The Dream In Sacred Night Chapter 25

 久しぶりに城内は活気づいていた。見せかけだの無理やりだの言われれば、それはそうなのだがとにもかくにも、今日のベルトニア城にはかつての賑わいを髣髴とさせる人々の往来があった。玉座の間の床は美しく磨き上げられ各々の顔を映し出す。その映った顔は、周囲のやけくそな盛り上がりとは相反してひどく浮かない表情だ。大急ぎで修復された、いわばハリボテの豪華絢爛を背景に心底喜びをかみ締めるというのも至難の業である。集団のうちの一人が、これみよがしにあくびをかました。
「ちょっとルレオさんっ、失礼ですよ。せっかく王様が気を遣って激励式をしてくださるのにっ」
「俺に言わせりゃとんでもないありがた迷惑だ。何が楽しくてこいつらとかしこまって並ばなきゃなんねぇんだよ、ガキじゃあるまいし」
横一列に背の順に並ぶ面々、高いほうからルレオ、ギア、フレッド、クレス、ミレイ、そしてシルフィという順だ。ミレイはすっかい全快し、身を乗り出してルレオを注意するくらいの余力を取り戻していたがルレオはまだ少し顔色が悪い。相変わらず毒舌を吐いてはいるが、服の下は未だ包帯姿だ。というのが既に他の連中には不可解だった。どうやったらあの瀕死の状態からここまで回復するのか、普通に考えれば未だこん睡状態でもなんらおかしくはない。
(確かに……余計なお世話かも)
口には出さないまでもフレッドもまだ姿の見えない王に面倒くささを覚えていた。あくびを漏らそうと口に手をあてた直後、ベルトニア王のお出ましだ。反射的にひざまずくクレス、それに倣ってフレッドたちも次々とぎこちなく肩ひざをついた。
「待たせてすまなかったな。面を上げなさい、これは君たちのための儀だ、かしこまる必要はない」
言っていることと状況のギャップがひどすぎる。両サイドに余すところ無く整列した兵と、その重々しい敬礼の中でくつろげというほうが難しい。つまるところ、どうするのが一番無難か皆つかめずにいるのでクレスを手本にすることにしたのだ。
「いよいよ出発が明日に迫ったわけだが……この二週間ベルトニアの復興によく尽くしてくれた。礼を言う。そもそも君たちは、はじめは全く接点のない個々人であり──」
 フレッドは見えないように肩を落とした。学生時代の校長先生の話を思い浮かべながら、始まったばかりの〝国王様の話″を適当に流していく。おそらくこのまま子一時間は、事の顛末を自分のことのように語るはずだ、迷惑そうな五人をよそにクレスだけがくそ真面目にいちいち相槌を打っていた。思えばこのベルトニアも、最初から最後までフレッドたちのとばっちりをくってきたのだからうんちくらいは真面目に聞いてやってもいいはずだ、分かっているそばからあくびが漏れた。
「今は君たち六人はベルトニアの誇りでもある。少しばかりしか協力できないが、今日は心行くまで楽しみなさい、もちろん身体を休めることも忘れずにな」
「身に余る光栄です。本当に、ありがとうございます」
 5、3、1、1。順にルレオ、フレッド、ミレイ、シルフィのあくびの回数である。ギアは露骨に退屈さをアピールはしなかったものの、話はそっちのけで別の世界にトリップしていた。クレスの声でようやくこちらの世界に戻ってきたらしい、ずれた眼鏡を掛けなおす。ち、兵が規律良く方句を変え、足並みそろえて玉座の間を出て行った。
「はいはい、どいたどいたっ。これから急いでパーティ準備をしなくてはならん。君らも早く出てっ」
入れ違いにサンドリアが丸テーブルを押しながら入ってくる。白いクロスに包まれた、いかにも高級で清潔そうなそれを、サンドリアに続いて数人の侍女たちが運び込んできた。
「パーティ……って何の?」
素直に思ったことを口にしただけなのに、間髪いれずクレスのひじ内が横腹にヒット、フレッドは妙な呻き声をあげた。
「聞いてなかったの? 私たちのためにパーティを開いてくださるって! もう……っ」
「最後の晩餐ってやつね。なかなか気が利いてるじゃねぇか、それじゃ俺は準備ができるまで休ませてもらうわ」
不吉なことを言い捨てて、ルレオはさっさと大好きなふかふかベッドに直行した。ベルトニア王が『心行くまで楽しめ』と言ったのはどうやらこのことらしい。話の締めしか聞いていないことがばればれだ。忙しそうに食器を並べるサンドリアの姿が、この国の護衛隊長の末路かと思うと哀しくなった。
 ルレオにはこれ以上無いほどのすばらしい寝心地のベッドも、万人共通でそうというわけではない。フレッドはいつも決まって、一睡もできずに終わる。今日もやはり、転がっていただけで良い夢も悪い夢も見ることはなかった。と、そこへノックが響く。
「フレッドっ。パーティ準備できたって! 一緒に行こっ」
シルフィの声。時計に目をやると既に午後六時をまわっていた。
「今行くよ。ちょっと待ってな」
本当にものの数分で準備ができてしまうところが少し空しい。手間を取ったのはせいぜい寝癖くらいだ。ゆっくりドアを開けると、きらびやかにめかしこんだシルフィがいた。頭に大きなリボンを乗せて、淡いピンク色のドレスを着て(着せられて、か)喜色満面で突っ立っている。フレッドはドアを開けっ放しで驚愕していた。
「へっへー。どう? かわいいでしょ? ときめくでしょ? 侍女さんたちが着せてくれたんだっ」
「ああ……普通に、びびったー」
そういえばシルフィがフードを脱いでいるのを見るのは初めてだ。はにかむ少女の晴れ着姿に正直声を失った。
「もー! そうじゃなくってさあ! かわいいの? かわいくないの?」
ふぐ口が破裂寸前まで膨らんだところでフレッドが頭を、撫でようとしてやめた。今は彼女はパートナーだ、さすがに撫で撫ではいただけないだろう。
「びっくりするほどかわいいって言いたかったんだよ。さ、お姫様。俺にエスコートさせていただけますか?」
「もっちろん! よろしくね、王子様」
そうは言っても哀しすぎる身長差だ、とりあえずいつもどおり仲良く手をつないで地味な王子と派手な姫は修復中の廊下をのんびり歩いた。しばらくするとロリコンカップルの前方に、これまた異様な三人組がたたずんでいる。
「うわあー……フレッドさんめちゃくちゃ普通ですね。似合ってるっていうのか、変わり映えがしないっていうのか……」
「あっはっは! ミレイちゃん結構きついねー。でも確かに」
フレッドには見えない、がかなり尖った刃が軽快に突き刺さる。ミレイの正装はそれなりに様になっていたし、ギアはもとより着慣れていて冷やかすような要所が見当たらない。
「おいおいおい……お前何考えてんだよ。こういうときの専用の衣装があんだろうが、お前にぴったりの」
気休め程度に棒ネクタイを締めたルレオが、不服そうに眉をひそめる。フレッドは青筋をぶらさげたまま連中の横を無言で素通りする。
「おい、タイツだろ、白タイツ! お前はそれさえ履きゃ立派な王子だ!」
「うるせー! しつっこいんだよ、お前! いつの話だ!」
スルーできずついに振り向く。この先一生、白タイツの悪夢に悩まされるのかと思うと頭痛がした。完全に敗走するフレッドを尻目に、ルレオは満足そうに痛む腹を抱えて笑っている。
「はぁーせいせいしたぜっ。さ、食えるだけ食って飲めるだけ飲むぞ!」
 夜はただ更けていく。賑わう人々、活気づく城内、星の群れが夕日の代わりに廊下を照らしていた。



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