Shield The Light Chapter 17



「ほんっとうにすみませんでした! 思い返せばとんでもないことばかりしてしまって……っ」
ギアの艦内でニースはほぼ直角まで頭を下げた。それもこれで数度目だ。
「気にしないで。私もあなたのことをいろいろと非難してしまったし」
「え? あ、そうなんですか。いやいや、それでもやっぱり、すみません!」
クレスはもう苦笑いを返す他ない。どうなだめても平謝りされるばかりで生産性のない会話が続くだけだ。この見るからに肝の小さい男がルーヴェンスの懐に潜り込み、フレッドを欺き、反撃のチャンスを狙っていたとは到底思えない。それでもクレスはそれらを目の当たりにしてきたし、事実を否定する余地はない。ただギャップに戸惑った。
「それにしてもあなた、見かけによらずとんでもない役者ね。すっかり騙された」
褒めたつもりがまたぺこぺこと頭を下げられる。それを遮ってクレスはかぶりを振る。
「あなたとこうして話して、フレッドがあなたを信じた理由が少し、分かった気がする。……着陸したらまずは彼に、謝ったらどうかな」
「フレッドが、俺を……」
ようやくニースが顔を上げたかと思うと、すぐさま含み笑いをこぼした。いや、軽快に噴き出した。クレスが半眼になる。
「ニース、さん……」
「いや、すいませんっ。でもあのときのあいつの鳩が豆鉄砲くったような顔思い出すとたまんなくて……ップーーーー!」
(駄目だ、この人。ベオグラードと同じタイプだ)
つまりは真面目な話が一分と続けられないタイプ、ということだ。肩を震わせて笑いをこらえるニースを放って、クレスは窓の外に視線を移した。着陸目前、戦火の残る王都の風景を目にして一瞬だけ目を伏せた。
 地上は既にお祭り騒ぎだった。気づいたときにはガラクタと化していた主砲の弾と、華麗に撃墜されたルーヴェンス母艦に皆勝利の咆哮をあげている。ライン山中で激戦を繰り広げていたベルトニア軍も、いつの間にやら山を下ってきて歓喜のどんちゃん騒ぎに合流している。予想外のテンションに、艦を降りたクレスとニースは半ば茫然としていた。
「と、とにかく手分けして負傷者の収容を。ギアは一応ここに残って……て、あれは、何?」
調子をくずしながらも的確な指示を出すクレス、その言葉と動きが止まった。ニースが訝しげに首を傾げる。
「クレスさーん?」
彼女の険しい視線の先、300メートルほど前方で四方八方に砂煙が舞い立っている。ニースも状況を把握すると、二人は警戒して様子をうかがった。妙なシルエットが尋常じゃない速さで真っ直ぐにこちらに向かってきている。二人は揃って咄嗟に剣の柄を握り締めた、そしてすぐにそれが取り越し苦労だと悟る。
「あれ! フレッドじゃないか? おーい、フレッド~」
ニースがあっけらかんと両手を振る中、クレスは未だ両目を細めて一線引いていた。理由はいくつかある。まず体勢が怪しすぎる。
「うわぁ! 何だよあいつ! どうなってんだぁ?」
それを確認してのニースのこの反応は実に一般的だ。フレッドらしき人物が背負っているのはルレオ、間違いなく彼で、その彼の首にマフラーさながらに巻きついているのはシルフィ、だと思われる。その体勢の異常さもさておき、フレッドの形相がまた凄まじい。引きつった口元を完全に無視して、充血した目をぎらぎら光らせている。そんな怪しい連中がわき目も振らず突進してくるのだから、クレスが胸中で人違いだと願っているのも無理はない。が、そうこうしている内に連中はここまで辿り着いてしまった。フレッドの声が否応なしに耳に入る。
「クレス! こいつ、ルレオ! 手当してやってくれ、マジ死ぬかも!」
「はあ?」
急ブレーキをかけてフレッドは崩れるように座り込んだ。クレスの目の前にゾンビを下ろして、アクセサリーと化していたシルフィをひっぺ返す。そこらじゅうの空気を吸い込むように夢中で息をした。
「ルレオ……っ、このままじゃまずいわ。早く中に!」
 言動が矛盾していることは百も承知で、フレッドは踵を返すクレスの腕をひっつかんだ。
「……ありがとな、ほんとに」
クレスは思わず目を丸くした。彼女の予想と悉く違う言動をとるフレッド、極めつけがこれだった。意表を突かれて声でも出せずにいると、フレッドはさっさと手を離してニースの方に駆けて行った。クレスは思いきりしかめつらを作り、それから少し笑って、駆け足に艦内へ入った。劇的な再会というやつを期待していなかったわけでもない。しかしこの方が互いに「らしい」気がした。
 クレスとの再会もそこそこに、フレッドはもう一つの劇的な再会を果たさなければならなかった。彼の姿が目に入ったせいで、もともとまとまっていなかった会話の内容が、よりまとまらなくなったのだ。そういうわけでこちらを片付けるのが先決だと踏んだ。
「よっ! ……元気?」
ニースはばつが悪そうにフレッドの顔色を窺った。フレッドは、というとやはり半眼で腑に落ちない表情を惜しげもなく晒している。こちらも感動だとか、お涙だとかの単語とは縁のない再会になるようだ。
「なにが『よっ』だ。すっとぼけてんじゃねぇぞっ。……どうなってんのか説明してもらおうじゃねえの」
明後日の方向をかたくなに見つめるニースにフレッドが地団駄を踏んだ。ニースが早々に観念して咳払いをした。
「悪かったよ、騙して。俺は俺なりに最悪の事態を避けようとしたのっ。俺がルーヴェンスなんかに心酔するわけないじゃん。なあ?」
 フレッドは視線を逸らして深々と嘆息した。全てが馬鹿馬鹿しく思えた。ニースの能天気な言い草はいつでもそういう気にさせる。今日も空が青いだとか、太陽がまぶしいだとか、そういったことに実感をくれる。
「無茶くちゃしやがって……。五体満足で良かったな。本当にちょっとだけど……心配したんだぜ」
「めっずらしっ。それはそれはご心配をおかけしまして、って言っても全部こっちの台詞ってかんじだけどな」
調子の良い切り返しに今度は落胆して肩を落とすフレッド。ニースはいたずらに笑って見せたがすぐに眉をひそめてフレッドに緩いヘッドロックをしかけた。緩いようでそう簡単には外れない絶妙な力加減だ。
「言っとくけどなあ、お前と一戦やりあったときに言ったこと、半分は本当だからな?」
耳にニースの生ぬるい吐息が降りかかって、フレッドは声を半音あげて聞き返しながらもそれらを必死にはたいていた。
「どういう意味だよ」
「どうもこうもない、本気だったって言ってんだよ。本気で『なんでベオグラードさんに手ぇ貸したりしたんだ』って、思ってたんだよ」
ニースはゆっくりフレッドを解放する。痛くもない首を何となく押さえて、フレッドは未だ掴めないニースの真意をさぐるべく黙る。が、その必要はなかった。ニースは話を続ける。
「お前がベオグラードさんに引き抜かれたとき、俺、言ったよな? その仕事はおかしいって。……俺やお前なんかが関わるレベルじゃないって、直感的に思ったろ、お前だって」
 フレッドはなお、黙っていた。今度はニースの腹をさぐるためではない。説教をされるときは、下手にいいわけはせず沈黙を貫くのがいい。そういう判断を下したからだ。
「フレッドたちがファーレンを離れてから、当然ルーヴェンス兵がウィームにやってきた。……分かるだろ? 俺が猿芝居するのが手っ取り早かった。うまくやればこっちはこっちでルーヴェンスの寝首をかけるかもしれないとも思ったしさ」
ニースが肩を竦めて遠回しにフレッドを批難するのを、フレッドはやはり黙って聞いていた。この男と剣を交えた際、言い放った言葉の数々を思い出して苦虫をつぶす。自分の傲慢さを今さらながらに後悔する。
「……そうだな。ほんとに、そうだ。……ごめん」
「だーかーらぁ。分かってねぇな、いいんだよそんなのはっ。けしかけたのは俺だし。……でもなあ、フレッド。お前の独断と、自己中心的な行動のおかげで迷惑した奴もいっぱいいる。マリィちゃんや、親父さんや、まぁその筆頭は俺だとして……そうだ! だいたい何なんだよ! こんちきしょう! 俺だけのけもの扱いの蚊帳の外! 信じらんねー!」
ニースはこれでもかというほど何度も地団駄を踏んで見せた。鼻息が荒すぎて半歩後ずさっても耳に届く。フレッドはこみ上げてきた笑いを惜しげもなく一気に噴き出した。
「はっ、ははは! 何だよ、結局そこかよ! 悪かったって、全部終わって話すからって言ったじゃんかよっ」
「何笑ってんだよ……、本当に分かってんのか? 俺は怒ってんだぜ?」
笑いながら首を振りまくるフレッド、その適当さにがっくりと肩を落とすニース。今度はフレッドが少し手加減したヘッドロックをしかけた。
「うわっ! なんだよもう、気持ちわりーな!」
この緩みきった口元が、そこから漏れるしまりのない笑い声が、ニースの全身に悪寒を走らせる。ひとしきりへらへらと笑うと、気が済んだのか大きく溜息をついてヘッドロックを止める。
「……ほんといい奴だよな、お前って。頭が下がるぜ……」
「当たり前のこと言っても何も出ねぇぞ」
ニースは照れ隠しのためにそっけない応答をした。二人の周囲はまだファーレン奪還の熱が冷めない。互いの無事を喜び抱き合う者、涙する者、大声で笑う者──そこにはファーレン兵もいたし、ベルトニア兵もいた。封印するしかなかったたくさんの感情が解き放たれた。その心からの笑い声は、ファーレン王国の長い空白を取り戻すように深夜に渡るまで絶えることはなかった。


 その後、ベオグラード率いる護衛隊がファーレン城に残るルーヴェンス軍を一掃、今回の謀反に関わった者の処罰と並行して、ウィームのはずれに保護していたファーレン王とセルシナ皇女を王城に迎える準備が着々と進められた。
 〝革命"はこれで一端幕引き、となる。偶然と運命の境界で、フレッドが引き金を引いたファーレン王国の破壊と再生、それが終わる。しかし彼が引いた引き金はそれだけではなかった。これから始まる──既に始まっている──もうひとつの革命に、彼らは必然的に巻き込まれていくことになる。
 再生を望まない革命のため、神はまたひとつ針を進めた。




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