Divine Punishment Chapter 24

 ──射程距離は狭いけど威力は抜群、ピンチのときに使うといいよ。ルレオの場合どうしても接近戦は不利になるだろうし。一回きりだからせいぜい大事にしてよね──
 いつだったかギアがルレオにこんなことを言った。上着の内ポケットを弄って、血だまりの中からギアに譲り受けたものを見つけ出すとしっかりと握りしめた。幸か不幸か、死神はルレオの懐から身動きが取れずにいる。死神の細腕はルレオの胴体を貫いたままで、それが結果動きを封じていた。
「そのまま大人しくあの世に逝きな、くそがき」
力の入らない口元で、それでも残りの力を振り絞って懐から取り出した爆弾のコックを噛む。身動きがとれないのは無論ルレオも同じだ。このまま爆弾を握りしめていればどうなるかくらいは容易に想像がつく。それが何故か無性に笑いを誘った。
 ──だってお前いっつも結局死なねぇし……──フレッドがついさっき冗談半分に呟いた姿が脳裏をよぎった。ふざけやがって、と思いながら覚悟を決めてコックを噛み切った。刹那、
「ルレオ! そいつ投げろ! はやくっ!」
無我の境地に割り込んできた無粋な声にルレオはやはり青筋を立てた。既に条件反射になっているこの作用、本人が瀕死であろうがお構いなしのようだ。そうこうしている内に身体が自由になった。青筋の鍵刺激であるフレッドが、死神の腕を切断しルレオとの間合いをこじ開けたのである。
「投げろって! 死にてぇのかよ!」
「っ……なんで戻って来た。そっちこそ死に──」
「貸せドアホ! 何英雄気取ろうとしてんだよ、死にたきゃ俺のいないところで地味に死んでくれ!」
力の入っていないルレオの手から小型の爆弾をもぎとって投げる。ほとんど同時に爆音が轟いた。辺り一帯を覆う砂煙と硝煙に二人揃って無茶苦茶にせき込む。次に視界が開けたときに、死神の姿はなかった。あるのは飛び散った石畳の残骸ばかりである。
「……ぎりぎり、セーフ……ってとこか。つーか何だこれ、すげぇ威力」
製作者は言われずとも予想がついたが敢えて口にはしなかった。毎度毎度彼の生産物にはろくな目にあわされない。
「……おい」
ルレオはすっかり力尽きて血まみれのまま横になっていた。
「英雄気取りはてめーだ。俺を助けたつもりになっていい気になってんじゃねぇぞ、お前が勝手に間に割って来たんだからな。もちろん礼なんかしねぇぞ」
「うわー……すげー……腹立つー……」
どうにかしてこの減らず口を黙らせたい。と、図らずともルレオはそれ以上一言も発さなかった。死んだ、ように熟睡している。フレッドはその場に座り込んで深く深く嘆息した。どうやら正直な話、ルレオの生命力はゴキブリ並みらしい。応援が駆け付けるまでの数分、二人は何もせずその場でじっとしていた。


 フレッドたちは何とか揃ってベルトニア城へ入城することができた。と言っても、城門があった場所を通り過ぎて、かつて城内と呼ばれていた場所に一応身を据えたというだけの話だ。ここからまた別の戦いが始まる、ホッとしている暇はない。次々と運ばれてくる負傷者がそれを物語っていた。
 とりあえず今クレスがいる場所にはかろうじて天井がある。つまりここは「城内」だ。その形だけの城内でクレスとシルフィは生存者の救援に勤しんでいた。死神との緊迫したやりとりの間に、ギアとサンドリアが必死になってかき集めたベルトニア兵や城下の住民、それにギアの部下を含めて二千名ほどが城内に所狭しと収容されている。一見多いように見える頭数も、城の敷地内に収まってしまうくらいだから、やはり死者と被害は多勢に思えた。
「ね、クレス。少し休んだ方がいいよ、倒れちゃうよ。ルレオならあたし看るし」
野戦病院と化したこの場所で、抱えきれないほどの包帯を持って右往左往するシルフィの姿は目立つ。それにも気付かないほどクレスは憑かれたように負傷者の処置に当たっていた。声を掛けられて一瞬間、自分の意識を探すように固まっていた。
「あぁ、うん。ありがとう。でも、この状況じゃそうも言ってられないでしょう? 動ける人が動かないと」
「でも……」
 美しい中庭も、賑わいが途絶えなかった大広間も、夕陽のアーチが懐かしい回廊も、そしてクレスが親しんだグランドピアノの部屋ももはやその面影はない。無残に倒れた支柱と傾いた天井から西日が差す。夕陽の色だけが変わらないままだった。どこもかしこも血生臭い臭いが充満していて、重傷者のうめき声と軽傷者のすすり泣きがループし続ける。中庭の隅では、壁にもたれるようにしてミレイが眠っている。気絶はしているが彼女には大した怪我もなく、まず心配ないとみて他の軽傷者と一緒にこの場所に運ばれた。比較的手に負える中庭はシルフィ担当だ。無傷だった城の侍女や兵たちも手当てには参加している。
「広間に戻るわ。……何かあったらすぐ呼んでね」
クレスは足りなくなった包帯を中庭に補充にきていたのである。重傷者を寄せ集めたのが彼女の担当である大広間で、とてもじゃないがシルフィが耐えられる空間ではない。狂気じみた悲鳴やら暴動やらは全て大広間からだ。
「隊長さんっ! 早く来て、うちの人が急に苦しみだして……!」
「すみません。今戻ります」
 もう何度もこういうことがあった。始めから冷静だったのか、冷静になれたのか、それともそう装っているだけなのかクレス自信にも分からなくなっている。既に広間の四分の一のスペースはここに運ばれてから息絶えた死者たちで埋まっている。
「もういい! 殺してくれぇ!」
こういった絶叫も数分置きに繰り返される。ほっておくと気が済むまで暴れて自害する者もいた。呼ばれれば対応に行ったが、そちらを優先すると他が疎かになる。クレスはただ黙々と目の前の仕事をこなすことだけに集中した。
「……いいからあのやかましいのを何とかしろよ。寝てぇのに寝らんねぇ……」
この死人の巣窟の中に、何の違和感もなく溶け込んでいるルレオがいた。青白い顔で横たわっているくせに新しい包帯をやんわりと拒む。彼の流血の大元は傷口というより穴だったから、確かに包帯はさほど功を奏さない。
「つべこべ言ってないでそっちこそおとなしくしてて。あなたに死なれちゃ迷惑なのよ」
半ば強引に古い包帯をはぎ取る。ドス黒く淀んだ傷口を見てルレオ自身は思いきり眉をしかめた。彼が包帯を拒んだのは何も安っぽい善意からではない。穴は触れられただけで激痛が全身に走る。ルレオはその苦痛に顔を歪めて歯を苦縛って耐えた。拳を握りしめ、血がにじむほど爪を食いこませるも、うめき声ひとつあげず黙って手当てを受けた。
「……どいつもこいつも、誰かさんと似たようなこと言いやがって。迷惑だぁ? それが瀕死の男に言う台詞かよ」
「そうよ、迷惑。あなたには山ほど借りがあるし……何も返してないもの」
「くだらねぇこと言うなよ。勘違いってやつだぜ、そりゃ。……言ったはずだぞ、一回死んでんだからどうってことねぇよ」
激痛のために暴れまわる男に心底嫌味な眼つきを送って、ルレオは大きく舌打ちした。いつも通りに振舞って見せること──悪態ついてこれみよがしに舌打ちをぶちかますこと──が彼流のクレスへの気遣いだった。クレスにもそれが分かる。今となっては分からないはずもない。
「……ありがとう、ルレオ」
ルレオは、思わず一瞬だけ顔をあげてしまった自分をなじった。身動きが取れずにいて正直良かったなどと考える。そうでなければ衝動的に「あのとき」を繰り返していたかもしれない。自分にイライラすることで体力を消耗したのか、ルレオはそのままタヌキ寝入りに突入。クレスの気配が消えるまでには本当の眠りへと身をゆだねていた。



Page Top