Seed of Fear Chapter 8

 ベオグラードはフレッドが自ら手を引くまでこれといって抵抗しなかった。フレッドが息を荒らげたままゆっくり離れる。空気はまだ張りつめていた。
「スイングと一緒にフィリアも拉致されました。たぶんスイングを連行するダシにされたんだと思います」
「そうか、それでな。あいつも嫁が人質じゃ手が出せないか」
乱れた首元をただしながら二人は何事もなかったかのように話を始めた。ベオグラードもフレッドをとりたてて責める気もないようだ。やり場のない怒りや不安をとりあえずでもどこかに排出できるのならそれが自分でも構わない、受け止めるだけの許容は持ち合わせているのがベオグラードだ。
「スイングを手中に収めたとあってはルーヴェンスはいよいよ勝利を確信しているだろう、こんなチャンスは早々ない。浮かれまくって隙だらけの今を叩く!」
各々に頷いた。無論頑なに頷かない者もいる。熱い、というよりも暑苦しい展開に眩暈すら覚えて後者であるルレオは天を仰いだ。
「割に合わねぇ仕事だな、最後まで……!」
「そう言うな。金はちゃんと全額振り込んでやる。……優先すべきはファーレン王十三世とセルシナ皇女の救出、連行された民間人がいることも頭に入れておいてくれ。それからルーヴェンスの確保だ。まずルーヴェンス担当だが、こっちは体力勝負になるだろう。フレッド、リナレス、そして俺でパーティを組む。城内に密偵も放っているし、思っているより楽かもしれんな」
「おいちょっと待て……っ。ってことは」
「当然クレス隊長とルレオは王と皇女、その他の救出に当たってもらう」
満足顔のフレッドとは対照的にルレオは口元をひきつらせていた。
「何で俺がこの女と──!」
「はいはいはーい! 結局誰と組んだって文句つけるんだから同じでしょ?」
ルレオが黙る。どうやら図星をついたようだ、リナレスの作戦勝ちである。ルレオのさばき方をリナレスも徐々に心得つつある。とにかく片っぱしから彼の言葉をさえぎること、どうせ内容は毎回似たような皮肉だ。
 その後しばらくニースの部屋を占拠して作戦会議はつづけられた。頭を使うようなことは前回同様何もないのだが、全ては仕掛けるタイミングとそのの見極めにかかっている。それもやはり前回同様である。
 各々が役割を認識し会議は終了、ニースの部屋もようやく持ち主に明け渡されることとなる。リナレス、ルレオ、続いてフレッドが部屋を出ていく。
「フレッド」
振り返らないという選択肢はおそらく選べない。肩越しにベオグラードを見やった。神妙な声で呼びとめた割にその先は考えていなかったのか、反応を示したフレッドに対してしどろもどろだ。見かねてフレッドは勝手に答えを用意した。
「次は、失敗しませんよ。前より分かりやすいし」
「ん、ああ。そうだな、慎重に頼む」
ベオグラードも取り繕った苦笑で話を合わせた。言いたいことはおそらく別にあったのだろうが今となっては重要なことではない。フレッドが淡々と階段を下っていくのを見送っていると今度はベオグラードが甲高い声に呼び止められる。振り返るという選択肢、を選ぶ前にクレスはドアの縁に立ってベオグラードのゆく手を阻んだ。
「言っておくけどあなたに協力はしないわ。目的は同じでも一度謀反を企んだ者を信用はしないし手を貸す気にもならない。……私は私の意志で陛下と皇女を救出するんだってこと、覚えておいて」
「結構。君とは昔から馬が合わんからな、どういうつもりでも構わんさ。国王を助けたいのは私も同じだ」
クレスが眉をしかめる。この柳のような柔らかなかわし方が毎度彼女を苛立たせているのはベオグラードも承知していることだ。その上でスタンスを変えない。
「随分な物言いね。ルーヴェンスの反乱についてはベオグラード隊長、あなたが原因でもあるのよ? ご自分の不始末はご自分でなさってください」
クレスはそれだけ吐き捨てると軽快に階段を下って行った。辺りに誰もいなくなった途端ベオグラードは取り繕っていた顔を崩して子どものように歯ぐきをむき出しにした。
「……うわ。何ですかベオグラードさん」
顎の下に梅干しまで作っていたところにニースが帰宅する。
「なんだニース、マリィのところに行ったんじゃなかったのか。ノックくらいしたらどうだ」
「……俺の部屋なのにですか」
ベオグラードは今度はかわいこぶって口を尖らせると、ニースの指摘にも動じずぷりぷり文句を垂れながら入れ違いに部屋を出た。とことん存在をないがしろにされたニースの吐くため息は重く深く、長かった。


 夕刻、西日が攻撃的に照りつけるフレッド宅の玄関で一行は整列していた。
「よーし、全員揃ったな。番号ー」
遠足前のお約束の点呼をとるベオグラード。そっぽを向いて沈黙を守るものがほとんどだがリナレスだけは元気よく返事をした。番号は彼女が叫んだ一番限りで途絶える。不機嫌そうに口をへの字に曲げてベオグラードは目で頭数を確認した。
「さっさと出発しよーぜー。観光旅行じゃないんだからよ。このクソ田舎から王都まで時間かかるんだろ?」
「確かに。そろそろ行くとするか。……焦る気持ちもわからんでもないがここは冷静になって行動してくれよ。焦りはミスを生みかねん」
「へーへー、分かってますよ。で、どうやって王都まで行くんだよ。交通手段なんかあんのか? ただでさえズタボロなのにな」
言いたい放題というか無神経というか、歯に衣着せぬ発言はフレッドの神経を逆なでするには十分すぎたが、それらを今は聞き流す。フレッドは黙って出発を待った。
「移動の心配ならいらんぞ。特別に用意したからな! じゃじゃーん!」
今時じゃじゃーんはないだろう──何人かが同時にそんなことを思ったが、そんな感慨も特別に用意したものとやらを目にした途端胸中からすっとんでいった。代わりに全員の顔に引き笑いが発生する。とりわけルレオは視界にそれを入れるや否や全身を凝固させ愕然としている。
「またか……」
フレッドが消え入りそうな小さな声で落胆。
「冗談じゃねえぞ! こっちはいい加減飽き飽きしてんだよっ!」
ルレオがベオグラードを睨みつける。
 彼らが立ちつくす眼前には黒い馬を二頭従えた馬車が、白タイツの男の導きにより静かに停止する姿があった。


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