Shield The Light Chapter 17

 いち早く我を取り戻したのはシルフィ、そしてすぐに正しい方向へ向けて取り乱す。
「せっかく……! せっかくここまで頑張ってきたのにぃ! やだよう……フレッド。このまま、みんな死んじゃうの?」
震える手でフレッドの服の裾を目いっぱい掴む。そうすること以外の何が、このやりきれなさをかき消してくれるのか分からなかった。フレッドは何も言わない。言えなかった。やれるはずもないことを散々こなしてきて、最後に用意されたステージがこれなのだからあまりにばかばかしくて笑わずにはいられない。そして大笑いする体力もないから、ただこうして空を見つめるしかない。
 と、何を思ったかフレッドはルレオを勢いよく放って両手で眼をこする。おそまつな効果音と共に地べたに崩れるルレオ、体力云々とは別の動力源でやはり青筋が瞬時に浮きたつ。
「てめぇ……! なんだってんだいきなり……」
「あれ!」
ルレオが強打した尻を押さえながらフレッドが指さす彼方の空を見た。言うまでもなく、小蠅のように艦隊が群がっているだけで救世主になりそうなものは何一つ見当たらない。
「フレッドさんよぉぉ、バッカが見るーとかいうオチは無しだぞ!」
「ベオグラードさんじゃあるまいし、んなことするかよ! いいから見てろって!」
しぶしぶルレオは視線を戻した。そして徐々に目を見開いていく。目の前に広がる違和感を確定させる前に、シルフィが思ったままを素直に口にする。
「ねえっ。なんかおかしいよ? あの艦だけフラフラ移動して……それに、気のせいかもしれないけど……あれ、ルーヴェンスの艦よりも大きくない?」
「俺もそう思ってたところ」
三人の視線の先にはひと際どでかい図体の艦が、挙動不審としか言いようがない動きで隊列を乱している。見世物を見学に来たものの、前の大人が邪魔でジャンプしたり左右に顔を出したりする小さな子どものように、なりの割には細かく動くので余計に目立つ。
「なんだありゃ……。見ててムカつくなあ、おい」
「ルレオは何見たってムカついてんじゃん」
ルレオがシルフィの減らず口に対して、ほっぺをひきのばしてお仕置きをかましていた、刹那。
「うわ!」
視線を逸らさずにいたフレッドは思わずそう漏らして、唖然とした。その声と、直前に耳元をかすめた爆撃音に、じゃれ合っていたルレオとシルフィも過敏に反応を示す。
「おい、なんだ! 何があった!」
「あの不審船……やりやがった」
「だから何を!」
いろいろ気にすべきことを差し置いてルレオは地団駄を踏んだ。おかげでしばらくは静かだ。
「撃ったの? 仲間なのに」
 フレッドが首を傾げながら頷く。彼はその一部始終をしっかりと見ていたはずだが確信が持てない。その人一倍巨大な戦艦は、気が済むまで不審な動きをした後しびれを切らしたように容赦なく目の前の艦を撃墜した。それもたった一発で、だ。その時点でフレッドが妙な声をあげたのだが、ルレオたちが目を向けたときにはそこに撃墜された艦の姿はなかった。墜ちるでもなく、真っ二つになるでもなく、それはただ煙だけを残して跡形もなくなった。至近距離から主砲を撃たれたとは言え、ここまで粉々になるなど誰も思わない。
 撃たれて初めて、招かれざる客がいることに気づくファーレン軍、いやここはルーヴェンス軍と言うべきだろう。なぜならその不審艦こそが真の──そして唯一の──ファーレン軍なのだから。
「フレッド! どこ行くの!?」
 フレッドは自ら破壊したねこじゃらし亭の壁を乗り越えて外へ飛び出した。その艦をよく見たかった。シルフィが急いでその後を追う。こうなると怪我人だか何だか知らないが、ルレオというお荷物は置き去りがベストだ。
 瓦礫を掻き分けて、フレッドは上空の艦隊をひどく穏やかな目で見上げる。
「クレスだ……」
始めの一機を皮きりに次々と周りの艦を撃ち落としていく、その勇ましい様を目にしてフレッドは思わずその名を口にした。もう随分長いことその名を呼んでいない気がする。その文字の形に唇を動かしていない気がする。自分の発した言葉に懐かしさを覚えた。
「何の根拠があるんだよ、アホかお前」
後ろからトカゲのように這ってきたルレオが開口一番辛辣な嫌味をくれる。が、ルレオごときに何と罵られようがそんなことはどうでもよかった。フレッドにはクレスに言わなければならないことが山ほどあった。もっと単純に言うと、顔が見たかった。


 下界でくたびれきった男二人とお子様が星空観察に耽っているのを、まさかその星である彼女たちが知るはずもない。下から見れば華麗に見えた爆撃も、渦中でいれば恐怖の花火だ。
「だから! どうしてあなたはそう惜しげもなくミサイルを撃つのよ! よりによってこんな敵艦のど真ん中でっ!」
 クレスがヒステリックに叫ぶ。ギアは聞いているのかいないのか鼻唄交じりに操縦桿を操るだけだし、ベオグラードはその横で豪快に笑っているだけで手の着けようがない。
「まあいいじゃないか。ルーヴェンスの艦がボンボン撃ち落とされていくんだから、君もすっきりするだろう?」
「良くない! だいたいもとはファーレンの機体じゃないっ。いくらすると思ってんの!?」
「まあまあ……おおもとを辿れば俺の作った子どもたちなわけだし」
「だから始末が悪いのよ!」
愛想笑いをしていれば万事誤魔化せると思っている男二人をこてんぱんにけなした後、クレスは片頭痛を覚えてよろめいた。リナレスは傍観する他術がない。口を挟めば自分も巻き込まれるだけだ。
「わかった、じゃあお願いするわ。被害を最小限に留めてルーヴェンスが乗っている母艦だけを仕留めて。天才だもの、簡単でしょう?」
半ばヤケクソ気味のクレス。ギアは大好きな褒め言葉にあっさりつられて快く返事をした。
「……それじゃあ、姫のお望み通り、特大花火をお見舞いしようか」
ギアが満面の笑みをつくるのでクレスもそれに応えて笑顔を作るが、背中には悪寒が走っていた。この「天才」は、言うこととやることと、表情の回路がどこかで間違ってつながっているに違いない。そんなことを考えながらクレスはぐったりとして、側面の小窓を何気なく覗きこんだ。一瞬眉を潜めて目を凝らす。
「クレスさん、どうかした?」
集中しすぎて寄り目になる。視線はルーヴェンス軍の母艦、その先端を捉えていた。鼻歌交じりのギアを無理やり振り向かせて視線を共有した。
「あの艦もギアが作ったのよね? だったらあれ、何か分かる?」
言われてギアが眼鏡を上にずらして目を細めた。どうやら彼は近眼らしい。クレスの言う〝あれ"とは、おそらく母艦の船首に突き出た尋常じゃなく巨大な砲台のことだろう。暫く見つめた後、ギアは眼鏡をかけなおした。
「ああ、うん。あれは確か、母艦になるって聞いてたもんだから世界最大級の主砲でもつけとこうと思って。普通に撃てば街ひとつは消し飛ぶ程度だけどね」
事もなげに言い捨てるギアを心底ぶん殴ってやりたかったがそんなことをすればこの艦が墜ちる。ギアの場合、ルレオのように悪意が欠片もないせいで余計にたちが悪い。
「ほんっとに余計なものばっかり作って……っ、それを発射されたらどうするの! こっちが木端微塵よ!」
「いや、その心配はなさそうだよ。照準は下に向いてる。この距離ならせいぜい半径1キロ消し飛ぶってところだろう」
ギアの言い草に騙されて一瞬胸をなでおろすも、すぐに小窓にへばりつきなおす。下方、半径1キロ圏内に広がるのは正に王都の中心部──ここを新地にでもされたら、ファーレンはファーレンでなくなると言ってもいい。そして何よりも、瓦礫の中に佇む小さな人影三つ──。
「フレッドだ! ベオグラードさんっ、フレッドですよ下! ばかルレオも一緒!」
「何だって? あいつら戻ってきてたのか!」
望遠鏡をのぞき込んでいたリナレスがいち早く声をあげた。先を越されて開きかけていた口を咳払いで誤魔化すクレス。甲板に出て大声で叫べばあるいは彼らに聞こえるかもしれなかったがそんなことをすれば一瞬でこちらがハチの巣だ。
 彼女には、フレッドに会って言ってやりたいことが山ほどあった。おそらくは向こうもそうに違いないと、よくわからない確信を持ってもいる。「あのときは言いすぎた」などと言って頭を下げたりするのだろうか、それとも「お前には負けたよ」などと言って苦笑するのだろうか。何でもなかったように、いつも通り振舞おうとするかもしれない。いずれにせよ、それらはすぐそこまで迫っている。しかし、再会のシュミレーションを行っている余裕などはまったくもってなかった。主砲は紛れもなく彼らに向けられているのだから。
「どうする! このままじゃあいつらが……っ。くそ! ルーヴェンス、はなから気づいてたのか……っ」
 ベオグラードがフロントガラスにへばりつく。誰に願えばよいか分からずクレスは立ち尽くした。神か悪魔か、それとも──。

 

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