Mad Tea Party Chapter 7

 ベオグラードはカウンターのど真ん中の席に陣取って麦色をしたグラスにちびちびを口をつけていた。フレッドはゆっくり彼に近寄ると無言のまま隣の椅子を引いた。頼んでもいないのにベオグラードと同じグラスが素早く出される。
「言っときますけど俺飲めないですよ……」
「全くってわけじゃないだろ? こういうときは黙って付き合え、勝利の祝杯だ」
目の前にちょこんと置かれたカクテルグラスを見やる。自白剤が混入していてもこの色合いだと分からないな、などと無用の心配をしながら二三度口をつけた。
「具体的なことを説明しておこうと思ってな」
「だったらリナレスたちも呼んだ方が──」
深刻そうにかぶりを振るベオグラードにフレッドは口をつぐんだ。有無を言わさない威圧感がある。この男に自白剤は無用の長物である気がした。蛇足だがフレッドもそんなものを使われたところで自白するものは何もない。
「お前たちがベルトニアに行っていた間に王都をはじめほとんどの地域がルーヴェンス領になった。俺もぎりぎりまで応戦したが……まあ見ての通りだな。ファーレン兵のほとんどがルーヴェンス側に寝返ってな、城が墜ちるまで三日とかからなかったはずだ」
「なんでいきなり……。確かにファーレン十三世の部下でいるよりマシかもしれないけど」
いつの間にか飲み干してしまったグラスが下げられて新しく淡い水色のカクテルが二つ並べられた。バーテンからのサービスらしくベオグラードは満面の笑みを返していたがフレッドにとっては有難迷惑以外のなにものでもなかった。
「そのことなんだけどな……」
飲むか喋るかどちらかにしてもらいたい。フレッドは手をつけずに続きを待っていた。
「革命の二、三日前にルーヴェンスとある人物が接触していたっていう情報がある。俺も何度がそいつとは城内で顔を合わせてはいるが……ルーヴェンスの勢力の裏にはそいつが関与していると見て間違いない。でなければルーヴェンスにここまでの支配力はないはずだ」
「……誰なんですか、そのある人物って」
「それが俺にもよくわからないんだよなー……」
飄々とグラスの中身を一気に流し込むベオグラード、この男には小さなカクテルグラスよりも巨大なジョッキの方がお似合いだ。フレッドはとりあえず我慢していた。露骨に半眼を晒してはまずいと思い何でもなかったように長い瞬きをする。場をつなぐために飲みたくもない酒に口をつけた。
「人物の特定はある程度ついてる。ただそれが何者かまでは分かっていないのが現状だ。ここ数カ月王の周りをうろちょろしていた赤い髪の少年、そいつがおそらく今回の鍵を握っている」
「……少年、……子どもですか? なんでそんな子どもが城内に? それにいくらルーヴェンスとも接触があるからって子どもに何をどうできるって言うんですか」
「だからそこまでは分からんっ。これから確かめるんだよ、そこはっ。……とにかく、革命内容の本題に入るぞ、いいか!」
(なんだ、今からか……)
子供じみた口調で念を押すベオグラードに二度返事をする。出かけた言葉を呑みこんであたかも姿勢を正すようなそぶりを見せた。
「ルーヴェンスを引きずり下ろすってのはつまり、罪状を取って正式な場で奴を裁くことだ。この際命を狙うってのも手だがそれだとこっちのリスクも高いしな。下手すりゃ前の皇女誘拐の件持ちだされてこっちが有罪だ」
耳が痛いような頭が痛いような、実際に誘拐したのは皇女のコスプレをした女護衛隊長だったが、ルーヴェンスが反乱を起こさなければ今頃フレッドが奴の立場だ。
「でも今ベオグラードさんに……罪状をとる権利はないんですよね?」
ベオグラードが意外そうに目を丸くする。何かまずいことを言ったのかと思って慌てて口を押さえるがベオグラード本人はいたって平静だった。
「ああ……いや。よく分かったな? 確かに今ファーレン十三世や皇女、ファーレン血族に王位が無いから同時に部下である俺たちも今や王職ではないことになっている。お前と同じ無職ってやつだな」
「バカにしてます?」
軽快に笑い飛ばすベオグラード、こちらにしてみれば他人が思うより深刻な問題なのだが。フレッドがへそを曲げてしまう前に自称無職の大男は真面目な空気を作り直した。
「分かってるなら話は早い。やることは前と同じさ、ファーレン城に潜入してルーヴェンスを捕獲。強行突破だ、それしかない」
「できるんですか。前より警戒もきついと思うんですけど」
「前より楽かもしれんぞ今回は。頭使わずに突撃するだけだ、警吏の目も気にしなくていいしなぁ」
 革命の内容──それに中身は無かった。力任せに城門を突破して腕づくでルーヴェンスをとっ捕まえて万々歳とかいう計画性のケの字もないようなものだ。片っぱしから弾き飛ばせばいいのだからやりやすいと言えば聞こえはいい。
「要するに悪の根源を根こそぎ絶てばいいわけですね?」
「うむ、飲み込みが早くて結構。明朝にはここを出て王都に向かうとしよう。……おそらくウィーム村で一泊することになるだろうから、ニースに対するいいわけでも考えておくんだなっ」
ベオグラードはくだらない冗談を最後に二人分の料金を置いて席を立った。残されたフレッドは椅子の背にもたれて薄暗いランプを灯りを目で追った。淡い光が揺れる度自身の影を上下に傾ける。胸中は一言で片づけられないほど複雑だ。
(二ースか……。それにマリィも、心配してんだろうな。っていうか無事なんだろうなウィーム。あんな片田舎さすがにルーヴェンスも興味ないだろうけど……)
 心配が山積みだ。ありえないと鼻で失笑しながらもエマの現状を目の当たりにした今ではそう易々と否定することもできない。可能性は低いが大丈夫だろうという確証も得られない。
 フレッドはしばらく無言で天井を見つめていたが、何を思ったか勢いよく席を立った。
「もう寝よう。明日行けば分かることだしな……」
理屈は正しい。が理屈どおりにいかないのが人情というものでそれはフレッドにも勿論適応される。客室のベッドに倒れこんで二時間余り、彼はまた天井ばかりを見つめていた。太陽の光が差すまで空を、ランプの灯を、そしてどこともとれない宙を見つめていた



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