Carnival Chapter 18

 フレッドは早鐘をうつ鼓動を何とか落ち着けようと、大きく息を吸いこんだ。
「……これは俺からの、最初で最後の国王命令だと思って聞いてほしい。ファーレンは、変わらなきゃならない。犠牲になった人たちのために、自分たちのために、俺たちは変わらなきゃならないんだ、ひとりひとりが強く。……武器をとって敵をなぎ倒すことだけが戦うことじゃない。心一つで、自分の弱さとは戦える」
それを教えてくれた人たちがいた。背中を押してくれた人もいた。時には檄を飛ばされ、時には全力で殴られたりもした。フレッドは戦うことを知った。そこに武器はいらなかった。そして今も戦っている人を知っている。心ひとつで、自分自身と戦う兄のことを考えた。
「ファーレンは、今後この弱さと戦う! 武器をとらずに立ち上がり、国を変えていける強さを持つ! ……意義ある奴! いたら今ここでシャキッと名乗り出ろよ!」
名乗り出る者はない。代わりとばかりに拍手が、ひとつまたひとつと増えていく。フレッドが終始恨めしげに睨んでいた投石男も、気付けば両手をたたいていた。後で一発殴り返してやろうと思っていた手前正直気が抜ける。拍手はどんどんと大きくなる。フレッドは高名なオーケストラ指揮者にでもなった気分でいた。そしてすぐ横で響く、もうひとつの拍手に目を向ける。
「……さすが国王様、言うことが違うわ」
「バカにしてんのか?」
「いいえ、感謝してる。……ありがとう、本当に」
 自分でコントロールできないほどに顔を熱かった。咄嗟に口元を覆ってはみたが、すぐにそれでは意味がないことに気づいて思いきりクレスから顔を背けた。そうでもしなければ平静を保つことができないような気がした。後頭部が痛みで疼くのも忘れて、フレッドは赤面してしゃがみこんだ。


 フレッドとクレスがド派手な講演を開いている間に、城内ではもうひとつの宴が開かれようとしていた。ベオグラードとルレオ、彼らの手にはそれぞれ自前の大剣とボウガンが握られている。その宴の会場は、玉座の間。その権力の椅子に深く腰を落ち着けたままで、ファーレン十三世は眉間に深くしわを刻んでいた。
「どういうつりだ、ベオグラード。これは……何の真似だ」
「見ての通りですよ、陛下。クーデターというやつです」
皮肉っぽく肩を竦めて、ベオグラードはその宴の名を口にした。彼の図太い大剣はファーレン十三世にその切っ先を向けている。しかし彼は首謀者ではない。無論ルレオがそのはずもない。ファーレン十三世の眉間のしわの理由は、凛とした表情でベオグラードの横に立つセルシナ皇女の姿だった。
「彼らは私が解放しました。父上は、彼らに命を救われたのをお忘れですか?」
「救われた? セルシナよ! お前こそ、謀反を企んでおったのはこの者たちであったことを忘れたか! 剣を引かせよ!」
「できません」
ルレオがボウガンの安全装置を外す音がやけに響いて、ファーレン十三世の焦りを煽った。セルシナ皇女は口を真一文字に結んだまま微動だにしない。
「退けと……言っておるのだ! ベオグラード、貴様血迷ったかぁ!」
「心外ですなあ。お言葉ですが、あなたにそれを言われる筋合いはありませんよ。そのままお返ししたいくらいだ」
「お前たちもルーヴェンスのようになりたいか! まとめて火炙りにしてくれるわ!」
 バスッ──軽快な発射音と共に静寂が広がる。ルレオの舌打ちがここぞとばかりに目立った。
「はずしたか」
ルレオの矢が玉座の真上のヴェールを貫いた。無論わざと外したのだが、その軌道とルレオの追いうちの台詞は、ファーレン十三世の減らず口を黙らせるには十分な効果があった。
「父上、いえファーレン十三世。あなたの独裁はもう終わりです。この国は革命を起こしたのです。そこは……玉座はもうあなたの席ではない。直ちにそこから立ち退きなさい!」
「何と言ったかセルシナ! この父に、よくもぬけぬけとそのようなことを……!」
なかなか粘るな、というのがルレオの印象だった。粘って、へばりついてでもこの椅子から離れたくないのだろう、それは実の娘の目にも哀れで醜悪に見えた。と、ルレオがサイドの窓に向かって歩く。ベオグラードに目で確認をとってから一気に開け放した。
 ワーーーー! はじめはそんなただの雑音にすぎなかった。が、耳が慣れると、それがとんでもない規模のとんでもない叫び声だと判明する。
「ばかやろー! ファーレン! ベオグラード隊長を解放しろー!」
「もうあんたのいいなりにはならないぞ! みんなで立ち向かうんだ!」
「オォォ!」
ルレオが窓から下を、そんほ光景を引きつった顔で見やる。ぶちまけたパズルピースのようにごちゃごちゃと固まった人込みはそう長いこと見ていられるものでもない。窓は開け放したまま、ルレオは再びセルシナの傍らについた。
「これがこの国の声です……! 私はもう操られるだけの子どもではない、あなたの独裁を横で見ているだけの肩書など私には不要です! ファーレンの全ての民の代表として今一度申し上げます、今すぐ玉座から立ちなさい!」
ファーレン十三世に、もはや選択権はなかった。セルシナの声に、民の声に、引きずられるようにしてゆっくりと腰をあげる。片目の光は大罪で失い、そして今残されたもう一方の目にも光はない。その目は何も映していないように淀んでいた。
 ベオグラードの合図でファーレン兵が一気になだれこむ。足元のおぼつかない元国王を引きずるように連行していった。
「これで、よろしかったのですか」
父の背中が見えなくなるまで見送って、セルシナ皇女はゆっくりと頷いた。
「ええ。ベオグラードにはいつも嫌な仕事をさせてしまって……今回も助かりました。ルレオ様も、本当に感謝いたします」
ルレオがへこへこと頭をさげるのを見て、セルシナ皇女は年相応に愛らしく笑った。この出来のいい皇女を前にしてはさすがのルレオも横着な態度をとれない。ましてやこの件の報酬は、などと切りだせるはずもない。
「またタダ働きしちまったぜ、くそ」
とりあえず愚痴をこぼす。ボウガンの安全装置を入念にかけた。
「で、ルーヴェンスのくそじじいはどうなったんだよ。今頃真っ黒焦げじゃねえのか」
ルレオが何気なく口にした瞬間、皇女もベオグラードも硬直した。皇女の視線を受けてかぶりを振るベオグラード、どうやらそこまでは手をまわしていなかったらしい。ルレオが肩をすくめた。
「すっかり忘れていたな……。あれから二時間か、灰も残っとらんだろうなあ……」
ベオグラードがいつものように悪意なく不吉なことを言うものだから、ルレオもセルシナも想像して口元をひきつらせた。疲労感と脱力感が一気にたたみかけてきて、三人はがっくりと肩を落とす。
「だいじょーぶですよ! ルーヴェンス大臣は生きてます」
入り口からこの場にそぐわないあっけらかんとした声が響く。一斉にそちらに視線を向けると、ミレイがブイサインをして笑っていた。シルフィとギアも眠たそうに並んで突っ立っている。
「フレッドさんとクレスさんが止めてくれるはずです。随分前に予知したので、もう終わってるかもしれませんねっ」
ミレイの満面の笑みを見て、セルシナは人知れず胸をなでおろした。
 窓の外から聞こえる音が、いつの間にか歓声と指笛に変わっている。それは温かく力強い、ファーレンのウォークライのようにいつまでも響き続けた。


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