「利益はある。器を壊す以外の悪魔の送還法を試したかったから。ハイスにはその実験台になってもらうかんじ」
「え?」「はい?」
虫と息が合ってしまった。露骨に身震いをするジョセフはさておき、今のは初耳だ。ジョセフを黙らせるためのブラフかとも思ったが、どうもそういうわけでもないらしい。
「上手くいけば、悪魔に憑かれた人たちにも希望が生まれるし、管理局も嫌な仕事をせずに済む。私も人助けができるし、場合によっては仕事にしてもいい」
「……確かにそういうのもありですね」
僕と同じ、はいないにしても、似たような境遇にある非運な人たちにとって、その人たちの大事な人たちにとって、「死」以外の解決方法が確立されるということは革命的かもしれない。だけど一抹の不安は残る。僕はフレデリカと違って魔術管理局がどういう思想でどういう体制の組織なのか、肌感覚では知らない。彼らが何かしらの利益のために自ら悪魔憑きの「処分」業務を独占しているのだとしたら、フレデリカの提案には乗ってこないどころか、僕らは一気に反体制派の危険人物扱いになるのではないか。
「ハイスが心配しているようなことにはたぶんならない。なってもそんなに問題ない」
「えぇー……」
「フレデリカ様、そうは言ってもですね?」
「ジョセフは、どうしても嫌ならこの件は黙認してくれればそれでいいから。できるだけ迷惑がかからないように私も気を付ける」
「そんなことはっ。断じて! 私ももちろん、いつも通りきちんとお役に立ってみせますとも! この無礼者の教育はこのジョセフに一任していただければ、御心配には及びません」
ジョセフはまた、ありもしない手のひらを華麗に返して見せる。前足を胸部にたたきつけて自身の頼りがいを最大限アピールしたつもりなのだろうが、僕の背中には悪寒が走っただけだった。とにかくエプロンがめくれるような行為全般を、こいつは金輪際やめるべきだ。
「うん、ありがとう。助かる」
調子のいいジョセフの扱いもフレデリカにはお手の物だったようだ。その手腕に、僕はただ感心した。また彼女の新たな一面を垣間見た気がする。
「朝ごはんにしよう。食べたら客間の片付けと、店の案内と……営業は早めに切り上げて今日は休息を」
「それがよろしいかと。食事の準備は私がやっておきますので、フレデリカ様は一度自室に戻られては? ……そこの、おまえ。案内してやるから、てめぇでてめぇの部屋の掃除でもしてろ。呼ぶまでその薄汚ねぇ面は出してくるな、いいな」
「えぇー……」
案内はしてくれるし、食事ができたら呼んでもくれるらしいから、そこまでひどい対応ではない。だから一応文句はつけないでおいたが、紳士を装った口調が薄皮一枚めくっただけで、そこらのごろつきよりよほどひどいものに成り下がったのはいただけない。フレデリカの反応は無し。これも慣れた日常のひとつなのだろうか。
ジョセフは地団太を踏むように全体重をかけて二階への階段を上っていく。僕は、艶と光沢で無駄に眩しい背中を見せつけられながら、大人しく彼の後を追った。
ジョセフが用意してくれた朝食は思いの外美味で、僕はどれくらいぶりになるのか自分でも分からない食事を、囲んだ食卓を(大した会話は交わしていないが)好ましい時間として過ごすことができた。毒を盛るとか異物を混入させるとか、そこまでいかなくても地味に僕の分だけ量を減らしておくとか、やろうと思えばいくらでも嫌がらせはできたはずだが、どうもこの虫、そういうやり方は好まないらしい。時折謎の勝ち誇った表情を見せつけてくる以外で、不快なことはしてこなかった。
そんなジョセフに後片付けを任せて、僕とフレデリカは客のいない店内を物色している。繰り返しになるが客はいない。開店時間から随分立つが、今のところ客らしき人物が入ってきた様子は一度もない。これはひょっとしたらひょっとするのかもしれないが、今はまだ確信段階ではないから、その系統の危惧は一旦脇に置いておくことにする。
僕は商品棚を端から順に、隈なく見物していった。遺跡で発見したプレミアのつくような遺物も置かれているが、それらはほとんど鑑賞用みたいなもののようだ。商品の主流は人々の生活には欠かせない魔法石や、あると嬉しいを叶えてくれる便利な魔道具たちで、中でもインフラ代表の
そもそも魔道具とは「陣」の技術を応用させて、特定の魔法を物質に定着させたものを指す。これを魔術師たちが一般に、広く普及させたことで、人々の生活の質は飛躍的に向上した。家の中でわざわざ危険な火を起こさなくても、光の魔法が閉じ込められた灯石を使えば夜でもずっと明るいし、焔石を使えば冬でもずっと暖かい。調理も風呂も、苦労や危険が激減した。氷の魔法が閉じ込められた
陳列されている商品ひとつひとつを見て、それが何か分かることについて、僕は人知れず安堵している。ゴルド遺跡で目覚めたときに、いわゆる「知識」に虫食いがないことは確認できていた。それでも身構えてしまう。自分の名前が分からなかったときに相対した底なしの絶望感に、僕は怯えている。親兄弟が、友達が、恋人が、そのどれにもあてはまらなくても大事な誰かが、僕には分からない。その人たちといっしょに行ったはずの場所も、交わしたはずの約束も、共有したであろう全ての感情も──僕がひとりでなかったことを証明してくれるようなものが何ひとつない。
僕は、唐突にはじまった(自分で始めたのかもしれないが)陰鬱な思索を振り払うようにかぶりを振った。僕はこの店の魔道具や雰囲気に温かみを感じている。そういう方向に身を任せたほうが、きっといい。
「魔法石はフレデリカが作ってるんですか?」
大量に積まれてある氷柱石の一つを手に取って、光に透かしながら状態を見る。これも良好。フレデリカの返事がないのが気になって振り返ると、彼女は彼女で僕がそうするのを待っていたようだった。
「私はほとんど作らない。作っても売り物にはしていない。生成魔法はあまり得意なほうじゃないから」
その情報は僕が求めていたもののひとつだということを、おそらくフレデリカは意識していない。なるほどもしかしたら彼女は、魔術師としては特化型中の特化型なのかもしれない。主に物騒な方に、と今のところ予測しているが、これはまだ深堀りしないでおく。胸中にメモしながら但し書きも忘れずに施す。フレデリカの言う「得意なほうじゃない」がどの程度のレベルを指しているかは、まだ不透明だ。
「じゃあこれは買い付けですか? 良いバイヤーから買ってますね、どれも状態が良い」
「……分かるの?」
「分かっちゃいますね?」
お道化けてみせたのは、自分でも驚いているから。遺体に混ぜられて封印される前は、もしかして魔術師ではなくて魔道具バイヤーだったのか、と思うほどには自分の審美眼に自信が持てる。フレデリカにはまた眉を顰められるかと思ったが、彼女は仕方なさそうに苦笑しただけだった。
「私が作ってるのはそっちの棚の……」
フレデリカの視線移動を追って、僕も店の奥側へ移動する。
「下にいる」
「ゴーレムですか? またなんだかフォルムがか……」
かわいいですね、と言おうとして不意に冷静になった。果たしてその形容が、フレデリカの望むものかどうかは一旦慎重になって確認したほうがいいのではないか。
中腰の体勢で微動だにしなくなった僕を、フレデリカは訝しげに観察している。それがとにかくプレッシャーだ。かわいいか、かっこいいか、感動的なのか革新的なのか、そもそもこの中に正解は存在するのか。考えた末に、嘘をついても仕方がないという当たり前の結論に辿り着く。どう見ても、フレデリカが作ったこのゴーレムの見た目は「かわいい」以外の何物でもない。まるっこい泥団子のような胴体には不釣り合いな長い腕、短い脚、そして愛嬌のある表情。思わず撫でたくなるつるつるの頭部、を衝動のまま僕は撫でまわした。
「かわいいですね。店の名前もそうですけど、フレデリカによく合っていると思います」
「ゴーレム成形は得意。その子たちも優秀だからお客さんに人気がある」
「なるほどー売れ筋なんですねー」
満を持して放った「かわいい」は、驚くほど研ぎ澄まされたスルースキルにより亡き者にされた。僕だってそういうつもりで言ったわけではないから別に構わないのだけれど。
僕は撫でまわしたゴーレムをきちんと元の位置に戻して、またひとつ胸中のメモに情報を加えておく。フレデリカは生成魔法は苦手だと言い張るがゴーレム成形は得意、と。
Side A-1
