夢で逢いましょう
#5 Side B
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「それで、悪魔の挑発に乗ってまんまと嫌われてきたわけか。本当に君は人あしらいが、いや悪魔あしらいか? とにかく円滑なコミュニケーションってやつに欠ける人だな」
うららかな昼下がり、カウンター前の応接テーブルで、グリムロックが肩を竦める。もう少し言葉を選んでくれてもいいと思うのだが、歯に衣着せぬ物言いは彼女の美点のひとつでもある。
夢を操る悪魔との"対話"から一夜明けてもなお、私は腹の虫がおさまらないでいる。ハイスに罪はないけれど、今はあの顔を見るだけで往復ビンタをしたくなる衝動が収まらないから、本人にその旨を丁重に説明して顔を合わせないようにしている。ハイスは居た堪れなくなったらしく、今は外回りと称して外出中だ。
「反省はしてる。でも悪魔と円滑なコミュニケーションをとりたいとも思えない」
「言い方が悪かったね。彼らはこちらの神経を逆なでするのが趣味だ。それに踊らされていては悪魔の思うつぼだってこと。会話の主導権は常にこちらが握らなければ。そしてそれを相手に悟られないように──というのを、もう少しハイスから習うといい」
グリムロックの目配せの先、窓越しにハイスの姿が見える。店の前の通りで呼び止められでもしたのか、見覚えのある顔数人と談笑しているようだった。あれは確か、レジーナの店の常連客たちだ。何か冗談でも言い合っているのか、和やかな笑い声が窓越しでも店の中まで聞こえてきた。いつの間に、あんなに打ち解けたのだろう。
私たちが観察していたとは知らず、ハイスはドアベルの涼やかな音と共に「ただいまもどりましたー」と間延びした声を響かせた。私とグリムロック──とりわけ私のほうだろう──の姿を目にして、申し訳なさそうに天を仰ぐ。ハイスは、本当に何も悪くないのだけれど。
「すみません。もう少し時間をつぶしてくる予定だったんですけど」
「かまわない。理不尽なことを言っているのは私だから」
「そうそう。横暴だよ、横暴。こんなだから、血の気の多い魔術師だなんだと恐れられるんじゃないか?」
それは確か、ハイスが初対面の私に言った皮肉だ。狼狽えているから間違いない。あのときは確かに、攻撃でも封印でも何でもできるように万全の準備を調えていたから、そういうふうに言われても仕方がなかったとは思う。でも、それこそあのとき、ハイスはハイスでブラックドアを開く心積もりがあったと言っていた。おあいこでは? ──と思い、すぐにかぶりを振る。彼はブラックドアを開いて、私の好きなものを転移させて、ご機嫌を取りたかったと言ったのだ。半分は冗談だと思う。そうやって半分を冗談にできる話術と気遣いが、私には足りていない。
「あららら、しょげちゃったよ」
「グリムロックさん……。もー……何なんですか、話をややこしくしにきたんですか?」
「人聞きの悪い。順調に、悪魔を平和的に送還してるようだから激励にきたんだよ。直接話も聞きたかったし、ジョセフ殿の淹れてくれるお茶を飲みに来た、ともいえるがね」
つまり監察官らしく、担当地区の監察に来ただけだ。仕事の内なのかもしれないが、グリムロックがこの店を訪れて、ちょっとした悩みや困りごとを吸い上げてくれることで、私は随分助かっている。
「聞くところによると今回の悪魔はま~あ、フレデリカとは相性が悪そうだね。同じレベルで喧嘩してくるとは、さすがに思っていなかったが」
グリムロックが笑いをかみ殺している。私は彼女に事の次第を偽らず報告したが、結果「同レベルの喧嘩」とみなされたらしい。物凄く物凄く納得がいかないが、私に否定や訂正をいれる権利はない。今回ばかりは、本当にない。私はあの媚びた悪魔に言いように嘲笑されつづけた結果、十分と持たず言わなくてもいいような低レベルな反論をしたことは確かなのだ。そのあとはもう思い出したくもない。売られた言葉は余すことなく買い占めてしまった。
「フレデリカ~、顔かお~! そんなに青筋たてちゃあ、せっかくの可愛い顔面が台無しってものだよ。ハイスもそう思うだろう?」
「フレデリカは怒ってても可愛いですよ」
「ほらっ! フレデリカ、これだよ、これ! こういうかんじで相手をおだてて良い気分にさせていくっ。ふわふわ~ってね。得たい情報も、交渉もそれからだ」
「……なる、ほど」
「いや、別におだててるわけじゃないです」
ハイスにとって息をするようにできることが、私にとっては逆立ちするより難しい。逆立ちは多くの人にとって簡単かもしれないけれど、私はそもそも逆立ちができたことがない。
「逆立ちは……私には、難しい」
「しなくていいですよ……。何の話ですか?」
そんなことはない。私はもっと、本腰を入れて逆立ちと向き合ってくるべきだった。封印術だけでない様々な魔法に精通している、などと少しもてはやされたところで、結局それはひとつのことしかできないのと同じだ。人があたりまえに努力して身につける処世術というものを、私はないがしろにして生きてきた。そのつけが、こんなところで回ってきたのだと思い知らされる。
「僕が、交渉できたらいいんですけど」
「それができれば苦労はしないってやつだ。うむ、そうだな。今回は私が一肌脱ごうか。魔力を完全に制御された悪魔っていうのが、どういうふるまいをするのか実は興味もある。どうだろうフレデリカ。もちろん君の立ち合いのもとで、だ」
「グリムロックさんが、ハイスの中の悪魔と話す、ということ?」
「そう。こじれてしまった関係には第三者が入ったほうがいい」
少しだけ迷いもしたが、私はグリムロック女史の厚意に甘えることにした。彼女なら、もっとうまく、より多くの情報を悪魔から引き出せるかもしれない。もしそうなら、学べる点もきっとある。
「決まりだね。では私は他の仕事を片付けて、改めて夜に顔を出すとしよう。フレデリカは『また後で』。ハイスは……『また後日』かな?」
そう律義に言い分けて、グリムロックは一旦店を後にした。私は私で、日が高いうちにまだやれることがある。なんだかんだと言いながら、昨夜得た情報は、悪魔の特定にはかなり役立つはずだ。書庫にこもって、できるだけ情報を整理したい。
「僕はどうしましょうか。手伝えることはありますか? ……というより、席を外した方が?」
即座にかぶりを振る。
「ごめん。今朝は本当に、どうかしていた。あなたは何も悪くない、からここに居てほしい」
私は誠心誠意謝っているつもりだったが、声の抑揚だとか、表情だとか、そういうところを指摘されたら、もしかしたら一般的な合格点には達していないかもしれない。そういう心配をよそに、ハイスはやたら嬉しそうににこにこしていた。
この笑い方──今更ながらに気づく。悪魔がハイスの表情筋だけで作る笑い方とは似ても似つかない。そんなことは知っていたはずなのに。私はきっと、いたずらにハイスを傷つけていたのだろう。お腹の底にずっと居座っていたどす黒いもやもやが、溜息と一緒に大量に外に吐き出されていった。
「ハイスは、夢に出てくる女の人のことは……あれから何か、思い出したりした?」
「いえ、特には」
即答だ。驚く暇もないくらいに。
ハイスが持つ記憶の中には残されていない女性、繰り返し業火に焼かれ、ハイスの目の前で死にゆく女性。結論はとっくに出ている。だからあっけらかんと答えるハイスに安堵する。彼は朝食時にいつも夢の詳細を報告してくれていたが、今朝はついに「今日も燃えましたね」といった感じで簡略化された。おそらく、ハイスの中で夢から得られる情報はもう無いと判断されたのだろう。
「毎回何かしら恨み言を言われていた気がしますが、身に覚えがないせいかまったく刺さらないんですよね……」
ハイスには幾分申し訳なさそうにするくらいの余裕がある。なお腹は立つとのこと。通りすがりの人と肩がぶつかった際に、謂れのない罵詈雑言を吐かれる感じに似ているそうだ。私は肩がぶつかっただけの人に、そこまで人格否定された経験はないからいまいちピンとはこないのだけれど。
「そんな顔しないでください。夢はあくまで夢、今の僕の現実はこっちなんですから」
私は自分がどんな顔をしているのか把握していなかった。ハイスの様子にほっとしてもいるし、自らのふがいなさにげんなりしてもいるし、そしてどこか言い表しようのない不安が常につきまとっている。これだけは、こびりついてとれない。
それでもハイスに言われて、柄にもなく口角をあげるように意識した。
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