Drastic Measures Chapter 16

 ギアの艦は安定してイズトフ上空を飛行している。それだけが唯一の救いだ。
「さすが俺の自信作、なかなか快調だな。ひとまず安定した気候にも恵まれたし、話を聞こうか。……手を貸すからには成り行きくらいは知っておきたいね」
ギアが伸びをしながら肩越しに振り返る。頷いたはいいが、どこからどこまでを説明すべきか少し迷う。フレッドが聖水を飲んだあたりから始めるとして、ファーレンの状況、スイング、赤い髪の少年、シルフィから聞いた千年の世界のターム、結局はあらかたのことを説明した。ギアなら、鼻で笑い飛ばして小馬鹿にするか、興味津津に身を乗り出すか、両極端だと思っていたが彼の反応はそのどちらでもなかった。というよりも反応がない。
「信じる、信じないはギアの勝手よ。この戦艦を貸してくれただけでも十分感謝してるわ」
少し間をおいてギアの唸り声が響く。
「信じるも信じないも……それ、全部知ってるなあ。あれだろ? スイングに言われてラインの解放を阻止するため動いてると。はぁ、なるほど」
「ちょ、ちょっと。一人で納得しないでよっ。どういうこと?」
ギアは操縦管から手を離し、無精ひげひとつない顎を手持無沙汰に撫でまわした。
「言っただろ? スイングが知ってるようなことは全部俺が教えたんだって。それをどうにかしようとしたんだから、あいつも、君らも、すごい正義感だよな。えらいえらい」
ギアにとっては世界の滅亡も単なる笑い話だ。今思えば、彼がどういう形であれ内乱に関与していないのは不自然だ。少なくともクレスにとってはそうでしかなかった。
「あなた……、知ってて今まで何もしなかったの……? 今年が、ラインが作られて千年目ってことも知っていて?」
クレスの声色が変わった。早くに気づくべきだったのかもしれない、否、とっくの昔に気づいていたことがその都度中和されていたにすぎない。この『史上最強の戦艦』がナンパ用に製造されていた時点で、彼の脳内構造の異常さを理解すべきだった。
 クレスのあからさまな軽蔑の眼差しも、ギアは軽く受け流す。
「それを俺は悪いとは思わない。運命とか神とかには逆らわない主義なんだ。どっちが正しいなんて言えないだろう? 俺にも、君にも」
 ギアの絶対じみた言には、今までのクレスの在り方を覆すまではいかないまでも、彼女を無口にするには十分すぎる効力があった。無言になったのは考える時間が必要だったからだ。ギアの考えを芯から理解することは、おそらく彼女にはできない。だとすれば、理解すべきは互いの価値観の相違である。この「理解」に対する転換を、今は容易に行うことができた。おそらくはこの「ほんの少しの考える時間」がクレスには必要だったのかもしれない。
「クレス、そろそろファーレン近郊だ。どうする? ちょっとこいつは目立つな」
「少し様子を見ましょう。ファーレン城からは死角になるように……ギア、前から来るのは、かもめ?」
「うん?」
咄嗟に前方に視線を移すと、この艦から一直線上に小さく鳥らしきものが見える。逆効果にしか思えないがギアが眼鏡を外して目を細めた。かもめにしては速い、そして巨大だ。
「かもめ……ではないな。小型の空母だろ、たぶん」
「なんだ空母か。……空母ぉ!?」
クレスが目を見開いたときには、それは既にフロントガラスいっぱいになって自己主張しており、逃げかくれがもはや意味を成さない状態だった。形に見覚えはある。例えなかろうが空母のわき腹で光るファーレン王家の紋章がご丁寧に自己紹介をしてくれているようなものだ。
「今から撒ける!?」
「まあ任せなさい」
この笑顔がたまらなく不安を誘う、そうこうしている内に相手はミサイルランチャーをスタンバイ、完全に臨戦態勢に入ってしまった。クレスが苦虫をかみつぶしているのを尻目に、ギアは軽やかな手つきで機体を操る。
 ボヒュン、ボヒュン──軽快にランチャーが放たれる。視聴覚でそれを確認したからには焦らずには居られない。次々と撃ち放たれる弾に四苦八苦し(ているのはクレスだけだが)ながらもギアの艦は華麗に被弾を避ける。
「しつっこいな。……ちょっと、使うか」
「こ、今度は何する気……?」
「いや、もういい加減飽きたし、そろそろ墜とそうかと」
事もなげに言ってのけると、フロントガラスに大砲の先端が現われた。こんなものを一発撃てば、相手は堕ちるどころか即刻粉々だ。
「じゃあ試しに一発」
「待って! それはいくらなんでも!」
ここは価値観の違いを甘んじて受け入れている場合ではない。撃った時点で全ファーレン軍の標的になりかねない代物だ。ギアの手を発射ボタンからひっぺ返そうとした矢先、相手空母の甲板に見覚えのある影が立っているのに気づく。両手を大きく振っている。
「降参してるみたいだけど……どうする? この際撃つ?」
「撃ちませんっ。 それよりあの顔、どこか見覚えが……」
 淡いピンクがかった髪を風になびかせて、女がこれでもかというほど両手を振っている。軍人にしては細身だが、民間人にしては手慣れたかんじである。確認しようと機体を横付けした瞬間、クレスの視界に予想だにしなかったものが侵入してきた。あ、と大きく口を開いてすぐに嫌悪感を顔いっぱいに広げてみせた。
 見覚えのある女の横で、さも仕方なさそうに手を振っているのは、まぎれもなくファーレン護衛隊長のベオグラードその人である。確認するや否やクレスは反射てきに顔を背けた。背けたが、リナレスは無論こちらに気づいたしベオグラードともしっかり目があってしまった。今さら言うまでもないが、懸命に両手を振っていたのはリナレスだ。
「危うく味方を灰にするところだったね」
 ファーレン城からは程よく離れた位置に両艦はひっそりと着陸する。ギアは快くハッチを開けて二人を招き入れた。ギアの行動は何一つ間違っていない。間違っていないが、クレスにしてみればいくつか間違ってくれても問題はなかった。遠慮のえの字もなしに、二人はずかずかと機内になだれこんできた。クレスが頭を抱える。
「まさか同僚に撃ち落とされそうになるとは思わなかったよ、クレス隊長」
 再会最初の言葉がこれだ。先刻ギアを全力で止めようとした自らの良心的行為をクレスは胸中で後悔した。
「それはお互い様です。第一先に仕掛けてきたのはベオグラード、あなたの方よ? 撃たれても文句を言われる筋合いはないわ」
クレスもベオグラードに負けじと、とびきりの愛想笑いを作る。会話の内容とまるっきり噛み合わない表情で牽制しあうのは、彼らが顔を合わせたときの恒例の挨拶のようなものだ。そのある種くだらない決まりはこの特異な状況下の再会においても、何ら形を変えることなくしっかりと守られた。
「はいはいはいはいはいっ、二人とも。子どもじゃないんだからケンカはやめて、とりあえず再会を喜び合いましょうよ。クレスさんも無事で何より」
「何を言う、リナレス。十分すぎるほど喜んでいるじゃないか。それよりも──」
「そう、そんなことより。二人とも何故こんなところに?」
わざとらしくクレスがベオグラードの台詞を横どりした。会話の主導権は握っておきたいところだ。ベオグラードは切り替えたはずのまじめな顔つきに、再びしきりなおしとばかりに咳払いをして眉根を締め直した。
「それはこちらの台詞だ。俺とリナレスは時にこうしてファーレン城上空を目立たぬ程度に偵察している。最近動きがなさすぎる、それが怖いからな」
ベオグラードは直接質問せず、視線だけを操縦席のギアに向けた。彼はというと、頬づえをついて前方を眺めているだけでこちらに関心を寄せてこない。それを見て、クレスが代返とばかりに口を開いた。
「こっちはこっちでいろいろと説明しづらいことがあって……、まあ見ての通り、今はフレッドたちとは別行動をとってる。彼はこの艦の持ち主で、ギア。協力してもらってるわ」
「持ち主って……こんな凄いの、造るのも所有するのも国の許可が要るんじゃ」
リナレスのもっともすぎる指摘に、ギアは何度か咳払いをして場を乗り切ろうとしている。クレスが苦笑いで返した。



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