Who is Jorker ? Chapter 6

 太陽はいつのまにか厚い雲に身を隠していた。反射して輝きを放っていた海面が今は黒く淀んで見える。それがフレッドの目にだけそう映るのか、それともルレオの視界も同じであるのかは定かではない。
「俺は金が欲しい。食うも遊ぶも必要なのは金だ。そのためのリスクなら背負うし、俺にとって金を稼ぐことと生きるってことは同等ってことになってる。……逆に言えばだからこの仕事も引き受けた」
フレッドは口出しすることもなく飛沫を上げてうねる波を見つめていた。先刻より高さが増した気がするのは気のせいだろうか。
「ムカつくんだよ、お前見てると。正義感ぶって余計な真似すんのも、こうやって理由なく動いてんのも全部他人の波に乗っかってるだけじゃねえかよ。……はっきり言って割に合わねぇ」
「……それで? 言いたいことは全部か?」
「あぁ!?」
 ルレオの奇声を合図に船体が大きく揺れた。高波の飛沫が弾けながら二人に降り注ぐ。雲はどす黒く色を変えて空を覆い太陽の光を遮断した。空は一面、黒く染まっている。
「あんたの物差しで測んなよ、俺には俺の考えとやり方がある。金の亡者にとやかく言われる筋合いはねえんだよ」
できる限りの冷静を装った。図星をつかれた人間は決まってムキになる。それを悟られるのは屈辱だった。本当のところは大した考えもましてやポリシーなど持ち合わせてはいない。
 ピシャンッ! ──空が一度派手に点滅した、刹那凄まじい轟音と船体の揺れが彼らを襲った。雷を皮切りに一気に雨が降り出す。間のないノイズはそれ以上の会話を不可能にした。
「雨……? って嵐か!?」
フレッドはのんびりと焦りはじめる。いち早く焦っていたクレスが船室のドアを叩き開けた。どちらにしろ焦っていることに変わりはない。
「嵐が来るわ! 帆を閉じて!」
おそらくそのようなことを叫んでいるのだろう、ほとんど声の通らない中フレッドは彼女の唇の動きを読んで頷いた。忘れたころにようやくルレオも慌て始める。
「なんなんだよこの風雨は! どこの馬鹿だ、晴れるつったのは!」
どこの、と訊かれればベルトニアの。誰、と言われれば護衛総隊長殿が。詳しくは語らないことにするがそういった肩書きのおじさんが今日は晴れだと言い張っていた。降り出した今、そんなことはどうでもいいことである。
「フレッド、錨を下げて! 私は帆を!」
 視界は一気に暗闇に包まれていく。矢のように肌を刺す雨粒にただ目を開けていることさえ困難になった。無事錨を下ろすと、無駄な動作だとは思いつつ二の腕で顔をふく。横目に懸命に帆を閉じるクレスの姿が映った。当然同じ空間に特に何もせず全力で文句を並べている男も居るわけだが、フレッドは器用にその男を視界から閉め出した。
「下支えて。俺が下ろす」
たたむどころか帆にしがみついているのがやっとのクレスに言うが早いかフレッドが縄をとる。何も遮るものがない帆柱付近は気を抜けば風にさらわれ海の藻屑だ。
「大丈夫!? 凄い揺れだけど……!」
目を細めてクレスが叫ぶ。フレッドは慎重に、上下左右に揺れる縄にしがみついたまま嫌な汗をかいていた。風に煽られては極上の恐怖を覚える。
「よし……、後一本」
刹那、突風が船全体を大きく揺らした。二人とも反射的に目を瞑ってしまったため実際は分からないが感触としては船体が九十度近く傾いたような大きな揺れだった。
「無事!? 飛ばされてないわよね!?」
「俺はいいけどあいつ! あいつどうした!? 海に落ちてんじゃないのか!?」
最後の一本を素早く手繰り寄せてフレッドは甲板に足をつけた。ずぶ濡れもここまで来ると貧相だ、が今は互いの貧相さを笑い飛ばしている場合ではない。見当たらない人影をフレッドは舌打ちして探した。
 探す、という行動と見つかる、という結果は大抵その間に結構な時間が費やされるものだが彼らの場合は例外だった。血相を変えて船室のドアを開けたフレッドとクレスを、その男は大爆笑で出迎えてくれた。
「だっはっはっはっは! なんだその情けねぇ恰好っ。雨降ってんだから大人しく中入っとけってんだよ。ダッセー!」
返す言葉が出てこない。ルレオはテーブルに肘をついてさも当然のようにクッキーなんかを摘んでいた。雨の滴と、無駄とも思える勲章の汗が一気に流れ落ちていく。
「……何だよ。お前らも食いてぇのか?」
仕方がなさそうにルレオがきっちり二枚、クッキーを差し出す。フレッドが我慢の限界を迎える前にクレスが早歩きでルレオの前まで歩み寄った。
「今がどういう状況か分かってる!? 嵐なの! 大しけ! あのまま何もしなかったら転覆するか流されるかしてたってのにあなたって人は……!」
「ああ、それは悪かったな。大丈夫なんだろ?」
不思議な現象だがクレスの頭に血が上っていく音がフレッドの耳に響く。クレスが我を忘れる前に今度はフレッドが仲裁に乱入した。わななくクレスに同意を示しながらもとりあえずの作り笑いでその場を取り繕う。
「とにかく! やることはやったし後は交代で見張りを立てて様子を見よう」
「そうね、二時間置きに帆先の見張り台へ。航路の確認も忘れないで」
クレスがうんざりした表情で濡れた髪を絞り出す。フレッドは頷いてルレオの肩に手を置いた。ずぶ濡れの二人に対して唯一何も役に立たず、そのくせ不平を漏らすその男は威嚇するようにおもむろに視線を配った。
「何が言いてぇんだ……」
「決まってんだろ、最初の見張りはあんた。二時間後に俺ってことで」
「馬鹿言うな! 嵐だぞ!」
「だから必要なんだろ? ほら望遠鏡、ああコンパスもな」
拒否することを拒否、フレッドは次々と道具を手渡していく。ルレオが減らず口をたたく暇が無いようにテキパキと準備を整えてやった。暫く口を尖らせていたルレオも大きな舌打ちを最後に諦めたらしい、ぶつぶつと独りごちながら船首へ向かった。
「さてと、邪魔者も始末したし仮眠しとくかっ」
目には目を、歯には歯を、極悪な男には極悪なやり方で──フレッドは納得して毛布にくるまった。


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