ギアの操縦する艦が一番巨大でどこまでも不審であるため、地上から見上げれば間違いなく一番目立つ。しかしそれとはまったく別の存在感がルーヴェンスの艦にはあった。作成者本人いわく〝世界最大級"の主砲をむき出しにしたその艦は、否が応でもフレッドたちの視界を占拠する。
「ど、ど、ど、どーするの! 絶対あたしたちを狙ってるんだよね? あんなの撃たれたら木端微塵だよっ」
「……。だろうな」
混乱絶頂のシルフィに対して、フレッドの反応は薄い。先刻から星空観察(星はひとつも出ていない)ばかり続けているせいで首の付け根に痛みを感じた。
「ぼんやりしてていいのっ? 何とかしなきゃ……! フレッド!」
上空に目を奪われたフレッドの視界に何とか入ろうとジャンプを繰り返すシルフィ。それでも微動だにしないフレッドに苛立ちを募らせて唸り声をあげた。
フレッドはルーヴェンスの黒い艦と、未だにふらふらと飛行を続ける気まぐれなギアの艦を交互に見やってシルフィの頭の上にそっと手を置いた。
「どうにもならないことって、やっぱあるんだよ。悔しいけどな」
「何それ……」
シルフィの眉尻がこれでもかというほど下がる。フレッドは優しい口調で頭をなでるばかりで、大した返答もしない。シルフィはがむしゃらにかぶりを振って、その手を振り払った。
「諦めちゃうフレッドなんか嫌い! ……シルフィが何とかする! 絶対みんな一緒に帰るんだから!」
シルフィが目じりにたまった涙の粒をごしごしと豪快にこする。振りはらわれた手を行き場を失って、フレッドはそのまま中途半端に左腕を浮かせていた。そして考えた。誰が一番冷静で、勇敢か──考えながらもう一度、彼女の乗る艦を見上げた。
「味気のない幕切れだったな。どんなに足掻こうが所詮ネズミはネズミ……彼らには勿体ないくらいの代物だよ」
ファーレン王家の紋章が刻まれた椅子に堂々と腰を落ち着けて、ルーヴェンスは眼前の光景に満足そうに微笑した。フロントガラス越しに見える夜空は、彼にとってまさに絶景であった。星よりも目映い自身の軍艦に酔いしれて、また思い出したように微笑を浮かべる。
「獅子は兎を殺すにも全力でやるものです。準備整いました、いつでも発射可能です」
操縦士の一人が振り返る。艦内は余計な会話も交わされず、ルーヴェンスの独り言や命令だけがよく響いた。時折それに応える短い敬礼や応答が飛びかうだけだ。
「私は派手なことが嫌いでね。〝君"やスイングの手によって私の前にひざまずく姿が見たかったんだが……うまくはいかないね。そう思わんかね?」
少しだけ肩越しに振り向く。ルーヴェンスの斜め後方で凄まじく背筋を伸ばして立っているニースに向けてだった。
「そうですね、できればこの手で仕留めたかったんですが。奴らには大げさすぎる気もしますが、まぁ、かつての親友への餞だと思えば盛大でいいんじゃないかとは思います」
「餞、か。では特大の花火を贈るとしようか。この新王ルーヴェンスの糧となって死ねることをありがたく思ってほしいものだ。……どぶネズミの相手もさすがにうんざりでね」
ルーヴェンスの意識は目先の快感に囚われていた。大地が唸りを上げて避ける様を想像して胸が躍る。それだからニースの、意味深な笑みの正体に気づくことはなかった。彼が音を立てぬようゆっくりと剣を抜いていることも、徐々に腰を落としてチャンスを窺っていることにも。
「さあ、壮大なファーレンの終末だ……! それでは撃──」
「そううまくはいかないのが悪役のさだめってやつだろ? 新王さん」
たいして念入りに手入れもしていないのに、今度に限って剣の腹がやけに光る。ニースの剣は背後からルーヴェンスの首元を完璧に捉えていた。彼は慎重派の代表のような性格だ、ルーヴェンスの冷や汗を見ても会心の笑みと浮かべるどころか、剣の柄をわざとらしく握りなおした。乗員たちが一斉にのけぞり、側近たちが一斉に剣を抜いた。しかしチェックメイトを済ませた今の段階で、それらの行動が全く意味をなさないことをニースは知っていた。誰が何をしでかしたところで、彼は全てに先駆けてルーヴェンスの首を落とすことができる。
「……何のつもりだ。自分の行動の愚かさに気づかんかね……?」
「さあ? それはこっちの台詞なんですけどね。俺は一度たりともあんたに服従するなんて言った覚えはない」
「君の言うとおりだとも。しかしこの期に及んで大事なことを忘れているようだ。この砲弾は今すぐウィームに落としても構わんのだよ」
ニースは動揺を見せない。ルーヴェンスの自分に対する切り札がそれであることをはじめから知っていたし、この場で通用すると思われるカードがそれしかないことも知っている。ただ、堪えてきた嫌悪を思いきり顔に出した。
「やればいいさ、自分の首が惜しくないならな」
誰かが息をのむ音がやけに鮮明に響いた。それはニースのものだったかもしれないし、ルーヴェンスのものかもしれない。はたまた周りを何もできずに囲んでいる兵たちのものかもしれなかったが、緊張の張り詰めたニースにもはやそんなことは取るに足らないことだった。
「発射装置からゆっくり手を離すんだ。残りの奴らも全員両手を挙げt床に伏せろ」
操縦士は一瞬ルーヴェンスの顔色を窺ったが、ゆっくりと両手を頭の上に挙げた。連鎖反応を越して次々と兵が、顔を見合せながら降伏の意を示す。ルーヴェンスはその光景を見てもなお、取り乱すことはなかった。それどころか、口角を上げて不気味な笑みをつくった。
「クッ、ハッハッハ! どこまで茶番を続けるつもりだ? 農民風情が。君はやはりどこまでも三流の人間のようだな、ニース」
振り返る必要はなかった。フロントガラス越しに映るニースを嘲る。
「黙れ! この状況であんたに何ができる、両手を挙げろって言ってんだろ!」
先にしびれを切らしたのはニースの方だった。互いに全てのカードを見せ合っているはずだ、だとすれば後は根競べでしかない。しかしルーヴェンスの笑みはやまない。
「何がおかしい……!」
「すべてだよ。君の反乱にはなかなか楽しませてもらった、礼を言っておこう。が、残念なことにこの先の展開が予想できてしまった。つまり茶番は終わりということだ。……最後にひとつだけ忠告しておくとしよう」
ニースはフロントガラス越しに映った小さな人影に目を見開いた。自分の背後に立つ、赤い髪の少年。ニースがぎりぎりのラインで保っていた冷静の糸が音を立てて切れた。
「バカな……ありえない……!」
艦に乗り込む際に誰がどの位置に何人乗るか、入念に確認をとった。浮上してから後は一度も着陸していない、「誰かを途中で乗船させる」などということは不可能のはずだ。しかし今、彼のうしろには乗っていないはずの人間が乗っている。鏡越しに出会う視線の先で、死神は妖艶に微笑していた。
「ニース。君はスイングともベオグラードとも違う。彼らの真似ごとをしたところで所詮アヒルはアヒル! 白鳥にはなれんのだ! 砲弾を撃て、目にもの見せてくれるわ!」
ルーヴェンスがニースの剣を振りはらって立ち上がると同時に、操縦士がすかさず席に着き直した。それらを目にしてもニースは金縛りにあったように一歩も動けずにいた。その数秒の間に置物と化していた兵たちが武器をとり、ニースに突き付ける。
「ただ今より三十秒後に主砲を発射する。目標は本艦下方ファーレン王都半径一キロ圏、総員機体の傾きに注意せよ」
「くっそぉ! 絶対させねぇ!」
ニースは見えない鎖を引きちぎるようにして再び剣を握る。無我夢中で振りかぶった剣先は、僅かにルーヴェンスの首筋をかすめただけで後は虚しく宙を舞った。