The simplest magic Chapter 19

 翌日、日が昇るや否やフレッドは関係者を玉座の間に招集した。別段この場所でなくても事は足りた。素っ気もくそもない会議室でも良かったし、階段の踊り場だろうが中庭だろうが、どこでだってできる話だった。敢えてここを選んだのはこの主人不在の玉座が、ファーレンの象徴であることを自らに知らしめたかったかもしれない。
「お待たせしました。フレッド様、どうぞ」
普段は家臣がかしずくための広いスペースで、集められた連中は輪になっていた。セルシナ皇女の提案だったが、いざ実行してみると異様な光景だ。フレッドは第一声に備えて軽く咳払いした。
「えーと……。お話したいのは、王位のことなんですけど」
この単語を発した瞬間、これみよがしに大あくびを漏らした者がいる。うっすらと涙を浮かべてルレオがうなじを気だるそうに掻いた。
「またその話かよ? 演説までかましといて何を今さら」
口に出さないだけで何人か同意見を胸に抱いていた。ミレイやシルフィなんかがそうで、ギアは始めから興味がないようで単に無反応に事の成り行きを見守っている。
「俺は国王なんて器じゃないよ。いい加減都合のいいときだけ王様扱いするのも勘弁してほしいしな。俺としては、セルシナ皇女に王位をお返ししたい」
 複雑な胸中の者もいる。ギアと違った意味で無反応なクレスは、順々に回ってくるフレッドの視線から不意に目を逸らした。少し前なら両手離しでフレッドの意見に賛同しただろうが、昨日の今日で話は随分違う。彼が国王の器たる人物であるとは言わない、しかし全くそうでないとも今のクレスには断言ができない。クレスの胸中を見透かしたように、ベオグラードがわざとらしく声を張った。
「そうだなあ、できればそれが一番いいだろうなあ。皇女は十分ファーレンの指導者たる実力もある、正当な継承者でもあるしな」
フレッドが頷く。それを受けた上でベオグラードはかぶりを振った。
「できれば、だ。月食は半年以上来ないし、何より聖水。……まだ効力がある」
「そんなこと分かってますよ。俺が言いたいのは、事実上というか……王位があろうが無かろうが、俺が国を動かしていくわけじゃないでしょう」やけに強気(というか反抗的)な態度に多少たじろぎながらベオグラードは年甲斐もなく口をへの字に曲げた。当のセルシナ皇女に視線を移す。彼女はこの中では一番落ち着いていて、静かに微笑いした。
「それで構いません。国王はフレッド様、ファーレンそのものは王職に関わる者皆でバックアップしますから半年などすぐに経つでしょう。ベオグラード、クレス、……それでよろしいですね」
「承知いたしました」
呼ばれた二人が珍しく美しいハーモニーを響かせた直後、顔を見合せて激しく火花を散らせる。セルシナが眉を潜めて咳払いすると、互いの背後に湧きでていた蛇やらマングースやらがすごすごと引っ込む。
「二人には、これからも迷惑をかけると思います。けれど、二人ともこのファーレンにとっては不可欠な存在です。力を、貸してください」
クレスはゆっくりと皇女に向き直ると整った笑みを浮かべて敬礼した。
「もちろんです。皇女が我々を必要となさる限り、私もベオグラードも全力でお手伝いいたします」
ベオグラードも頷く。この二人がファーレン復興の要であり、自身の両腕であることをセルシナは心強く感じていた。そして誰よりも誇りに思っていた。
「ありがとう、二人とも──」


 王家とその家臣の、熱い忠誠心ドラマが見たかったわけではない。しかし結果そうなってしまったことに、フレッドはウィームに向かう馬車の中でひとり苦笑していた。
「もう直着きますよー。お客さん、起きてますー?」
「……起きてるよ」
どうしても、どう足掻いてもこのぶっきらぼうな態度をとってしまう。原因は言うまでもなく馬車引きの服装にある。詳しくは語らないことにするが、この場にルレオが居ないことがせめてもの救いということだけは確かだった。
 態度とは裏腹にフレッドの胸は高揚していた。煩わしいことは考えれば山ほどあるが、それを差し引いてもウィームへの帰還は喜ばしいことだった。もう何年も、というのはいささか過言であるが実際よりも長く家を離れていた気がする。マリィも父親も、慣れしたんだ村の連中も懐かしいという感情だけで会いたくなるから不思議なものだ。しかし実際彼がここへ足を運んだのは、単に凱旋報告をするためだけではない。そこには絶対に会わなければならない人がいたし、会って伝えなければならないことがあった。
 馬が歩みを止めた。フレッドは極力馬車引きを視界に入れないようにして代金を払うと、そそくさと背を向けた。後には怪訝そうな顔の白タイツ、そして眼前には──。
「普通~……」
懐かしさに溢れているだろうと思われた景色は、思いのほか大した感動をもたらさない。だいたいからして19年間過ごした場所を、ほんの数カ月離れた程度で懐かしさを覚えるはずもないのだ。フレッドの無感動に拍車をかけるように、見飽きたそばかす顔が小脇に野菜を抱えて突っ込んでくるのが見えた。
「遅かったなー。どこで道くさくってたんだあ? こっちは猫の手も借りたい忙しさだってのに」
何も知らないとは何と幸せなことなのだろう、田舎の下っ端警吏のニースに王都での一件が早々伝わっているはずもなく、彼は頭からフレッドはなじった。
「好きに言ってろ、下っ端目っ。そのうち情報もまわってくるだろ」
「うわ! また俺だけのけ者扱いかよ……!」
「できれば俺がのけ者になりたいくらいだ」
二ースが発射してきた疑問符をうざったそうにたたき落として、フレッドは披露たっぷりに嘆息した。もし仮に、地方警吏の採用試験に自分もニースと一緒に合格していれば、ここでこうして呑気に野菜と戯れていられたのだろうかと思うと気が抜ける。
「で? もうここに居られるのか? ……それともまだなんか、あったりするのか」
不意の質問に、ついあっさり頷いてしまった。ニースの不機嫌そうな顔が胸に刺さる。普段がにこやかな奴ほどこういう顔が目に着くのだ。
「少し、野暮用。マリィのこと……悪いけど宜しく頼むな」
「言われなくても。……一応駄目もとで聞いとくけどさ、今度は何なんだよ。またやばい仕事じゃないんだろうな」
一概にどちらとも言えず、フレッドは返答に窮した。黙っているとニースが何かを勝手に理解して、半ばあきらめたように視線を落とす。
「いいよ、別に。ただ、……ベオグラードさん絡みなら慎重に考えろよ。こんなこと言いたくないけど、あの人のこと信用し過ぎだぜ、お前」
「分かってるよ。でも今度のことは俺が決めたことだから。ベオグラードさんも同様に動くとは思うけど、心配いらない」
「まあ、フレッドが決めたんなら俺は口出ししないけどさ」
 ニースは片眉をあげて諦めたように息をついた。それを口に出しておくことこそが最大限の牽制になる、そうとったのはフレッドの勝手な解釈だ。
「お前には……言っとくよ。何となく後がこわいし」
ニースを敵に回すことの怖さと面倒くささは前回で嫌と言うほど思い知った。首の後ろを手持ち無沙汰になでてフレッドが歯切れ悪く切り出すと、ニースは固唾を呑んで身構えた。
「スイングを……回復させる方法を探そうと思ってる。もしかしたら、マリィとか、大罪そのものを治す方法につながるかもしれないし」
先にばつが悪そうに俯いたのはニースの方だった。何か言おうとするのを遮って、フレッドは続けた。


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