Divine Punishment Chapter 24

 一方のフレッド、とギア。手当を女性陣に任せきりで男二人で更け込んでいたわけではない。確かに崩壊した兵舎のひとつにこそこそと身を隠しているのだからそうともとれなくはないが、彼らは理由があってわざわざ人目につかないようなところを選んできたのだ。倒れている木の椅子を起こして強度を確認すると、フレッドは率先してそれに座った。眼鏡を外したギアがフレッドの目をこじ開けてはひとつひとつ隅々までチェックしていく。
「で、今回はどのくらいの時間視えなかった?」
「さあ……こっちも動転してたから正確には。でもこの前よりは確実に長く感じたな。嫌な痛みもあった」
「なるほど。で、治ったと思った途端ルレオの助けに入ったわけだ。そんな場合じゃなかったと思うけどね、言いたくないけど確実に悪化はしてるんだ。徐々にだけどね」
言葉とは裏腹にギアの言い草はどこまでもあっさりしている。眼鏡をかけ直しながら自分も手ごろな椅子を探して腰を下ろした。
「ズバッと言われた方がいいタイプだったな」
嫌な確認をとってくる。その問いに、フレッドは頷くのを躊躇って俯いた。暫くそうしているとギアは勝手に判断して腹を決める。もともとフレッドの拒否如何に関わらず彼は事実を述べるつもりでいた。
「失明するぞ。このままいけば確実に」
 心臓は正直だ。ギアの言葉を受けて素直に早鐘を打つ。それを落ち着けようと奮闘している間、自分がどういう顔をしていたか分からない。意識的に苦笑を洩らすまでに、かなりの間があったことだけは確かだ。
「ほんとにズバッと言ったな……。でもあんたが言うなら、そうなんだろうと思うよ」
取り繕う自分を見抜かれまいとする気持ちが、再び鼓動を早めていく。本当は──
「あああああぁぁぁ!!」
大広間から轟いた悲鳴とも奇声ともつかないそれに、二人は揃って肩を震わせた。誰かがフレッドの代わりのそうしてくれたのかもしれないが、本人が至って楽にならない。便乗して叫べば幾分違うのかもしれなかったが、大してないプライドと置かれている立場への配慮がそれを許さなかった。言うまでもないがギアには概ね見透かされている。
「いいよ、そんなに冷静ぶらなくて。やりきれないのも仕方がないだろ」
今度こそフレッドは反射的に苦笑する。ギアの拙い慰めはあまりにも意外で、それが逆に気持ちを落ち着ける。指先はまだかすかに震えていたが、大きく深呼吸してとにかく表情だけは無理なく和らげることができた。
「診てるこっちとしては、これ以上の眼球の酷使と死神の対峙を避けてほしいと思うよ。これは忠告じゃなくて警告。……俺が珍しくやる気になってるんだから、ここでフレッドはリタイアしたっていいんだ、誰も咎めやしないよ。空母の強化も直に終わる。……選択権は一応、あるけどね」
「有難いけどここで挫折するなんて馬鹿らしいだろ。ここまで来たんだ、最後までやるよ。結果そうなったとしても、悔いはないと思う」
どちらを選んだとしてもそれなりの後悔は内心あると思っていた。失うものもそれぞれに用意されている。
 フレッドはおもむろに立ちあがった。大広間から「あれ」が聞こえたということは、また修羅場が展開されているということだ。いつまでも感傷に浸ってはいられない。
「みんなんとこ戻るよ、女隊長さんにどやされそうだし」
「ご自由に。俺は動ける奴ら連れて空母の仕上げにいく」
それこそご自由に、だ。城内に居座ると嫌でもこの地獄絵図と向き合わなければならない、それが嫌で作業に託けて姿をくらまそうというのだから引き留めても無駄である。ギアにとっては全てがそういう対象だ。フレッドのことなども半ばどうでもいいというのが本音だろう。だから必死で説得しようともしないし、生憎そんな熱さも持ち合わせていない。ただ、半ばどうでも良いが、残った半分は気がかりでもあった。
 二人は別々の方向へ向けて兵舎を後にする。フレッドは悪鬼の巣食う大広間へ、重い足取りで向かった。ベルトニア城内はとにかく今、鼻を突く臭いが充満している。先刻までそれが血の臭いだったのに、今は消毒液と包帯の湿気ったそれが上回っている。大広間の入り口で、フレッドはぐるりと周りを見渡した。一時に比べると人口密度が低くなっている。スペースの四分の一を占めていた死体の山が減っていることに気づく。周りをうろつく泣き顔の人は、おそらく自分の家族や友人を探しているのだろう、身元が判明した遺体が城門前の棺に収容されていることはフレッドも知っていた。運び出されていく遺体をぼんやり目で追っていると、クレスがそれに気づいたらしくこちらに寄って来た。
「お疲れさん。少し休めよ、代わるから」
「そうもいかないわよ、見て分かるでしょ。これでも随分落ち着いた方よ、さっきまで泣くわ喚くわ暴れるわっていうのが何人もいて大変だったんだから」
そんなときにどこへ雲隠れしていたのか、と責められているようでフレッドはまた苦笑した。
 確かに今は静かだ。冷えた空気がその静けさを助長する。日が暮れ、夜の帳が降りてくるのに合わせて侍女たちはろうそくに火を灯し始めた。柔らかなその火を見て、辺りが薄暗かったということに気がついた。
「身元が分かったのが結構あって、夜はそっちの作業に追われることになると思う。それから、さっきギアが調合してくれた鎮静剤がいいみたいで、今みんな眠ってくれてるの。ルレオもさっきまでは起きてたんだけど」
(野郎……ちゃっかり)
確かにギア一人がこの場に残るよりも、ギアが調合した鎮静剤とやらがひとつある方が百倍役に立つ。押さえるところは全力で押さえておくのが彼のやり方だ。
「そういやあいつ、どう……? まさか死んだりしないよな」
「……あれだけ悪態つければ大丈夫でしょ。治ってもらわなくちゃ困る」
侍女がクレスにも火を持ってくると、彼女は隅にある柱の裏の狭いスペースに腰を下ろした。きちんと座るという動作が何時間ぶりのことか分からない、考える前に一気に溜息が洩れた。ぼんやりとした炎が、クレスの疲れた表情をゆらゆらと揺らす。
「空母、ギアが仕上げに向かったよ。これだけやられて壊れもしないっていうのは、確かにすげぇな」
フレッドは仕方なく立ったままクレスを見下ろした。座るスペースがないのだから仕方がない。
「良かった……ちゃんとできて。暫くは待機になると思うけど、ベルトニア自体が落ち着くまではここでできることをしましょう。本当は明日すぐにでも、行きたいけど……」
クレスは膝を抱えて小さく丸まると、重い瞼を半分閉じる。一日手当てに奔走して、心と体が休息を欲していた。
「俺……お前は残った方がいいと思う」
「……何言ってんのよ……」
すぐに瞼が完全に閉じられた。虚ろな意識の中でも一応反論するクレス、常時なら食ってかかっているところだろう。
「死神の狙いは、クレスだ。わざわざ危険な目に合いにいく必要ないだろ。何が起こるかなんて誰にも分からない」
「行くわよ」
瞼は開かれていた。意志の強い眼差しがそこからのぞく。クレスが、クレスの立場だからこそ持ち得る心の炎を灯して、きっぱりと答える。
「ずっと一緒にやってきた。これまでも、これからだって。今さら私一人退けって言うの? ごめんだわ。行くわよ。行って、きっちり自分でケリつけてこなきゃ終わったことにはならない。そうでしょう?」
 フレッドはこの場にそぐわない、鉄砲玉をくったような顔をして頭をかいた。フレッドと同じ決意を彼女は凛とした顔で宣言した。否定をすることは、自分自身をそうすることと同じでフレッドはしぶしぶ口をつぐむ。クレスはフレッドを言い負かしたのを確認すると、微笑して再び瞼を閉じた。すぐに小さな寝息を立て始め、少女のように健やかに眠る。フレッドの小さな嘆息がそれに覆いかぶさった。フレッドはろうそくの炎を手早く吹き消すと、音を立てないように細心の注意を払って大広間を後にした。
 その夜から二週間、ベルトニアは玉座の間を重点に復興作業を進め、負傷者や遺体、その家族のケアも日ごとに安定していく。ルレオやミレイも万全ではないが回復の兆しを見せ、準備は着々と整えられていった。今度はこちらから死神に会いに行く──それぞれの決着をつけるために、心に小さな火をともす。



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