Divine Punishment Chapter 24

 ファーレンの地下牢より数段陰気で、中の湿気は不快を越えて苦痛だった。薄暗いと感じることができるのは階段の奥の方で灯りが燈されているからだろう。ギアの足音とその灯りを頼りにフレッドは慎重に階段をくだった。
「フレッド!」
 すぐに駆け寄って来たのはフィリアだ。そのすぐ横にスイングが壁にもたれているのが目に入る。
「良かった無事で……! 本当にっ……」
フィリアは張り詰めていた緊張を一気に解きほぐすように、深い安堵の溜息をもらした。
「フィリアも。ごめん、ちょっと離れてる間にこんなことになるなんて……」
「私は大丈夫。それにフレッドのせいじゃないわ。サンドリアさんや兵の皆さんがスイングをここまで運んでくださったの」
 フィリアの横をすり抜けて、サンドリアの前に進み出る。国王も、サンドリアも険しい顔つきで地べたに胡坐をかいていた。
「……サンドリア隊長」
何と声をかけるべきか迷った挙句、言葉が詰まった。互いに凝視しあうこと数秒、サンドリアが口火を切る。
「城内の生存者はここに居る者、以外は確認できていない。死神は街に出た、我々はそれを止めることすらかなわなかった」
サンドリアにいつもの陽気さは無かった。自分の無力さを嘆きがっくりと肩を落としている。ベルトニア王、サンドリア、その部下数十名、そしてスイングとフィリア──サンドリアの言う「ここに居る者」はそれで全部だ。死神の襲撃の中この人数を守り抜いたサンドリアは讃えられはしても糾弾の的には鳴り得ない。
「サンドリア隊長、これで全部ってことはあいつら……ルレオたちは?」
「分からん。彼らのことだからきっと逃げ切っているとは思うが」
「そう、ですか」
二人揃って俯く。歯切れの悪い男二人の間にクレスが割って入った。
「探すんでしょ。どっちにしたって私たちがここにいるべきじゃないわ」
フレッドは小さく頷いて踵を返した。クレスは、一刻も早くこの場を逃げ出したいのだろう。彼女が抱く自責の念は、言葉にしなかった分も胸中で黒く渦巻いている。強がることでかろうじて自我を保つ、そうでもしないとこの空気を吸うことはできない。今のクレスには、精いっぱい肩を怒らせてしっかりと地に足を付ける他できることはない。
「フレッド……、クレスさん、気を付けて」
不安を隠しきれない声でフィリアが呟く。それに無言で頷いて、二人は地下を後にした。皆がそれぞれの理由で沈黙を守る。泣き叫ぶほど子どもには戻れず、他人を気遣うほど大人にもなれない。その状況下では黙ることが最善策ともいえた。
「ギアは残るのか」
着いてこないギアに向かってフレッドが投げかける。ギアは控え目に頷いて小さく嘆息した。
「行っても俺は役に立てないからな。フレッドたちはみんなを探すことだけ考えろよ。生存者はこっちで何とかするから。……深追いはするなよ」
「分かってる。まだ死にたくないしな」
冗談にならない冗談を吐いて、フレッドは苦笑いをこぼした。口角をあげただけの渇いた笑みだった。


 汗と共に血が流れる。上から下へ皮膚表面を這っていく。その感覚が何とも不快で、ルレオは走りながら短い愚痴を吐いた。鳩尾付近を押さえた自らの手のひらが、視覚的にも触覚的にもとりわけ不快である。息を荒らげながら真っ赤に染まった手のひらを見た。
「ル、ルレオ……っ」
先を走っていたシルフィが急ブレーキをかけて立ち止まる。振り向いた瞬間に、ルレオが大の字に路面に倒れ込んだ。
「あーもう! 痛ぇ痛ぇすっげぇいってぇ! やってられるかってんだよ!」
ルレオは水揚げされた魚のように手足をばたつかせて叫んだ。その度にリズムよく血しぶきが辺りに飛び散る。手のひらにべったりと張り付いた自分の血液を、意識しないで済むように石畳にたたきつけた。
 二人はベルトニア城下を、城へ向けてひたすら走っていた。城にさえ辿り着けば何とかなるような気がしていたが、実はそうではないのかもしれない。遠目に映るベルトニアの城壁からも頼りなく煙があがっているのが見えた。
「ルレオ、もう少しでお城だから……がんばってよぉ……」
「うるっせぇ! ったく、どうかしてるぜ、俺がこんなクソガキのために命張るなんざ……。どっかの軟弱大王の呪いとしか思えねえ」
ルレオのこれみよがしな皮肉にシルフィは反論しなかった。溢れそうな涙を瞼の裏に溜めこんでおくだけで精いっぱいなのだ。
 死神の襲撃の際、ルレオ、シルフィ、そしてミレイは城内ではなく城下で必要物資の調達を行っていた。名目はそうだったが、実際は暇つぶしのようなものだった。死神が放った白い閃光により、ほぼ一瞬で港が壊滅したのを目の当たりにすると、ルレオは無我夢中でシルフィを抱え、ミレイを引きずりながら城内への逃亡を試みた。フレッドもクレスも不在の中で死神に立ち向かって無駄死にする──ルレオにヒーロー願望は微塵もないからして、そんな考えは一度も脳裏をよぎらなかった。が、どこで拾ってしまったのか人並みの義理と人情というやつが、この土壇場において発揮されてしまった。
「いーからチビはさっさと城に行け。横でぴーぴー喚かれんのは迷惑極まりねえんだよ」
 二度目の死神の攻撃は、この城下に放たれた。またたく間に家々が宙を舞い、木が、人が吹き飛んだ。そのときの咄嗟の判断と行動は、強いて言うならルレオらしくなかった。ミレイを無理やり伏せさせ、茫然としたシルフィを庇った結果、気が付いたら覚えのない腹部から多量に出血していたのである。それでもふらふらと走ってきたが、既に意識は朦朧としており足がもつれて倒れる他なかった。
「絶っっ対いやだ! シルフィのせいでこうなっちゃったんだもん、あたしがルレオを城まで連れてく!」
「叫ぶな、うるせぇ! 腹に響く!」
勢い任せに上半身を起こすと、忘れかけていた激痛が体中に走る。声なき悲鳴をあげて、ルレオはまた力なく崩れた。先刻まで鮮やかだった紅の血液が、今はもう黒く見える。仰向けになって見上げるくすんだ空や、涙をこらえたぐちゃぐちゃの顔で覆いかぶさってくるシルフィの色は、その辺りの煙と同じように色あせていった。視界がモノクロになる。想像以上に見苦しい世界だった。不快が限界に達して瞼を閉じると、シルフィがけたたましく雄叫びをあげる。
「やだよぅルレオ! 目ぇ開けてってば……! こんなのやだよっ!」
「やだやだうるせぇなあ……」
両者の間には凄まじい温度差があった。一人で盛り上がっているシルフィには気の毒だが、ルレオとしてはこんなわけのわからないところでヒーローを気取って死んでやる気などはさらさらない。先刻から吐いている皮肉や嫌悪は、全て本音である。
 寝転がっていたせいで、遠くから走ってくる誰かの足音が頭の中に直接響いた。正確には誰かと誰かだ、かみ合わせの悪いそれが大きくなるにつれて、ルレオは無意識に顔をほころばせた。
「ルレオ! 生きてるか!」
世界で一番頼りにしていない男の第一声に、ルレオは思わず安堵の溜息をこぼして瞼をこじ開けた。



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