Divine Punishment Chapter 24

 ギアが一足遅れて上陸する。彼にしてはめずらしく、顔を伏せて目を覆った。そこらじゅうに転がっているのは見慣れた作業服姿の自分の部下たちだからである。港は戦場と言うよりは隕石が落ちた跡、とでも言うように不気味に静かで、何も無かった。フレッドとクレスは立ち止まってギアの合流を待った。ほどなくしてギアが視線をあげる。
「……立ち止まる必要は無い、さっき言ったのは口だけか? まず国王だ、生存者はそれから」
「それからって……! あんたなあ!」
反射的に目を剥いたのがフレッドだった。それが自分でも意外だったのか、声を荒らげてから一呼吸置く。普段なら真っ先に食って掛かりそうな女が今回は大人しく背を向けているのも気にかかった。
「身内だろ……っ、何で平気で切り捨てる」
「スイングの弟にしては学習能力のない奴だな。身内だから捨てる、正常な判断だ」
フレッドは眉間に深く皺を刻んで、ギアの方へ一歩後戻りした。その方向へ足を進めたのはこのとき彼だけで、同時に足を踏み出したクレスとギアはそろって城の方へつま先を向けていた。それを目にして、ギアが顎先でクレスを先へ促す。
「どうぞ、お先に。一分で合流するよ」
クレスは頷くや否や一人先を急いで駆け出した。ギアの示した一分が何に対する持ち時間なのかは察するまでもなく、彼は足早にフレッドとの距離を詰めると、やはり迅速にその胸ぐらを掴む。
「目は見えてるな。だったらしっかり焼き付けろ、これは疑いようもなく俺たちが元凶だ。もっと言えば『時計を動かせる彼女を狙って』死神がしでかしたことだ。誰が原因で何が犠牲かくらい馬鹿でも分かる。彼女は分かってたから何も言わなかった」
ギアはいつもと変わらず回りくどくフレッドを批難し、諭す。自分たちはこの国において、もはや何が起ころうとも被害者意識を持つことは許されない。その前提を以ての「正常な判断」なのである。ギアはすぐに手を引いて、ずれた眼鏡の中央を軽く押し上げた。
「何か異論は?」
「……いや、ない。その通りだな」
フレッドがいつになく素直に納得したのが功を奏したのか、ギアは珍しく眉尻を下げて苦笑した。
「勘違いされても困るからひとつだけ言っておくよ。俺が唯一大事に思う人間は、ここでくたばってるこいつらだけだ」
石畳、瓦礫と一体化したその陰にギアは独り言のように呟いた。おそらく手向けのつもりでそう言ったのだろうが、瓦礫の山から黒ずんだ手がよろよろと伸びたかと思うと、やがて汚れきった顔で笑う熊男が這い出してきた。
「照れるじゃねぇすか、親方。……艦はどっちも無事っすよ。ここは俺たちに任せて行ってください」
しゃくとり虫のような情けない体勢で親指を立ててみせる。ギアは、しばらく眼鏡の奥で無表情を保っていたが、小馬鹿にしたように小さく笑いを噴き出した。
「お前は死んでると思ったんだけどなぁ……。世の中そううまくはいかないか」
「親方あぁっ」
「くたばってない奴らかき集めて港を守らせろ。俺の艦に傷ひとつ付けてみろ、全員おもり付けて海に沈めてやるからな」
半べそ重症の熊男に向けて容赦なく次の指示(脅し)をするギア。いつもより早口のギアに、熊男はしゃくとり体勢のままで凛々しい笑みを浮かべた。他人が聞けば心ないギアの言葉は、彼らにとっては最高の信頼の証だ。ギアを慕い、敬愛する彼らだけが理解できる暗号のような信頼を、フレッドは目の当たりにして残っていた小さな不安をふっ切った。
「行こう」
フレッドとギア、どちらともなく頷いて走り出す。見えなくなったクレスとの距離を埋めるべくスピードを上げた。
 港はほぼ原形を留めていない。えぐり取られた地面は、その上を走る者の行く手を阻む。家々は一瞬にして焼き払われたか僅かな骨組みを残して、後は灰が積もっているだけだ。火花が
小さく散る音がところどころで思い出したように鳴るだけで、それを除けば気が狂いそうなほど静かだ。
 ベルトニア城を視界に捉えたとき、堪えていた感情が口をついて出た。かみしめた奥歯から血が滲む。
「ひでぇ……」
 ルーヴェンスの総攻撃にも持ちこたえた城が、今や見る影もなく廃墟と化していた。外でいつも見張りをしていた者が見当たらない。その理由を考えるのをやめた。考えるまでもなかった。いつもは大抵おろされている城への跳ね橋があがり、堅く城門を覆っている。城をぐるりと囲む濠は渡河するには抵抗がある深さだ、フレッドの首から上がかろうじて出る程度である。それを何ら躊躇なく渡り始めるフレッド。流れてくる灰で水は濁りきっていた。後方のギアは思いきり躊躇っていたが、数度頭を掻くと意を決して飛び込む。その頃にはフレッドは対岸に上がり、焦げてくすんだ跳ね橋を力ませに蹴りつけた。思いのほかあっさり穴が開いて、フレッドはめりこんだ足を無造作に引き抜く。
「ちょっと!」
とどめにもう一度蹴りを入れようとした矢先、その裏からクレスの怒声が響く。
「何やってんのよ、苦労して閉めたのに! 横から回れるからわけわかんないことしないでよ!」
ギアがのろのろと岸にあがるなり、また派手に渇いた笑いをかました。不謹慎なことこの上ない。フレッドはしばらく半眼で固まっていたが、言われたとおり横手に周り、クレスと合流した。
「王は」
「地下に。サンドリア隊長も、スイングさんもフィリアさんもそこに居るわ」
一目散に国王の安否を確かめに走ったクレスだったが、その王の無事を口にしてもなお浮かない表情である。服の裾を雑巾さながらに絞りながらフレッドはただ一回頷いただけだ。それは今から足を踏み入れる城内の様子について、多少なりともフレッドなりの了解を示したつもりだった。
 港の光景を見れば、城内がどうかくらいある程度察しがつく。察しがつけば覚悟ができる。しかし頭の中に浮かぶ光景と、この目と耳、肌で感じる現実には随分な誤差があった。廃墟の中に漂う血の臭いと、乱雑に置かれた人形のような体、静けさの中にアンバランスに響くうめき声、全てが五感の容量を遥かに超える。
「ねえ、これって……。時計を──」
「ここで言っても仕方ない。とにかく王にお会いして状況を聞こう」
ギアはクレスの背中を軽くたたいて玉座の間へ促した。クレス本人に口に出させるにはあまりに酷な現実だった。
 フレッドは飽和状態にある感覚をそのまま放置することにした。そうでないと足が止まる。クレスの口からは確認できなかった仲間の安否が、それに対する想像が頭をよぎる。
 ほとんど無意識に玉座の間に辿り着いた一向は、クレスの誘導で倒れた玉座に駆け寄った。床板が不自然にずれている。
「この下よ。足元滑るから気をつけて」
ギアはクレスの忠告も適当に聞き流して、気をつけているのかいないのか中途半端な早足で先頭を行く。フレッドはその後を無言で追った。



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