「3つ目に封じられていたのは、悪魔そのものではなくてこの呪いだったってことでしょうか」
「ジョセフが言うには、ハイスが寝ている間に別の人格が顕現していたというのでもないみたいだし、夜の間のことはハイスも覚えている」
「そうですね。割と、まあ、はっきり」
フレデリカの膝の上で頭を撫でられる心地よさだとかは、少し集中すれば頭の中で再現できると思う。言わないけど。
「でもあっさり元に戻れましたよね。昨日まで呪いが発動しなかったのも何かわけがあるんでしょうか」
「大抵の呪いは、かけられた対象の魔力を利用して発動、持続するものだから、ハイスの魔力を食いつぶさないように調整されているのかも」
「ああ。そのほうが長く苦しみますもんね?」
「あっさり言う……」
「呪いっていうのはそういう目的でしょう。でもそういうことなら、こっちも調整して、保有魔力を最低限に押さえておくっていうのはどうですか。昼間のうちに出せるだけ出し切っておくっていうか」
魔術師平均より少ない僕の魔力量なら、燃費の悪い魔法を多用していればすぐに底をついてくれるはずだ。これがフレデリカなら、同じ提案はできない。一気に非現実的になる。
「それは案外……効果的かも」
「ですよね。幸い僕の場合は魔力が枯渇してもブラックドアを開けますし」
「そうならなくて済むように、早めに対処はするつもりだけど。……今までとは勝手が違うから、悪魔の特定のために、もう少し、かけられている呪いについて詳しく検証しておきたいんだけど……」
「分かりました。魔力量の調整はそれからにしたほうが良さそうですね」
状況的に必要なことなのだからフレデリカが申し訳なさそうにする必要はないのだが、こればかりはどうしようもない。
「それにしてもですよ? なんで今回だけ悪魔そのものじゃないんでしょう。封印はどの段階も同時期に施されたっていうのはもう分かっていることですから、この呪いをかけた悪魔も、ハーゲンティやサミジーナと同時に物質界に顕現したはずです。なのに──」
「悪魔の考えることは私には分からない。単に他の悪魔たちと器をシェアするのが嫌だったのかもしれないし、封印される可能性を見越していたというのもあるかもしれない。そもそも器が目的じゃなくて……ハイスを恨んで、あるいはハイスを恨んでいる人間と契約していたから呪いをかけた、というほうが自然」
「恨んで……う~ん、まあ、そうか~そうなるよな~。僕は以前……そういう、恨みを買うような、人間だったんでしょうか」
思わず口をついて出た言葉が、自分の耳に届いた時点でしまったと思ったが後の祭りだった。フレデリカは無反応のまま固まっている。
「すみません、今のなしで。そんなこと言われても、困りますよね」
「……困るというか、あなたが身に覚えのないことを気に病んでいるのが不毛というか」
「不毛って……それは、そうかもしれませんけど」
「今のハイスが誰かに恨まれるような人じゃないことは私が保証するし、かつてのあなたが誰かに恨まれていたとして、たぶんそれも高い確率で逆恨みか妬みか嫉み。そもそも悪魔の気まぐれでこうなっている可能性が一番高いわけだから、ハイスが何かを気に病んだり申し訳なく思ったりする要素は皆無だと私は思う」
フレデリカは何を言っているんだこいつは、とでも言わんばかりの眉の顰め方で息継ぎもなく一気にまくし立てた。珍しい、というか初めて見るフレデリカだ。僕はなんだか可笑しくなってしまって、吹き出しそうになるのを誤魔化すために唇をもごもごさせていた。
「そうかもしれませんね。そういう気に、なりました今」
「そう、なら良かった」
フレデリカはお茶を飲み干してしまうと、もう少し資料を当たりたいと言ってそのまま地下書庫に戻ってしまった。
どういう意図があるにせよ、呪いに悪魔が関与していることだけは間違いない。そしてそれを特定しないことには、次の対処に移れない。このあたりに関してだけは、手伝いを申し出たところで毎回一蹴されるから、僕やジョセフの出る幕ではないのだろう。
「今回も骨が折れそうだなあ……」
閉めたままだったカーテンをめくると、東の空が白み始めていた。それは朝の訪れを告げているはずなのに、僕にとっては眠れぬ夜の、繰り返しとはじまりの狼煙のように見えた。
#7 Side A
