Who is Jorker ? Chapter 6

 明朝、照りつける太陽に目を細めてしまうほどの快晴の下一行は港に集合した。船旅にはもってこいの爽やかな天候に恵まれたおかげかフレッドの気分も良好であった。ちょっとした鼻歌を自作しながら荷物を抱えなおす。
「ご機嫌ね、これからどうなってるか分からないファーレンに行くっていうのに」
不謹慎だと言わんばかりにクレスが眉をひそめる。通常朝一番にかける言葉といえば相場は決まっているが、それさえ無視して皮肉を垂れてくるあたりこちらさんの機嫌は良くはなさそうだ。
「おいそこのボケコンビ! ちんたら喋ってねえでさっさと乗りやがれ、出発するぞ!」
船上からルレオがキーキーわめいている。良い天気も良い気分も、このメンツだととことん台無しである。
 船は想像していたよりも遥かに小さい。一国の主がそう言うのだから謙遜しているのかと思いきや、用意されたのは定員十名という偵察用の船だった。外装からして定員十名というのも嘘くさい。
「俺は参加しねぇからな、言っとくけど」
「は?」
ルレオの唐突な発言に条件反射で返したが、すぐに適当な相槌に切り替えた。心を無にして受け流す、彼に対する対処として的確なのはそれだということにようやくフレッドも理解が及んできた。が、相手も日々迷惑な方向に進化をとげてくる、フレッドの冷めた反応ももろともせず鼻で笑って話を続けた。
「ルーヴェンスの反逆を阻止したところで別に事態は変わんねーだろ。それ以上の悪化を防げるってだけで。お前の王位も解消されるわけじゃねぇんだろ? 言わば無駄働きのただ働きっ
てわけだ。いざこざに巻き込まれるのはごめんなんで、俺はファーレン着いたら退散させてもらうわ」
このあっけらかんとした口調のせいもあるがフレッドは特に驚愕を示すこともなく半眼でルレオを見やった。いつもの調子で胸座の掴みあいをするのも手だが、あえて無関心そうに目を逸らす。
「好きにしろよ。最初から期待なんかしてないし」
「あっそ。そらどうも」
ルレオの方も事を荒立てる気はないらしい。これから決して短くない時間このメンバーで船旅をすることを無意識にも理解していたのかもしれない。
 そうこうしている内に出航の準備は整い、船の周囲には片手でまばらに見送りの兵がいる。その中にベルトニア護衛総隊長、サンドリアの姿があった。フレッドは視界に入った彼を呼び止めて船の縁から身を乗り出す。サンドリアが軽く手を振った。
「すまないなあ、本当なら私もついていってあげたいんだが立場上ここを離れるわけにはいかなくてね」
「いえ、いろいろ助かりました。ベオグラードさんに会えたらサンドリア隊長のこと、話しておきます」
「ああ、無事会えることを願っているよ。王も私もできるだけ君たちに協力するつもりでいるから、何か困ったことがあったらまたベルトニアに来るといい。気を付けてな」
 船はゆっくり波を切って徐々にスピードをあげる、このまま海流に乗れば難なくファーレンには辿り着くことができる。サンドリアも、他の兵も、豆粒のような大きさになったかと思うとやがて視界から姿を消した。
「いい国だな……。独裁とは無縁そうな……」
見えなくなったベルトニアの大地に向けて話しかける。ルレオは船室でくつろいでいるし、クレスがそういった類の独り言に同意を示すはずもなく、フレッドのつぶやきはただのつぶやきとして海に溶けた。
「フレッド」
かと思えば不躾に呼ばれたりする。これみよがしにうざったそうに振り向いて、すぐさまそこに在る光景に目を点にした。
「これから暫く、ルーヴェンスを止めるまでは仲間ね。その後どうなるかは分からないけど、一応、宜しく」
クレスが右手を差し出して突っ立っている。おそらく握手を求めているのだろう、察してフレッドも小首を傾げながら右手を伸ばす。その手を握ろうとした矢先、見計らったようにクレスは手を引っ込める。フレッドの右手は空しく差し出されたまま行き場を無くした。
「言ったわよね、一応よ。必要以上に馴れ合う気は毛頭なし」
言い放った後ようやく手を出してフレッドと軽く握手を交わす。と言ってもクレスが勝手に放置されていたフレッドの手を振り回しただけだ。放心状態で瞬きさえ忘れていたフレッドだったがじわじわとこみ上げてきた怒りに口元がひきつった。
「そりゃ奇遇だな。いちいち気を遣うのって好きじゃないんだ。特にあんたみたいな年中空回りしてるような奴は手に負えないし」
「は!? 誰が空回りよ! そういうあなたの方こそそういう失礼な──ちょっと!」
フレッドは思い切り肩を竦めてクレスに背を向けた。
「言ってる側からこれだもんな……」
後方でかん高い声が鳴っているが、心を無にして完全に無視を決め込むとフレッドはその場を離れる。
 やたらに水分を含んだ潮風が肌を撫でているがそれを心地よくは思えなかった。不慣れな海風は少しの緊張と不快を纏っていた。だから余計にファーレンの空っ風が恋しくなる。
(やっと帰れるんだな。たった二、三日なのに十年くらい過ごした気がする)
などと感傷に浸るのも束の間。
「おい!」
この長年連れ添った夫婦のような呼び方と言えばひとりしか思い当たらない。聞こえない振りも二三度が限度だ、続けると相手を煽るだけである。一応わきまえているらしくフレッドは嫌々ながらも返事をした。
「何だよ、飯ならさっき食べたろ?」
ルレオは口元をひくひく痙攣させながらも隣で頬杖をついて愛想笑いをしてみせた。無論かなりの無理が見えるが。
「俺は呆けたじじいか、そんなもん言いに来たんじゃねえ」
「……だから何だよ」
二人は相も変わらず、飽きもせず、変わり映えのしない悪態を互いにつく。フレッドにしてみればいい加減放って置いてほしかったが、妙に絡んでくるのがルレオだ。そんな二人が船首で肩を並べて海原を眺めている光景ははっきり言って不気味でしかない。船室に入ろうとしていたクレスも視界に入ったそれに口元ひきつらせた。
「前から一回訊いてみてぇと思ってたんだ。丁度いい機会だからな、言わせてもらうぜ」
フレッドは身構えた。こういうときの勘は決まって的中する。
「ベオグラードの革命話といい、今回のルーヴェンスと件といい何で引き受けた? 愛国者ってわけでもないだろ、お前」
「何の質問だよ、関係ないだろ」
「質問じゃねえ、俺は詰問してんだ。答えろよ」
傍若無人もいいところだ、あまりの横暴さにフレッドはただ嘆息するしか抵抗ができない。
「別に……。あんたの言うとおり愛国者ってわけじゃない。特に理由なんかねえよ、そういう状況だからそういう流れにそって動いてるだけだろ。他に何があるってんだよ」
 クレスと同じようなことを言う。フレッドにとって『何故』は一番困る疑問だった。考えて理由が見つかるなら苦労しない。むしろ自分が何故ここでこうしているのか、分からないのはフレッド自身だった。
「気にくわねぇな……。何が流れにそって動いてる、だ。てめえは流れに流されてんだよ」
ルレオは半眼でそう呟いた。




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