Who is Jorker ? Chapter 6

 きっかけさえあれば後は早い。呆然としているもう一人の刺客からするりと逃れてクレスはナイフを蹴り上げる。
「やるねー」
ルレオが冷やかしとばかりに口笛を吹く。彼はいつの間にか一人完全武装で、言いながらボウガンの矢を四方八方にまき散らしていた。おかげで奴等からの反撃はおろか抵抗のひとつもなく形勢大逆転、ホースで水撒きでもするかのような連射でそのまま船の縁まで追いやった。
「俺様の船に乗ったが運の尽き、命在るだけ有り難いと思えよ!」
後片づけはルレオが買って出てくれた。スキンヘッドの男二人はルレオによってセットで海に放り込まれる。
 バチャンッ──二つはほぼ同時にそれなりの飛沫と水柱を立てて海の藻屑、いや海坊主となった。暫くすると目印の頭も水平線の向こうに消えた。
「まさかフードがお前だったとはなっ。てっきりおっさんおっさん思ってたから」
ルレオが振り向いてすぐ、フレッドの意気揚々とした声が耳に届く。フレッドもルレオも途中からフードの中身、その正体に気付いていたがクレスだけは未だに首を傾げている。視線が謎の人物に集中した。ゆっくりとフードを取る。
「失礼な奴らね、相変わらずっ。助け甲斐がないったら」
憎まれ口を叩きながらも笑みが漏れる口元に、懐かしいホクロが覗く。後ろで無造作に束ねていた髪をほどくと更に見覚えのある様相に戻る。フレッドの微笑が心なしか穏やかになった。
「無事で何より、リナレス」
「そっちも。見事にお揃いで安心した」
 儀式殿で別れたまま消息不明であった革命メンバーのひとり、警吏隊暗部所属のリナレス。彼女はメンツのお粗末さに苦笑しながら、着込んでいた野暮ったいコートを脱ぎ捨てた。
「あんまり気付いてくれないからどうしようかと思っちゃった。本当はこういうことになる前にあいつらの正体ばらすつもりだったんだけど」
「へっ、俺に攻撃してきたときは手ぇ抜いてるようにはみえなかったぜ」
皮肉を漏らしながらルレオが甲板に胡座を掻く。何一つ変わり映えのしない光景にリナレスは苦笑を越えて惜しげもなく口をへの字に曲げた。
「あれはしょうがないでしょ、半分本気だったんだから。……それより二人とも、なんで私がここに居るかは、勿論分かってるよね?」
一瞬顔を見合わせるフレッドとクレス、リナレスは珍しく真面目な顔を作って二人を凝視していた。
「フレッドたちのことだから上手く逃げ切ってると信じてた。だから私もルーヴェンス側に就いたように見せかけて情報収集と合流の機会を待ったってわけ」
「じゃあ、ファーレンは……」
半ば分かっていた質問を、フレッドは万が一という儚い確率にかけてリナレスの返答を待った。が、リナレスは小さくかぶりを振るだけだった。全員の顔が曇る。
「……もう手遅れ。三人がファーレンを出てすぐルーヴェンスの天下になっちゃった」
「国王は!? ファーレン十三世とセルシナ皇女は今どこに!?」
申し訳なさそうに眉じりを下げるリナレス、元警吏暗部の彼女にはその手の情報は望まずとも耳に入っていた。クレスの期待を容赦なくへし折る答えしか持ち合わせていない。
「確認はしてないけど二人ともファーレンの地下牢に監禁されてるって話。国王派はほとんどそこに閉じこめられてるんじゃないかな。重役が殺されたって情報は今のところ入ってこないし……」
「そう……殺されてはない、のね」
リナレスの心配とは裏腹にクレスは胸を撫で下ろしていた。まだファーレンは生きている、完全にルーヴェンスの支配に染まったわけではないのだ、そう考えるとまだ希望は残されている気がした。
 フレッドは、この自分には全く興味の無い安否の確認が早く終わらないかとやきもきしていた。国王、ましてやセルシナ皇女のことなど彼に気にする余力はない。
「ベオグラードさんは? 一緒じゃないのか……?」
少しだけルレオが視線をこちらによこしたのが分かった。リナレスは先刻よりも一層言葉を濁して視線を足元に落とす。
「分からない……。あれから暫くして連絡が取れなくなったから」
「ベオグラードさんもこのことを、知ってるんだよな?」
「知ってるも何も! ファーレン全土で内乱だらけなんだから! 完全に墜とされるのも秒読みってかんじ。十三ヶ月戦争よ、まるで」
 嫌な例えを使ってくれる、フレッドは思わず嫌悪を覚えて顔をしかめた。苦笑でそれを誤魔化してこみ上げてくる不安や危惧を心の奥底に押し込めた。それはベオグラードに対してだったり家族に対してだったりしたが、いち早く脳裡を過ぎった人物はやはりというか結局というか“彼女”だった。そういったたまに顔を覗かせる気持ちがフレッドを自己嫌悪に誘う。
「この航路だと直に港町エマに着くね。後のことはそっから考えよっか」
リナレスが明るく振る舞う光景がなんだか空しく映る。フレッドもそれに応えるように作り笑いで頷いた。皆が皆に気を遣う、妙な空気の重たさをルレオは鬱陶しく思い船室への扉の先陣を切る。その後に続こうとするフレッドを、リナレスが肩を掴んで呼び止めた。
「……何?」
「ちょっと話あんだけど……。いい?」
顎先で船首を指すと半ば強制的にフレッドを他連中から隔離する。あまり楽しい話では無さそうだ、目がそう教えてくれていた。
「私がここまで来た理由、もうひとつあるの。今から言うことはベオグラードさんからの伝言だから。……言うわよ?」
「何だよ、早く言えって」
やけにもったい付けてくれる、心の準備をしろということなのか視線を泳がせるリナレスに少しの苛立ちを覚えた。リナレスの一瞬の深呼吸がフレッドの不安を煽る。
「フレッドが王位を継承したことは既にルーヴェンスにも伝わってる。表沙汰にはなってないけどね、ルーヴェンスがわざとそうしてるみたい」
「……それで……?」
「うん、さっきので分かったとは思うけど……フレッドは狙われてる。ルーヴェンスはあなたの王位継承を歴史上無かったことにしたいのよ。私はその暗殺部隊にまぎれこんだってわけ」
 フレッドの脳裡にベルトニア王の台詞が蘇る。王位を持ったまま死ぬ、それは同時にファーレンの滅亡を示唆していた。思いの外冷静に受け止めるフレッドを見て、リナレスは肩の荷が下りたように安堵の溜息をこぼす。
「大丈夫……そうね」
微笑して伺うのはフレッドの胸中。
「ん、ああ。似たようなことベルトニアでも言われたし、意識しておくよ」
「そうしてもらえるとわざわざ来た甲斐があるってもんよ。まあ、いざとなったら暗部のリナレスちゃんが守ってあげるから!」
頼もしいような、そうでないような宣言に苦笑しながらフレッドは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。ほんの少しだけ、先のことを気楽に考えることができた。
「戻ろうぜ、港につく」
頷くリナレス、皆の集まる船室に入るのを見届けてフレッドは船首の方に振り返った。遠目にうっすらと見える街並みを背景にして手すりに頬杖をつく。潮風は懐かしい香りを運んでいた。ファーレンの懐かしい風に目蓋を閉じて物思いにふけこもうとした矢先、
「はぁーあ、着いた着いた! とんだ船旅だったぜ」
ドアを蹴り開けて疲労の欠伸を漏らす、ルレオが涙目でこちらを凝視してきた。そして今までにないくらいの優越感を携えた会心の笑みを惜しげもなく浮かべる。
「短いつきあいだったな。せいぜい頑張れよ、革命かっ」
この嫌味な嘲笑を目にするのもこれで最後だ、フレッドは無反応で彼に背を向けた。



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