「私がどうせ許可すると見越してだろうね。こういうところは神経が図太いのがフレデリカの面白いところだ。好きなようにしていいと私が言っていたと伝えてくれるかい? ただし進捗はきちんと報告するようと」
「しかと承りました。グリムロック殿、ハーブティーのおかわりは?」
「ああ、もらおう。相変わらずジョセフの淹れるお茶は格別だね」
「過分なお言葉にございます。フレデリカ様の助手として、これくらいは当然のことっ」
ジョセフが得意げに注いだ三杯目のハーブティーは、香りを堪能されるまでもなく一瞬で喉の奥に放り込まれた。はじめからジョッキか何かに注いだほうが親切だったのではないだろうかと頭の片隅で考えていたが、僕は口も手も出さずに成り行きを見守っていた。
「さて。私が直接出向いたのは、ハイス。君に会っておくためでね」
グリムロック女史は、陳列棚の前で銅像のように突っ立っていた僕と向かい合うように身体を反転させた。それで僕も話の輪に入らざるを得なくなり、テーブル近くへ歩み寄る。
笑顔で緩和させようとしてはいるが、彼女の僕を見る目は相変わらず品定めのそれで、居心地が良いものではない。
「君も魔術を使うと聞いた。ということはフレデリカ同様、君本人も私の管轄ということになる。この地区を担当しているグリムロック魔術監察官だ、お見知りおきを」
「まぁ僕は使えるといっても基本的なものだけですが」
「そうそう、監察官としてはそこは把握しておかねばならないんだ。一緒にお茶でも呑みながらゆっくり君の話を聞ければいいんだが、いかんせん今日は後二件ほど担当先をまわる予定でね。面倒だとは思うが、こちらの書面に君が扱える魔術を、具体的に虚偽なく記載して、私宛に返送してもらいたい」
テーブルの上に置かれたのは、このエルドラ地区の魔術師登録書とかいう紙きれだった。僕はそれを少し浮かない気持ちで手に取る。
「全部ですか」
「そう、全部。書き方はフレデリカにでも教わってくれ。それと記載日以降に新たな魔術を扱えるようになったり『扱えることが判明した』場合は、再び申告が必要だ。忘れないようにしてくれ」
妙にひっかかる言い方だと思った。それを顔に出したつもりはなかったのだが、グリムロック監察官は、申し訳なさそうな表情で思いきり苦笑した。
「君の特殊な境遇については既にフレデリカから聞いている。自分の生い立ちや経歴なんかが根こそぎ抜けているんだろう? でも魔術の知識や技術に関しては人並み以上にある、と」
「あー、まあ、はい。言いたいことは何となくわかりました」
要はこの人も、ハイスという存在が悪魔のなりすましではないかと疑っているということだろう。不死蝶の話が一切出ないところをみると、彼女は例の色彩変化については知らないのだろうから、僕から提示できる証拠は何もないことになる。できることといえば、適当に了承しておくくらいだ。
「気を悪くしないでくれ。疑っているというのじゃなく、お役所勤めの逃れられない通過儀礼ってやつだ。ここへはその確認に来たにすぎない。あとは……一応念押しだね」
「念押し?」
「フレデリカの陳情がなければ、君は今すぐ管理局に連行、拘束される立場にある。だからこれは超法規的措置だ。……私が言いたいことは分かるね? 君は話が早いタイプだろう」
持ち上げられているようだが全く良い気はしない。勘違いして調子に乗るな、という意味なのだろうから念押しというよりは釘をさしにきたというほうが正しい気がする。良い気は確かにしないが、とりわけ気分を害するようなことでもない。彼女は職務を遂行しているだけだ。しかも随所に気を廻しながら。
僕は「話が早いタイプ」として期待を裏切らないように、何度か軽く頷いた。
「フレデリカと君で、平和的に悪魔を浄化する方法が確立できるなら、それは全方位にとって有益であることは間違いない。局のほうでも浄化への協力は惜しまないつもりだ。もちろん、本来の業務に差しさわりがない範囲で、ではあるがね」
「お気遣い感謝します」
素直にそう思えた。僕に過剰な警戒心を持たれていないことを察して、グリムロックも満足そうに微笑む。
「ふむ、それにしても。ハイス、君は身体の中に、判明しているだけでも四体の悪魔を飼っている状態らしいな? ……文字通り、飼いならしているように私には見える。私が今まで見てきた悪魔の依り代となった人間たちとは、全く違う。鋼の精神でも持っているのか?」
「いえ、おそらくは僕に施されている封印術のおかげだと思います」
「封印術? それは興味深いな。一体誰の? フレデリカか?」
グリムロックが関心を示すのはある意味では当然だ。魔術管理局、そこに所属する者は魔術師を管理、統制するという職務上どうしたって封印術に長けている必要があるからだ。つまり監察官当人たちも、れっきとした魔術師なのである。
「彼女が僕を見つけたときには既に施されていたようなので、術者は判然としなくて……」
「見せてみろ。何か分かるかもしれん」
僕は一瞬──本当にほんの一瞬──躊躇した。グリムロックにそれを見せることに抵抗があるわけではない。僕自身が、その存在に対する免疫をまだ持てていないのだ。
何でもないふりで左腕をまくって手首の内側を返す。鈍く、異質な光を放つ四重の魔法陣を見て、グリムロックは好奇心を抑えきれず感嘆をあげた。そのまま断りも無く僕の左手を掴むと、手相占いでもするかのように顔面を近づけ、皮膚を引き延ばしたり指の腹で押さえ込んだりして好き勝手に観察しはじめた。女性に手首を撫でまわされて恐怖したのは、さすがに初めてなんじゃないか。
「精度といい魔力量といい、凄まじく強力な魔術師のそれだな。これを付すことができる者など、管理局でも両手で足りるほどだ」
「グリムロックさんは、その指に入りますか?」
「まさかっ。魔術の腕は君やフレデリカの足元にも及ばないだろうよ。まあ、私には別の武器があるからね。面倒を起こす魔術師をねじ伏せるには困らないんだが」
グリムロックが軽快に笑うので、僕もそれに合わせて愛想笑いをしておいた。細心の注意を払っていなければ、僕はすぐに「面倒を起こす」方の魔術師カテゴリにいれられてしまう惧れがある。今でさえその予備軍に位置しているに違いない。
「気になるのは、この四重の封印がほとんど同時期に施されている点だ。同時期というより……おそらくほぼ同時に。これはあくまで憶測の域を出ないが、この封印術を施した魔術師当人が、ハイスに悪魔をぶっこんだ奴かもしれないな」
「なるほど……」
「ハイス。悪魔の浄化と並行して、その封印術についても調べてみたほうがいい。術者が誰なのか判明すれば、案外簡単に身綺麗になれるかもしれんぞ」
「分かりました。やってみます」
確かにそれなら僕だけでも動ける。直接の成果を得ることは難しいかもしれないが、調査の過程で人脈や情報網の構築はできるはずだ。
左腕の袖を手首の位置まで戻しきったタイミングで、再びドアベルが鳴った。来客を歓迎するためのあの台詞が反射的に喉元まで出かかったが、今回は既のところで呑み込む。グリムロックと同じ濃い青のローブが訪問者の腰下から覗いていた。
「グリムロックさぁ~ん……」
店内に入るやいなや、男は惜しげもなく特大の溜息をつく。鼻の上のそばかすが印象的な優男。グリムロックとは対照的といっていいだろう。僕の肩幅とそう変わらない彼となら、何の前触れもなく取っ組み合いになっても勝てる可能性はある、などと僕は謎の格付けを無言のうちに行っていた。
「おっと、もうこんな時間か。ここは居心地が良いからつい長居しすぎる」
男はどうやらグリムロックの出立を促しにきたようだった。その意図を酌んでグリムロックもいそいそと席を立つ。
「このあたりで私は失礼するよ。『監察』というと煩わしく聞こえるだろうが、無料の相談役や護衛役だと思ってくれればいい。ただし、悪いことはしないようにな。ジョセフも、美味しいお茶をありがとう。フレデリカに宜しく伝えてくれ」
「承知しました。道中お気をつけて」
ジョセフの畏まった見送りに、グリムロックはまた満足そうに笑う。部下らしき男に小言を浴びせられながら急かされても、マイペースにこちらに手を振っていた。二人が出て行って扉が閉まっても、しばらくは通りから少し音量を上げた小言と豪快な笑い声が聞こえていた。
#2 Side A
