episode xv バゲットの中の美しい世界


「自分の身は自分で守るよ」
サクヤは手ぶらで、根拠のこの字もない満面の笑みを浮かべた。繰り返すが、彼は手ぶらだ。ついでに言うとナギもそうで、彼らは揃って愛用の魔ガンを所持していない。にも関わらず、この落ち着きようである。
 所属も階級も、もはや不明のグングニル隊員たちが、自分たちの判断だけで迎撃に当たる。彼らが目視できる位置まで降下したが、夜の闇を味方につけたカラスに一発を食らわせるのは至難の業だった。それでも射撃技術の高い隊員は当然いるし、バーストレベルの高い魔ガンを惜しげもなく撃ってくる輩もいる。それに当たるか当たらないかは、もう運としか言いようがなかった。その不運の部分が、一直線にナギとサクヤ目がけて飛んでくる。
 ナギはなす術もなく、固く瞼を閉じることしかできなかった。その刹那、特大の花火が頭上で弾けた。その花火は、少しずつ軌道をずらしながらカラスの周囲でいくつも咲いた。その光景も、それを作り出した技術も、全てが鮮やかだ。
「当たりそうなのだけ相殺してあげるから、後はうまくやりなさい!」
 演習塔の屋上に、小人がいた。いや、小人サイズのスナイパーが。彼女がいくら叫んだところで、カラスの背に乗った二人に聞こえるわけはないが、ちょっときつめの激励が飛んできたことだけは伝わる。
「ユリィ、隊長……!」
「さすが、抜群のタイミングだね」
魔弾相殺のド派手な花火は、間髪いれずに何度も宙で弾ける。ユリィの的確な射撃と、それを補佐する三番隊の援護射撃が、カラスの周囲に鉄壁の守りを施してくれた。無数に飛び交う魔弾を、着弾寸前で撃ち抜いて爆破させる──なんて神業を、三番隊はいつもの訓練の延長のように軽々とこなす。一周まわって気味の悪い集団だ。
「どぉーせ『ありがとう! 素敵! ユリィ隊長!』しか言ってないんだろうけどさー! ばっちりしっかり俺らも援護しちゃってるからね~! ナギさん、これ高くつくよ~!」
 クリエムヒルトよりも幾分バーストレベル(というより貫通力)が高い爆発が続く。ユリィ翻訳機改めユリィの金魚のフン、改めユリィの補佐官オーウェルだ。何故かはわからないが、彼の雄叫びだけはこの爆発音の中、内容までしっかり聞こえてくる。それなのに姿は見えない。恐すぎである。
 ともあれ、道は開けた。カラスは鼻で笑った後、言われたとおり忠実に主塔を目指して滑空した。
「おい、サクヤ。五階部分の横穴っていうのはあれか? 突っ込みづらいな……」
「? 割と広めに壊したつもりだった、け、──カラス! 一度上がってくれ!」
カラスは舌打ち代わりに少量のニブルを吐いて、大きく一度両翼を羽ばたかせると、目的地寸前で急ブレーキをかけそのままふわりと六階部分へ浮上した。その足元を、戦艦の主砲のような魔ガンエネルギーの塊が通り過ぎて行った。遠くで地鳴りがする。
「指示が遅い」
「君の報告が遅いんだよ……」
報告というのは先刻の世にも分かりづらい愚痴のことだろうか。五階横穴の奥にカラスが見たのは、隊列を組んで待ちかまえる六番隊の姿だった。地下へ向かう際にこてんぱんにやっつけてしまった報復が、今返ってくるとは何とも間が悪い。しかも指揮系統が整ったらしく、それなりに整然とした隊列が組まれている。あれを丸腰で突破するのは流石に自殺行為だ。
 魔ガンを持った相手には、魔ガンで太刀打ちするしかない。しかしその肝心要の魔ガンが自分たちの手元には無い。臨機応変さも元手が無ければ机上の空論だ。
「ナギちゃ~ん! 隊長~! うまくよけてねー! でっかいやつ、行っくよー!」
 足元で、聞き覚えのある気だるい声がした。気付きも確認も中途半端なまま、結果だけがすぐさま返ってきた。「でっかいやつ」は、先刻の六番隊キャノンに負けず劣らずの威力で三階部分の内側から放たれた。爆音と砂煙があがり、壁が吹き飛ぶ。五階と同じように歪な横穴ができていた。
 ナギは落下すれすれまで下方に身を乗り出した。新たにできた三階横穴で、声の主らしき人影が揺らめいた。
「マジどんくせぇなあ! さっさととっとと降りて来いっての!」
人影は、いつのまにやら「でっかいの」の引き金を引いた人物にすり替わっていた。口が悪い。態度が悪い。ついでに言えば命中率も悪い。そのくせここぞというときは絶対に外さない、質の悪い安心と信頼のある男、リュカだ。
「ナギちゃん! とにかくこっち!」
忙しく手招きするマユリに従って、カラスは無理やり急降下すると三階部分にヘッドスライディングで着陸した。乗客の安全などはお構いなしである。カラスの背中から投げ出されたナギの目の前に、ゆっくりと手が差し伸べられた。
「……大丈夫?」
「いったー……大丈夫。ありが、とう」
 予感はあった。その手をとってそれが確信に変わるや否や、ナギは突撃するように目の前の人物に抱きついた。手を貸しただけのつもりだった男は、ダイヤモンド以上の硬度でその場で固まる。
「ひゅーひゅー。やだー。サブローさん、その役おいしー」
「ばっ! 違う! なんだよ、ナギっ、相手間違えてるよっ!」
「そうだよナギちゃん。隊長の前でそれはまずいよー」
「はあ? たいちょ、わあぁぁぁ! ナギ! マジなにっ、なんなの! 隊長! 違います、マジで!」
サブローはサクヤの姿を目にするなり、コアラのようにくっついたナギを力づくで引きはがしにかかる。何故この女は、よりにもよって自分を選んでこういう面倒くさい事態をつくってくれるのか。
「ナギぃぃぃ!」
べりっというお粗末な効果音と共に、だっこちゃんが引きはがされる。そしてそれは、サブローにとって、より最悪な状況を作ることになった。
「うわぁ……泣ーかした。サブローさんが泣ーかしたぁ」
完全に他人事のリュカが、話をややこしくしてくれる。そういう技術にだけは長けた奴だ。
 ナギの涙は後から後から溢れて止まらなかった。両手で瞼を覆っても、指の隙間から零れて落ちる。嗚咽だけはかろうじて堪えた。そのせいで言うべき言葉が喉を通らない。
「みんな……ごめん。ありがとう」
言葉はある。胸の中に山ほど。が、音声として伝えられるのはそれが限界だった。後はかみしめた唇に遮断される。
 サブローは短い嘆息で呼吸を整えると、顔を上げないままのナギの頭の上に手を置いた。
「ナギが謝るようなことは何も……ないだろ。それを言うなら、こっちの方で」
「言ってどうこうなるってわけでもないと、俺は思うけど」
「それをお前が言うのかよ……」
リュカは茶化した風ではあったが、顔つきはいつになく真面目だった。お見合い状態のサブローとナギの間に割って入る。
「俺は謝らない。俺たちに与えられた情報でサブローさんは的確な判断をしたし、それを信じたのは俺自身だから」
「うん。わかってる」
「とか何とかかっこいいこと言いながら、さっきも今もナギちゃんたちのアシストを買って出たのは、リュカさんなんだけどね?」
「うん……っ。それも、わかってる」
 あのピントのずれた援護射撃がなければ、ナギたちはそもそもここから離脱できていなかっただろうし、運よく事が運んでいたとしても五体満足とはいかなかっただろう。あの瞬間から、ナギの冷えきった心は少しずつ解凍されていた。今は仄かに温かい。
「どーせ戻ってくんだろうとは思ってたけど、ほんとに戻ってきたっつーか、早すぎんだろ。はぁ~あ。もうちょっと俺が持っててやっても良かったんだけどなー。ま、しかたねーか。はい、じゃあ質問です」
なんだこの展開、と思いながらもナギは適当に相槌をうってリュカのペースに合わせる。調子が狂うと思ったのは一瞬で、どうやら狂っていた調子が元に戻りはじめているようだった。証拠に、このくだらない応酬はどこか心地よい。