに頷いた。
「今の王の政治はどう贔屓目に見ても馬鹿げている。無駄な戦争、重い税、あまつさえ民のことを虫けらのように思っている王が次世代も動かすとどうなると思う? 十三ヶ月戦争の悲劇を、それ以上かもしれないな……繰り返すことになる」
 リナレスが口をぽっかり開けたまま放心している。内容は把握できてきたものの、今度は話の現実味についていけないようだった。
「平和も治安も表面上の薄っぺらいものになるわけね。話は読めてきたけど……どうもしっくり来ないわ。それで? 私たちの仕事は何なの? いいかげんはっきりしてほしいわ」
慌てず動じず落ちついて、ある意味ここまで平静だと恐いものがある。ティラナの眉間のしわに比べれば、ベオグラードの小さな苛つきなど取るに足らないものだった。



Page Top