Boy Meets Girl(Witch)Side A-1

 フレデリカは少しの間、考えを巡らせていたようだった。意を決したように顔をあげたから、僕は何かとんでもない要求を思いついたのかと思って身構えていた。
「……じゃあ、私の仕事のサポートをしてほしい。店の手伝いと、あと、体調に問題がないなら遺跡探索時のサポートを」
 すぐには緊張の面持ちが崩せない。これでは「お気持ちだけ頂戴します」と言われたも同然だ。
「体調? いや、ばっちりですけど……そんなことでいいんですか? 本当に? こう見えて僕、けっこう役に立ちますよ。さっきも言いましたが、基本的な魔法はだいたい使えますし」
 だから何だと言われればそれまでなのだが、オールラウンダーというのもそれはそれで需要は高いはずなのだ。フレデリカはおそらく研究肌の特化型だろうから、扱えない類の魔法もきっとある。あってくれると助かる。というかそうでないと、僕から提供できるものが何一つなくて、心底困る。
 期待に反して、フレデリカはひたすらに無反応だった。そして無表情だった。
「フレデリカ?」
 確認のために呼びかけたのだが、これには僅かながらに反応があった。その反応が、やはり期待とは真逆に位置する類のものだったから、僕は自分の言動に「間違い」があることを悟らざるを得なかった。
「なんでもない。……過剰な介入は逆に迷惑だから。サポートで構わない」
「あ、そうですか……」
 一旦退くのが正しい気がした。彼女が何でもない様子を装いたいのなら、それに合わせて気づかないふりをする。その裏、胸中でここまでの一連のやり取りを反芻していた。
 本人が意識しているかはさておき、僕が声をかけた瞬間、フレデリカがほんの少しだけ眉を顰めたのは確かだ。僕はそういう機微に目ざといほうで、フレデリカはそういう機微を上手に誤魔化すことがあまり得意ではないらしい。だから気のせいだった、などという結論は早々に除外された。要因はいくつか思いつく。物は試しに、そのうちの一つを投げてみることにした。
「もしかして呼び方が不快でしたか? すみません、なんとなくしっくりくる気がして、つい」
 フレデリカは鳩が豆鉄砲を食ったような顔(分かりやすい)をさらして固まっていた。遠からずも近からずといったところか。
「でもな~フレデリカさん、はちょっと呼びづらい気がするんだよなぁ」
「本当に何でもない。呼び方なんかは何でもいいし、呼び捨てで別に、かまわない」
 僕が考えているよりも「近からず」だった。何かを誤魔化しているふうでも、呼び方を不快に感じているわけでもないようだった。
 感情の機微は分かりやすいのに、どことなくつかみどころがない。僕は小さく唸り声をあげながらも、とにかくフレデリカの意に添うように気を配ることにした。
「それじゃあお言葉に甘えて。僕のことはハイスって呼んでください。今のところそれしか確かなものがないので」
「……わかった。そうする」
 こうして、できるだけ誠意をもって何とかしようとしていた交渉は、結局のところ僕に有利すぎる形で成立してしまった。どういう経緯でかはさっぱり不明のままだが、僕の中に居座っているらしい四体の悪魔を、フレデリカの協力を仰いで綺麗に掃除する。安心・安全・平和的をモットーにだ。右も左も、とまでは言わないが、自分のことについてほとんど不透明な今の僕に、明確な目的の存在は有難かった。有難いのはそれだけではない。出会ったのがフレデリカでなかったら、僕は今頃、正しい意味で棺の住人になっていただろう。
 立ち上がった勢いついでに、入念に伸びをした。視界に許可なく映りこんでくる異様さの代名詞みたいな光景──万全の準備の上で発動されなかった足元の魔法陣、整然と並んだ本来の用途に使われている棺たち、そして左手首の裏に刻まれた四重の封印術など──を一切合切、意識の外に追い出すために一度強く瞼を閉じる。
 僕がストレッチに励んでいる間に、フレデリカは黙々と、そして粛々と自らが準備した魔法陣の痕跡を消す作業に没頭していた。魔力で描いたものを、また魔力で消去していくという地味で根気のいる作業だ。
「手伝いますか?」
「必要ない。少し時間がかかるから、外の空気でも吸っててほしい」
「でも……」
 重労働というわけではなさそうだが、何もしないというのも居心地が悪い。
「……私が作った魔法だから、できれば解析されたくない」
 フレデリカの言い分は至極真っ当だ。魔術師なら誰だって、苦労の末に編み出した独自の魔法を他人に奪われたくはない。それは理解できるのだが、フレデリカの「これ」に関しては幾分ずれた心配のような気もして、僕は思わず笑ってしまった。
「わかりました。……でもこれ、たぶん誰も解析できないと思いますよ。少なくとも僕じゃ、原理も魔法式も分からないし」
 分かるのは、実際発動する魔法とは無関係の魔法式がダミーとして多分に描かれていたことくらいだ。仮にそれらを全て、正しく差し引くことができたとしても結果は変わらないのだと思う。僕を含む多くの魔術師たちにとって、フレデリカの魔法陣は「ちょっと何やってるか分からない」レベルのものに違いない。ちなみに自身の名誉のために補足をいれておくと、僕は基礎的な魔法を忠実に発動できる一般的な魔術師であって、決して落ちこぼれという部類ではない(はずだ)。
 フレデリカは僕の冗談めいた賞賛には肯定も否定もせず、石床をもとの何の変哲もない石床に戻す作業に集中していた。僕は言われたとおり墓所の外に出て、傾き始めた太陽を背にしつこく伸びを繰り返した。
 これが僕とフレデリカが出会った「最初の日」の出来事だ。僕は真新しい記憶の頁に、そう記した。あり得ないほど異様で、どうにも刺激的な僕のはじまりの日として──。


 僕らは寂れた遺跡を後にし、徒歩と辻馬車と、これまた寂れた駅から夜行列車とを乗り継いで、フレデリカの店があるというエルドラ地区に辿り着いた。駅舎を出るなり広がる風景に、少し胸が高鳴る。
 駅前の広場は朝市の準備で賑わっており、今の今まで車輪と風の音ばかりで形成されていた僕の音世界は、一気に鮮やかさを増した。フレデリカは必要最低限しか話をしないし、自分からは話しかけてこないから余計にだ。
 忙しなく行き交う商人たちを背景にして、僕は沿岸部に下っていく道の先に目を奪われていた。市街地とは明らかに趣が異なる建造物の群が、朝靄の中で神秘的に揺れている。未知と歴史を、真理と不思議を、詰め込めるだけ詰め込んだみたいなその存在に、僕は好奇心をくすぐられた。
「エルドラ遺跡群」
 駅舎から広場に下るための短い階段の下で、フレデリカが僕を待っていた。説明が続くのかと思ったが、フレデリカは僕が移動を再開するのをただ促したかっただけのようだ。
「かなり大規模な遺跡ですね」
「エルドラの町より広いと言われてる。満潮のときには半分近く海に沈んでしまうから、調査も研究もあまり進んでいない」
「それはなかなか、そそりますね?」
 フレデリカが早足で市街地に向かうものだから、僕は遺跡に後ろ髪ひかれながらもその後を追った。朝日に染まっていく遺跡の遠景は、蜃気楼さながらに儚げでもあり、威風堂々たる神々しさもあった。
「……遺跡に興味があるの?」
「もちろんありますよっ。未調査の場所があるなんてわくわくしませんか? 僕が居た、えーと、ゴルド遺跡でしたね。あそこはあそこで、趣があっていいとは思うんですけど、なんというか──」
「辛気臭い」
「……そうですね。身も蓋もない言い方をするとそうなります」
 僕が遺体に偽装されて「安置」されていたゴルド遺跡は、死んだ遺跡と呼ばれているらしい。というのが列車に揺られていた数時間の、数少ないフレデリカとの会話の中で得た情報だ。遺跡の大部分が墓所や埋葬地、そうでなければ宗教的な意味合いを持った儀式的な場所で構成されているうえ、ほとんどが「調査済み」の印を押されているとなれば、冒険者や魔術師にとっては利益の低い場所ということになる。発見された前時代の遺物も、多くは公的な所有物となっているらしい。そんな場所に興味を持つのは「そっち系」の研究者たちだけだ。必然、寂れる。そうして「死んだ遺跡」などという不遇な通り名で呼ばれるようになり、とある魔術師からは「辛気臭い」などとばっさり切り捨てられるようになった。


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