Swirl Complex Chapter 2

 数十発の花火が止むと同時に観衆は静まり返った。理由は至って簡単、城のバルコニーに肩を怒らせて立つファーレン十三世を皆見上げていた。またこの国の統率者はファーレン十三世であり、見上げた者たちはそれを分かった上で口をつぐんだのである。
 国王は派手に装飾された王冠をおもむろにとり、深呼吸する。
「国民である君たちにとっても国王である私にとっても今日が記念すべき日になるよう心から願っている。再び十三か月戦争の悲劇を繰り返さぬために、私は今ここで永遠の平和と王国の存続、更なる発展を誓おう! ファーレン王国に栄光あれ!!」
「ファーレン万歳!」
 ワーー……──どこからか聞こえた誰かの第一声を皮切りに民衆は一斉に歓声を上げた。大人子ども関係なく拍手をし肩を寄せ合う。
 一見国のあるべき姿を映し出し風景のようだが、目に見えるものからその裏側までを読み取ることはできない。それを裏付けるように国王の演説から歓声までの間、僅かな沈黙が流れた。思惑は人それぞれだ。国王を支持する者、皇女の即位を喜ぶ者、妬ましく思う者、そして歴史を動かそうとする者──。
 

 彼らはたくさんのわけのわからない集団にぴったり収まってパレードの開始を待ちぼうけていた。上半身裸のピエロやすね毛のバレリーナに挟まれても少しも違和感が無い。
「あの笑ってる奴らの何人がほんとに喜んでんだろうな」
一応隣のうさぎさんに反応を期待したつもりだったが徒労に終わる。
 頭でっかちのうさぎはにこやかに前歯を剥きだしにしたまま微動だにしない。中身は汗だくで青筋を立てているに違いない、このかわいらしい容姿で腕組みされると逆に不気味である。
「いい加減始めろよなぁ……! いつまで待たせんだあのバカ国王は!」
ルレオが地団駄を踏んだ瞬間何人かがその傍若無人ぶりに鋭く目を光らせたが、この男に神やら仏やら、ましてや人の迷惑などを気にする神経は備わっていなかった。
 そうこうしている内に前方のタヌキがのろのろと歩きはじめる。
「そうそう、さっさと始めりゃ文句も出ない。おいタヌキ、あんまりのろのろ歩いてっとケツ蹴り飛ばすぞ」
ルレオうさぎのすぐ前を行進するタヌキは、恐怖心からか異常に速いペースで足を進めた。その後ろをルレオが満足そうに辿って行く。
(あのタヌキ、気の毒に……)
全身白タイツに憐れみを抱かれたらそれこそお終いだ。パレードに参加している連中の中でも一際フレッドは注目を集めていた。知らぬは本人ばかりなり、ルレオうさぎの間合いに入らないように懸命に距離を保つ前方のタヌキと、後方のボディペイント男に悠長に同情などしていた。
「こいつら何を思ってわざわざバカな格好するんだ……? っていうより俺何やってんだ……」
 開き直りも山場を越えると再び嫌悪が戻ってくる。この際やけくそに胸を張って行進してやろうかとも考えたが、さすがにフレッドも人としてのプライドは捨てきれなかった。
 すっかり片付けられた路地の脇には、大胆な仮装を一目見ようと大勢の人が詰め寄っている。冷やかし半分がほとんどの中、ごく稀に本気と書いてマジの輩がいるものだ。そこで起るのがフレッドの恐れていた事態だ。
「あの……! お名前何て言うんですか!? どこからいらっしゃったか教えてください!」
「は? 俺?」
見物人の行列から飛び出してきた女の子は、脇目も振らずフレッドに駆け寄ってきた。戸惑うフレッドに女の子は勢いよく何かを差し出す。
「良かったら、その……サイン頂けませんか!?」
 ぶっ──すぐ近くで笑いを吹き出した音が響いた。言うまでもなく前方で無造作にタヌキを蹴り飛ばしている男だが、フレッドが色紙を突っ返したときには我関せずといった顔で白々しく腕を振って行進していた。
「あんたなぁ……! 人のこと笑える格好じゃねえだろ、それ」
「あんた? そうじゃねえだろ、王子。前にも言ったけど目上に対する言葉遣いってもんを正せよ」
肩越しに振り向いて籠った声を出すうさぎに、フレッドは刹那眉をしかめたがすぐに足を速めてうさぎの耳をはたいた。
「……それじゃうさぎさん、城内に入りましょうか?」
ルレオが文句を漏らす前に手を放して、フレッドはさっさと行進に戻った。
 二人の眼前にようやく、革命の舞台であるファーレン城が聳え立つ。白い壁にはいくつかの鉄格子窓があり、その奥には更に網目の内窓が張り巡らされてる。牢獄に似た閉塞感があった。と言っても監獄暮らしの経験はフレッドには無い。
「冗談じゃねえぞ。俺は頼まれてもこんなとこには住まねーな」
「頼まないし、是非住んでほしくないね」
全てのことにいちいち口を挟んでくるルレオを適当にあしらったところで、改めて城門を見上げる。
「言うようになったじゃねえか田舎もん……! 前にも言ったとおり俺は絶対手なんか貸さねぇからな。自分のケツは自分で拭け」
ルレオの相変わらずの毒舌を背景音楽にして、フレッドはだんだんと迫ってくる城壁に生唾を呑み込んでいた。
「だいたいお前ひとりで何ができんだ? ナンパするしか能のない鷹に隠す爪なんかあんのかよ、ああ!?」
(中庭から皇女の隣室へ、か……中庭は……)
皇女の隣室の窓はあらかじめベオグラードが開けてくれている手筈だ。城門をくぐり、盛り上がる仮装団体の中、フレッドはとりわけ四方に視線を走らせていた。
「おい!! 聞いてんのか!! ボケーっとしやがって!」
わざとらしくフレッドの爪先を踏みつけて耳元で叫ぶ。目ざましには最適だが、生憎本人は寝ていないし妄想中でもない。
「はいはい、聞いてますよ。仮装とったらすぐ開始だろ?」
露骨に迷惑そうな顔をして、フレッドは汚れた白タイツを叩く。ルレオもそろそろこのパターンのやりとりに飽きてきたのか黙ってうさぎ着ぐるみ(頭部)をねじり始めた。
「さてとっ。やっとこのちょうちんブルマーともおさらばだ」
「へっ。案外気に入ってたんじゃねえの? 何ならそのまま行っても俺は一向に構わねぇわけだし」
「そういうあんたも実は脱ぎたくないんだろ、そのうさぎ」
頭だけを脱いだルレオと、ブルマーだけを脱いだフレッドの間に激し火花が散り始める。他者がどんどんまともな風貌に戻っていく中で、二人だけは半分うさぎと白タイツのまま仁王立ちで睨み合っていた。
「あんたじゃねえだろ、あんたじゃ。何度言わせりゃあ気が済むんだよボケ男」
「そっちも好き勝手呼んでんだからお互い様だろ。ほら、そろそろ行こうぜ」
フレッドがうんざりした表情で中庭への出口を指す。ルレオとしてはもう少し熱戦を繰り広げてもそれはそれで良かったのだがそうも言ってられなそうだ。
 気付けば先刻まで汗臭かった控室内は蛻のからとなっている。
「……どうした? さっさと脱いでさっさと片付けようぜ。まあ……脱ぎたくないなら別だけど」
フレッドはてきぱきと身なりを整え、同時に荷物の中から長剣を抜きだす。ルレオもようやく着ぐるみを脱ぎ、汗だくの衣服を仰ぎながら着替える。
 二人は監視の目をかいくぐり中庭へ、それから無駄に互いの邪魔をしながら木によじのぼり打ち合わせ通り“皇女の隣室の何故か鍵のしまっていなかった窓”から侵入しなおす。ルレオは暗がりの室内を慣れた様子で進み、扉に片耳を押し付けた。
「俺はこのまま逆走して国王サイドの行動を監視する。お前は……分かってるな。とっ捕まっても俺の名前は吐くなよ」
真顔で言ってのけるルレオに無駄に感心を覚えるフレッド。応答する前に、ルレオはドアの隙間に身をねじ込んで部屋の外へ消えた。



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