Shield The Light Chapter 17

 シルフィが胸中で密かに行っていたカウントダウンは思いのほか正確で、彼女が歯を食いしばると同時に世界は息を吹き返した。急いで自分の持っていた色を思い出して色づいて行く。流れる途中で止まっていた風が、優しく地上を駆け巡った。
 ドスンッ──重厚と言えば重厚、お粗末と言えばお粗末な効果音だった。味気も品もなく地面にめりこんだのは、紛れもなくルーヴェンス艦から放たれた鉄球だ。彼らにとっては瞬きの間にそれが真っ二つになったことになる。
「なぜ、だ……? 何故だぁ! 世界最高峰の主砲ではなかったのか! なぜ奴らは生きている!」
ルーヴェンスが操縦席を思いきり殴りつける。彼は目の前で起こった理解不能の事態に意識を奪われ、その周辺の急速な展開に対処する余裕を失っていた。どこかで爆発音が響き、どこかで悲鳴が上がる。その全てがごく近くで起こっていることに気づかないでいた。
「新王! 例の不審艦が次々と我が軍の艦を撃ち落としています……! このままではこの艦も射程に入ります!」
「なぜだなぜだなぜだなぜだ! 何故!」
「閣下! ご命令を!」
 ドオオォン!! ──人一倍大きな振動と共に足元が傾いた。機体は常に右斜めに傾いて、乗員は皆立っているのがやっとだ。ギアの操縦する戦艦はルーヴェンス艦隊をかいくぐって、ついにこの母艦に一発をお見舞いした。
「もう付き合ってられるか……! おい! 死にたくない奴は体勢を立て直せ! 次が来るぞ!」
叫んでいた兵が何かをふっ切って剣を抜いた。彼の一喝はうろたえていたルーヴェンス軍だけでなく、ニースにも反撃のチャンスを、その気力を与えてくれた。いち早く剣を抜き、その兵の剣をたたき落とす。
「貴様……っ」
「直にこの艦は墜ちる。もう足掻いても無駄なことくらい分かるだろ?」
「警吏風情が舐めた口をききやがって! お前もおなじさ! 残念だったな、英雄気取りめ!」
ニースは会心の笑みをわざとらしく作って見せた。無論、兵の焦りを誘うためと優越をへし折るためのはったりと言えばはったりだったが、心の底から湧きあがって来た笑みでもあった。二度目の爆発音と振動が艦を揺さぶった矢先、ニースは堪え切れず噴き出す。
「何が可笑しいというんだ……、お前も死ぬんだぞ」
「いいえ? 全員死なせません。あなた方は全員正式に、クーデター犯として連行します」
 ニースの苦笑の原因が、デッキの入り口で剣を構えて立っていた。この傾いた艦内で、正しい姿勢の手本のごとく背筋をぴんと張っている様が何とも不似合いだ。ニースはまるで自分が言われているような気になって申し訳なさそうに眉を上げた。
 地べたに這いつくばったままルーヴェンスが顔を上げる。
「クレス……? あの巨大艦に乗っていたのは貴様か……! 何と言うことだ……何と言うことだ!」
 クレスの目は憐れみと嫌悪に満ちていた。おもむろに剣をしまう。虚無な感慨がどうしようもなく胸中で渦巻いていた。
「ご自慢の予言者はこの結末を教えてはくれなかったみたいね。……せいぜい見ておくといいわ、このファーレンの空を。あなたが空を見る日は、今後二度と来ない」
 そこへ賑やかにベオグラードとリナレスがなだれ込んできた。ほとんど無気力状態の残存兵を強引に寄せ集めていく。クレスは肩越しに振り向いて、ベオグラードの機敏な行動に微笑した。
「ニース! 起きてるか!」
「え? あ、はい!」
ベオグラードを目にして、明らかに不自然としか言いようがないほど上半身を反りかえらせて敬礼するニース。先刻までの威勢はどこへいったのやら、途端に〝警吏風情"丸出しである。ベオグラードは一瞬柔らかく微笑したが、すぐに眉に力を入れて上官の顔を作った。
「よく頑張った。ここは俺たちが始末をつけておくから、ニースはクレス隊長と共に王都の連中を迎えに行ってやれ。今頃ぼろぼろのはずだ」
「は、はい! わかりました!」
視線を見事に泳がせて二―スはこれ見よがしに声を張り上げた。そしてクレスに視線を移して深く一礼する。
「……行きましょう。ギアが待機してるわ」
ニースは頷くと、クレスに先駆けてデッキを出た。このとき、ベオグラードとリナレスは腑抜けたルーヴェンス兵の誘導に勤しんでいたし、ニースも大団円を見越して剣など抜いていない。しかしその中で彼女だけは何もかも分かっていたように剣の鍔に手をかける。
「これで終わってなるものかぁ! 王はこの私だ、私が世界の王となるのだ!」
ルーヴェンスの絶叫に皆一斉に振り返ったが、遅かった。ルーヴェンスががむしゃらに投げた短刀は真っ直ぐにニースに向けて飛んでいく。ベオグラードが剣に手をかけたが抜いている猶予はもはやない。皆が思わず目を伏せた瞬間を、クレスだけはしっかりと見据えていた。高らかな金属音が響き渡って、皆が再び目を開けた時にはルーヴェンスの剣は床に情けなく転がっていた。
 クレスはそのまま静かに剣先をルーヴェンスに向けた。
「これ以上、私を怒らせないで。今ここであたなの首をたたき落としてもいいのよ」
「貴様にそのような芸当ができるはずもなかろう、皇女の子守役めが……!」
クレスの中で何かが──おそらくは取りつくろっていた平常心が──音を立ててちぎれた。躊躇なく剣を振りかぶる。どこかで自分の行動に驚きもしていたが、それを制する理由も特になかった。
「そこまでだ、クレス隊長。……もう気が済んだろう、剣をしまいなさい」
天を指す剣を厚い手のひらで受け止めて、ベオグラードがクレスを制した。嫌な手ごたえを覚えてクレスはすぐさま半歩下がる。そして奥歯を噛みしめた。ベオグラードはここぞという時を厳選して正論を振りかざす。歯がゆいことに彼が選んだ「ここぞ」はいつも正しかった。クレスが無言で剣を鞘に納めた、刹那、
 ドゴッ! ──ひと際鈍い音にある者は目を見張り、またある者は目を逸らす。ベオグラードが無造作に繰り出した重い蹴りは、ルーヴェンスの減らず口を嗚咽に変える。
「ベオグラード……っ」
「なーに、俺も無性に腹が立ってな。ここは俺が引き受けると言ったろう、君はこんな小者にいつまでも構っていないでさっさと地上の救援に行ったらどうかね?」
「い、言われなくても分かっていますっ」
「それなら結構」
クレスは肩眉を上げてそそくさとデッキを出た。ニースが慌ててそれを追うのを見届けてからベオグラードは再びルーヴェンスに視線を落とした。何かをしきりに訴えているようだったが、ベオグラードはこれ見よがしに耳の穴を掘り返すだけだ。
「さて、と。これ以上ここでごちゃごちゃ言われても面倒くさいだけなんですよ、記録に残らないので」
しゃがみ込んでルーヴェンスの乱れた頭髪をつかみ取る。これにはルーヴェンス当人はもちろんのこと、後方で見学していたリナレスも顔を青くした。
「あなたの尋問の担当が俺であることを願いますよ、ルーヴェンス殿。どうも彼女は根が優しすぎるんでね。……せいぜいとっておきのいいわけを考えておくことだ」
ルーヴェンスは声なき悲鳴をあげて、それ以降一言も発しなかった。ただ血走った眼球を泳がせるだけだ。ベオグラードはつまらなそうに淡々と嘆息した。



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