The Dream In Sacred Night Chapter 25

 パーティ会場と化した玉座の間に入ってすぐ、フレッドは何人かのベルトニア兵に呼び止められた。酔いが回る前に、という前置きから始まって明日の段取りが簡単に説明される。エスコートされるはずだった王子にほったらかされたシルフィは、一人むくれて、いるかと思いきやほったらかしたのは実は彼女のほうだった。色とりどりのテーブルの上、見たことも無い豪勢な料理が手招きする。正装の男女が、それぞれのパートナーと笑いながらカクテルグラスを傾ける。
「お嬢さん、ケーキはいかが? とってもかわいらしいドレスね、お似合いだわ」
不意にささやかれた後方から、ぽっちゃりした侍女がトレーにガラス細工のような菓子を乗せて腰をかがめている。
「わぁっ! 凄い、いいの? どうもありがとう!」
飾り物のように細かなクリームの模様を、感動の眼差しで見つめながら恐る恐る口に頬張る。甘い香りと食感がシルフィを至福のときへ連れ去っていった。
「シルフィちゃんにとっては天国だねぇ」
「よっしゃ! 食うぞ! お前ら俺の邪魔すんなよ。容赦なく蹴り飛ばすからな」
ルレオは目を付けていたロブスターに一直線、上品そうな紳士淑女を押しのけてこちらも至福のときを満喫していた。
 玉座の間はだだっ広いためパーティ会場にはもってこいだった。ベルトニアには階級制度がないから国民は皆物怖じすることなく参加する。それぞれに着飾ってはしゃいで笑いあう。そんな中で浮いているのは、完全に物怖じして入り口から動こうとしないフレッドだ。
「遅いよ。ちっちゃい恋人ならお菓子に誘われてどっか行ったよ?」
「……あっそ。ギアは行かないのかよ」
「気が向いたらね」
入り口のすぐ横で壁にもたれてギアはのんびり人間観察していた。王立研究員のトップともなればパーティ自体そう珍しいものでもないだろう、結局フレッドだけが出遅れた。視界の中ではロブスターを振り回すルレオや、いろんなケーキに囲まれたシルフィ、ともすればミレイなんかは小癪なことにダンスの誘いを受けている姿が映る。いずれにせよ、皆楽しそうだった。
「……クレスなら奥のバルコニーにいたけど」
「聞いてないだろ。……別に用ないし」
確かに一向に見当たらない彼女の姿をついでには探したが、ギアの言い方だとそれが主目的だったかのようだ。そっけない返答にギアは声を殺して笑った。
 フレッドはさりげなくその場を移動した。人ごみを当ても無くかいくぐっていく。
「はい、どうぞ」
不躾に渡されたグラスを慌てて受け取る。
「あ、どーも。……って」
顔を上げるなりフレッドは苦笑した。強引なウェイトレスかと思いきや、ワインを押し付けてきたのは、
「久しぶりー! ファーレン奪還以来じゃないの? 元気してたあ?」
ベオグラードの部下のひとり、暗部所属のリナレスだった。ほろ酔いのせいもあるのか、陽気な声でフレッドの背中を力いっぱいたたく。よろけながらもフレッドはワインを死守した。
「リナレスも、相変わらず元気そうだな。でも何でここに?」
「激励式でしょ? 激励しにきたに決まってんじゃん。ベルトニア側から正式にね、招待状が届いたの。異例よねー、こんなの」
ファーレンの護衛隊をはじめ、一連の騒動でフレッドたちに助力した者をという名目で招待状は届いたらしい。一連というのがどこからどこまでを指すのか疑問だが、確かに粋な計らいだ。しばらくはただ感心していてフレッドだったが、その大まかな規定に徐々に顔色を変える。
「ってことは……っ」
「俺も来てたりするんだなあ~」
今度は死守不可能だった。加減を知らない馬鹿な友人のせいでワインが床に飛び散る。ニースの不意打ちタックルで辺りは一面血の海、いやワインの海と化した。
(しまった……)
腕立て伏せのポーズでかろうじてワインまみれを回避したフレッド。ニースは後ずさりながらもそのフレッドを引っ張り起こした。侍女が二、三人せかせかと寄ってきて床を拭く。これでもかといわんばかりに眉間に皺を寄せてひきつった笑みを浮かべると、フレッドはニースの首を雑巾しぼりさながらに締め付けた。
「ご、ごめんなざい……っ」
「馬鹿はルレオ一人で十分なんだよ……! 悪目立ちしやがって!」
目立っているのはフレッドの公開殺人劇のせいもあるが、リナレスはあえて口出しせずに遠巻きに二人を見ていた。
「そういえばさっきルレオにも会ったんだけどさー、あの野郎全然性格直ってないじゃない。頭きたから膝カックンしてやったわよ」
雑巾(ニース)を絞り終えて満足したのか、フレッドが再びリナレスに向き直る。
「そっちも相変わらずだと思うけど……」
「そう? 一応昇進したんだけど、これでも」
ルレオへの制裁として、「膝カックン」ができるのはリナレスくらいのものだ。その辺りは呆れながらも感心すら覚える。話は次第に盛り上がり、三人は突っ立ったままで思い出話を楽しんだ。あまり飲めないはずの酒が今日は気のせいか美味で、フレッドは自らグラスを取りに行ったりもした。その後のファーレンの復興状況や王都の様子を話すリナレスとニースに対して、フレッドのほうはいまいち釈然としない内容ばかりを話す。リナレスは細かいことは気にしない性質だ、問題ない。厄介なのはいつも奴だ。
「……フレッド。そろそろ男同士の語らいの時間だと思わないか」
ほら来た──予想通りの展開に嘆息して、フレッドは肩を竦めた。
「いや、全然。あ、一通り食ったら早めに帰れよ? 警吏の朝は早いぞ」
「なんだよお、マリィちゃんの話とか聞きたくねぇの? ひっでー! つれねー! 妹置き去りにして綺麗なおねいさんのい囲まれて酒飲んでる兄貴なんてろくな奴じゃねぇよなぁ!」
わざとらしく周囲に喚いてフレッドの関心をこちらに向ける。彼が他人からの視線を浴びるのが嫌いなことは昔から変わらない。案の定、フレッドはニースの口を塞いで逃げるように辞去した。やるせなくなってニースの頭を力任せにぶん殴る。そのまま絡まりあってパーティ会場の隅にある長いすに二人で倒れこむ。
「マリィちゃんも親父さんも元気だよ。悪かったな、だしにして」
フレッド2杯、ニース7杯、いずれも二人がこれまでに口にしたワインの量だ。ニースがこれっぽちも酔ったそぶりを見せないのに対して、フレッドは既に少し眠気眼だった。きちんと座りなおして、ニースはフレッド用にと水を手に取った。
 水を一気に飲み干して火照った顔を仰ぐ。パーティの様子をぼんやり眺めて、二人とも出方を伺っていた。
「そろそろ話してもいいんじゃない? 最近けっこう寂しいんですけど」
ニースが独りごちるように呟く。しばらくしてからこちらの顔色をうかがったが、またすぐどうでもいい光景に視線を走らせる。フレッドは、何も言わない。
「死神退治だっけ。いつの間にやら話がでかくなったよなぁ……。まぁお前の場合はじめから結構でかかったけどさ。……それは一応、勝機があって行くんだよな?」
今度はしっかりフレッドを凝視する。誰もがうやむやに誤魔化してきたことを、ニースは単刀直入に聞いてきた。フレッド自身ですらうやむやにしてきたことだ、即答ができない。
「勝機、ねぇ……」
「俺が言いたいのは──それはフレッドじゃなきゃダメなことなのか、ってことで。本当は誰でもいいことなのか、誰が行ってもどうしようもないことなのか、お前ならやれることなのか。つまりさ」
「担ぎ上げられてんじゃないか、って意味か?」
案外にあっけらかんとそれを口にするフレッドに、ニースの方が言葉を呑んだ。
「さあな。一部のお偉方はそう思ってるかもしれない。でも、俺は俺の事情で死神と向き合わなきゃならない。利害は一致してるよ。それに、一人で行くわけじゃない。」
大罪のこと、前世のこと、ニースに話していないことはいくつもある。しかしそれは、ニースに限ったことではない。ただ、ニースはいつだって本気で自分の身を案じてくれるから、罪悪感が胸を突く。



Page Top