未知との遭遇#3 Side A

「それを言ってどうする? 一度売ったものだ、どういう方法であれ買い戻そうとするのは気がすすまんな」
「分かった、ありがとう。交渉してみる」
 また木に竹を接いだような会話が交わされた。僕にとってそうだというだけで、フレデリカの応答にバートックは思い当たる節があるようだった。小さく唸りながら後頭部を掻きむしっている。
「フレデリカぁ~やめとけっ。次手に入ったらお前さんに売る、それでいいだろう」
「だから、それじゃ間に合わない。すぐ必要だから。ルルなら、自分で飲む用じゃないだろうから、きっとまだ手元にある」
 フレデリカは用は済んだと言わんばかりに踵を返すと、軽快なステップで瓦礫の展望所を駆け下り始めた。僕は後を追うにも呼び止めるにも出遅れて、その場に取り残される。
「フレデリカ! まさかとは思うが、何か『喚ぶ』つもりじゃないだろうな……?」
 瓦礫の中腹で振り返って、静かにかぶりを振るフレデリカ。魔術師界隈と付き合いがあればバートックのような発想に至るのは当然ではあるが、僕らは歓迎用どころか餞別用のワインを探している。
「あり得ない」
 そして、フレデリカの悪魔嫌いは折り紙付きだ。いつもと同じ調子の声色に、一瞬嫌悪と憎悪が入り混じる。あれは一応隠す気があるのだろうか。僕には、絨毯の下から思い切り顔を出した完全封印魔法の陣と同じに見える。
「……分かった。とにかく、駄目だと思ったらまたこっちに寄ってくれ。俺のほうでも知り合いに声をかけておく。あまり、危ない橋は渡るな」
「分かってる」
 不愛想が服を着て歩いている。気安い仲だからこそなのだろうが、見ているこっちは冷や汗ものだ。事実、バートックは下唇を思い切り突き出して「こんにゃろう」とでも言わんばかりだ。
 僕も、下顎に胡桃を出没させたままのバートックに会釈して辞去しようとしたところを、今更ながらに呼び止められた。
「兄ちゃん、名前は?」
「ハイスです。ワインは、何というか僕からの依頼で。すみません、なんか」
「あいつはいつもあんな感じだから、別に気にしちゃいない。ハイス、良かったら、フレデリカが危険なことをしでかさないように注意してやってくれないか。フレデリカに限らず、魔術師ってのはどうも『橋が壊れるなら作ればいいじゃない』みたいな連中ばっかりで、危機意識がバグってる」
「僕も一応魔術師ではあるんですけど」
「お前はどう見ても、まともなほうだろ? 少なくともフレデリカが一緒のときは無茶はしないってタイプだ。違うか?」
 褒められた。いや、貶されたのか。僕だって亀裂の入った石橋があるとして、対処可能だと判断すれば躊躇なく渡る。ただ、その判断基準はたぶん一般人寄りだ。
 当てずっぽうかもしれないが、出会って数分で本質を見抜かれようとしていることに違いはない。普段なら、僕はこの手合いを警戒する。人間観察力に長けた奴にろくなのはいない。今特大ブーメランを全力で投げっぱなしていることに気づいているが、事実そうなのだから仕方ない。ただ、バートックはそこから除外すべき人間だという話で。
「フレデリカは、橋があってもなくても『泳いだ方が早くない?』とか言ってくる人なんですよね……」
 僕は下で待つフレデリカに聞こえないように、少しだけ声を潜めた。それもバートックの豪快な笑い声で水の泡になる。フレデリカが何かを察したか、下りてこない僕に苛立ち始めたかで、鋭い視線をこちらへ飛ばしてきていた。
「フレデリカとは、長い付き合いなんですか」
「んん? ああ、あいつの店の、開店時にいろいろ口利いたりしたのがきっかけでな。俺は魔術師じゃないが、そっちにも顔が利く。お互い欲しい商品を補填しあってるうちに、すっかり懐かれちまったってわけだ。……っと、そろそろ行ったほうがいいんじゃねぇか? 世間話なら街でのんびりできる」
 フレデリカは無言で海を見ている。死んだ魚みたいな目で。
 確かに僕たちは結構明確な目的を持って遺跡に来ているし、状況は必ずしも芳しくないし、満潮までの時間もそう長くない。そうだとしても日光を反射して美しく光る水面を、全ての不満を凝縮したような眼差しで見られるのは、ある意味で尊敬に値する。
 同じ視線を向けられないうちに、今度こそバートックの元を辞去してフレデリカと合流した。
「行きましょっか。交渉相手がいるような口ぶりでしたけど、街に戻りますか?」
「ううん、このまま遺跡内で。うまくいけば、今日中に丸く収まるかも」
「……みんな遺跡好きですね」
 自分のことを棚に上げるつもりはないが、橋を渡る前に見たエルドラ市民の盛り上がりと、まだ後ろ姿が視界に入る遺跡内釣りおじさんの存在は十二分に強烈だ。
 迷うことなく遺跡の奥へ進み入るフレデリカを、僕は一抹の不安を抱きつつ黙って追った。


「さっきの、バートックさん。いい人ですね?」
 フレデリカはもう気づいていると思うし、僕も自覚を持ち始めたのだが、僕は長時間黙っていることができないタイプだ。沈黙が続けば話題を探すし、なければ生み出すくらいの気概はある。
「フレデリカのこと心配してましたよ。ああいう年長者が気にかけてくれるっていうのは、心強くていいですよね」
「そういう考え方は、したことなかった。面倒見はいいと思う」
 フレデリカも僕が振る話題に対して嫌な顔はしない。自分から話を振ってくることはないに等しいが、会話を億劫がることもない。だから僕も、つい調子に乗ってあれこれ話しかけてしまう。
「バートックさんがワインを売った相手、共通の知り合いですか?」
「知り合い、というか……遺跡に住み着いてるバートックの娘。魔法の素養は高いけど、ちょっと倫理のねじが外れてる」
「住み着いてるって……ここに?」
「ここに」
 初耳の情報の中には他にもツッコミどころは多々あったが、何はともあれ一番規格外だと思われるところにまず切り込むことにした。
 ここ──樹海区と呼ばれているらしい、この場所はエルドラ遺跡の中でも奥の方に位置する広大なエリアだ。先刻まで視界を牛耳っていた高層建造物をものともしない、巨木が見渡すかぎりに続いている。
 地面は完全に海に覆われることもあれば、水遊びに最適な浅さになることもある。今がどちらの状態かを確認するためには、恐怖を伝えるために尻の穴から背筋を駆け上る違和感と戦わなければならない。それくらいの高所に僕とフレデリカは今立っている。
 巨木群を渡り歩くために先達が築き上げた空中回廊は、お世辞にも信用度が高いとは言えない代物である。誰かが定期的に整備をしているわけでもない。眠気が吹っ飛ぶように、足場板がランダムに外れているところが芸術点が高いところだ。
「住むにはちょっと、危なすぎますよね。攻撃的な変異体も、野生動物も多いわけですし」
「ツリーハウスっていうのかな……。バートックさんがルルのために仕方なく建てたやつに住んでるんだけど。どのみち、ルルの周りに生き物は寄ってこないから。──わ」
 不自然な「わ」を聞きつけるや否や、先行していた僕は鬼神のごとき表情と素早さで振り返った。落ちた足場板の隙間に片足を持っていかれたフレデリカがいる。この難解なSOSは本日数度目だから、僕も対処に慣れてはきている。慣れてはきたが、鼓動は相変わらず一気に跳ね上がって早鐘を打つ。
「もう少し、その、派手に悲鳴をあげるとかしてくれると……助かります」
 フレデリカの足をひっこぬきながら、叶いそうにない要望を一応伝える。
「大きな声を出すのはあまり得意じゃない」
「できればで、いいです」
 無言でなかっただけ良しとしよう。次に振り向いたときにフレデリカの姿がなかった、なんていうのは洒落にならない。しかし完全に冗談として笑えもしないから、こうして取り留めもない話題を絶えず振っている。並んで歩ければそれに越したことはないが、回廊の幅は人一人分で限界だ。
「バートックさんが、遺跡内でわざわざ釣りをするのはその子のこともあるからですかね」
「たぶん。私は深く知らない。バートックさんもあまり介入してほしくはなさそうだし、普段は立ち入らないようにしてる。ただ今回は、そうも言ってられないから」
 ローブについた木くずや埃をはたき落とすと、フレデリカは僕の背中側を指差した。


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