「俺がやります。──指示をください、サクヤ隊長」
「隊長、その前に負傷者の手当てをさせてもらえます? 応急処置くらいしないと途中でもげるわよ、その足」
「アンジェリ……カ!」
どこで様子をうかがっていたのか、大きめの救護バックをななめがけにしたアンジェリカがいそいそと合流してきた。何の断りもなく、親の仇でも締めあげる勢いでシグの左大腿をしばる。シグに抵抗の余地はなかった。驚愕も中途半端なまま、荒療治にうめき声をあげる。
「はーい、歯くいしばってー。だいぶ失血してるわね。痛みは? あるの? それはおめでとう。まだ神経がぴんぴんしてる証拠よ」
「アンジェリカ。シグの応急手当が済んだら、フェン先生を診てくれないか」
「え? ……ああ、気は進みませんけど仕方がないですね。見殺しにして査問会場に呼ばれるのも、もう嫌ですし」
サクヤに言われるまま、数メートル先でうつ伏せに倒れているフェンを確認した。視線はそのままで、やはり荒っぽくシグに鎮痛剤を射つ。悲鳴はあがらなかったが、アンジェリカが知るシグの中では随一の苦悶の表情を浮かべていた。
「ここまでなったら普通、ベッドに張りつけて絶対安静をおすすめするけど」
「この状況で?」
サギの攻撃とグングニル隊員による迎撃で、塔は一時も休まず崩れてくる。頭上、爆撃、流れ弾すべてに注意。安全地帯はもはやない。
肩を竦めるシグ。アンジェリカはそれを嘆息で見送るほかない。
「隊長は? どこか手当てが必要なところはありますか?」
「特にないよ。ありがとう」
「そうですか。ではここだけ」
二の腕から垂れ下がった包帯の端をとって、アンジェリカは丁寧に結び直した。
「あれが片付いたらきちんと、新しいのに変えましょう。二人分のベッドを確保しておきますから」
「そうだね、よろしく頼む。さて、そうと決まれば、さる要人の引き揚げ完了までもう少し時間を稼ぎたい。僕らも応戦しようか」
世間一般の要人は荒っぽくサルベージされたりはしない。が、彼らにお鉢が回ってくる案件は基本全てが規格外だから、対処も常に斜め上の視点が要求される。正直、今までどおりだ。そう納得した瞬間に、シグの周囲を取り巻いていた張り詰めた空気が弾けて消えた。
至って真面目に「鶏サルベージ作戦」について概要を語るサクヤの背中を、シグは笑いを堪えながら見た。いつもどおり、今までどおり。あと少しだけ、その居心地の良い感覚の中で魔ガンを握ろうと思った。
「くっそー。気にくわね~! なんで俺がこんな地味な役回りなんだよっ。足止めとか! アシドメ! 用済みの脇役がする係じゃんかっ。しかもさー。人間相手にこんなにも魔ガンぶっぱなしちゃっていいわけ? 前めっちゃ怒られたじゃん、隊長に。あ! っていうかさ、アンジェリカは? バルト、いっしょにイチャイチャ行動してたんじゃないのかよ」
ゴッ!! ──サブローの死角、斜め後方で喚き散らしていた誰かが殴り倒された。しかも、おそらくだが機銃の持ち手でだ。鈍い音と共に騒音が止んだから、当然、無論、言わずもがな制裁をくらったのはリュカなのだろう。「うわぁ……」という本能的な感想と「よし!」という理性的な感想が、サブローの中で適当にせめぎ合った。
「黙って集中しろ! いや、させろ! 次めんどくせぇこと言ったらお前から撃つ!」
「はーーーい……」
リュカはしぶしぶ、本当に全く納得がいかないといった表情でバルトの後ろにつきなおした。
バルトのだだっ広い背中の向こうには、相も変わらず空気を読まない六番隊(他)の有象無象がひしめきあっている。彼らは造反部隊である自分たちを止めることに一生懸命らしい。リュカでさえ分かる──こいつらは絶対に考えることを放棄している、と。
ここは主塔の四階回廊。リュカは今の今まで、ナギと協力して三階の床を爆撃して破壊するという派手な作業についていた。サクヤの提案である。床という床を壊し、地下まで貫通させることが目的だ。ヴェルゼとブリュンヒルデの威力が合わされば、古臭い建築物の床のひとつやふたつや三つや四つ、プディング並に一瞬で粉々にできてしまう。それはそれは爽快で痛快な作業であった。
気にくわないのはその後だ。当然、二階、一階と続けざまに大活躍できると思っていたのに、シャットアウトされた。サクヤが言うのは分かる。ナギもまあ百歩譲って仕方がない、負い目もあることだし。しかしあいつは別だろう!
「なんなんだよ、あのイカスミニーベルングは~!」
見覚えのあるような、全く無いような、とにかく全身真っ黒のイーグル級ニーベルング。いつのまにかサクヤに取り入っていて、知らない間にナギとコンビを組んでいた。それだけでもう、リュカにとっては土足で自宅を踏み荒らされた気分である。挙句の果てにナギだけを背中に乗せて、二階へ急降下したのだ。ほとんど足場のなくなった三階で、馬鹿みたいにぼんやり奴らの帰りを待つわけにはいかないから、こうして不本意ながら足止め大会に参加している。
四階には、どこからか湧いて出てきた完全武装のバルト(鉄壁の盾)と、天井から落ちてきた瓦礫にこそこそ身を隠し、ごく偶にしょぼい反撃をするサブローと、一番安全と思われる階段付近でマイペースに魔ガンの点検を始めるマユリ、つまりはあまり緊張感のないメンバーがそろっている。
「あ~~! やめだ、やめっ! なんでグングニル同士で撃ちあってんだよ! しかもちまちまちまちま! 外だろ外、ぶっちゃけサギ! あんなにでっかくて白くて目立ちまくってんのになんでスルーして俺たち追いかけてこれんだよ!」
「すげえな……正論言ってる、リュカが」
「だろお?! 窓の外見ろってんだ! グングニルなら魔ガンで撃つべきはあのニーベ──」
リュカのやけくその演説に気おされて、皆思わず窓の外を見た。そして、そこに留まっている来客に揃って息を呑む。特別白くもなく、特別巨大でもなく、特別神々しくもない、ある意味で一般的なニーベルングが窓の外からこちらを覗きこんでいた。その数──およそ十数体。
「なんでだよっ!」
「白いのが呼びよせたんじゃないでしょうか!」
「すげえな、正論言ってる。マユリも」
リュカがひとりツッコミに全力投球し、サブローが弱冠賢いお馬鹿組に感心している間に、四面楚歌になった。長い回廊の窓と言う窓を豪快に突き破って、無数のニーベルングがなだれ込んでくる。こっちからもあっちからもとにかく悲鳴があがる、阿鼻叫喚の世界である。
「めちゃくちゃだねぇ。なんかもう誰も玄関から入ろうとしてない。お行儀悪い子たちには、こっちもそれ相応の対応でいいと思うんだけど」
マユリがごそごそと手荷物を漁りはじめた。取り出したのは魔弾に加工される前の、純度の低いラインタイトだ。手のひらにいくつか乗るビー玉サイズのそれを、無造作に放り投げる。
「サブローさん、援護おねがいでーす」
「う、わ! マジ、か!」
指名されたのは、おそらく彼がこの中では一番命中精度が高いからだ。慌てふためきながらもマユリの射撃に続いて二度引き金を引いた。ラインタイトに当たるのはそのうちの一発でいい。ひとつが爆発すれば、あとは勝手に誘爆を繰り返す。
結局、いくつかを見事に撃ち抜いて空間ごと弾け飛んだ。礼儀のなっていないニーベルングの団体も、その向こうで冷静さを欠いた六番隊も、ついでに自分たちも吹き飛んだ。階段室まで後退して、とりあえず全員で噎せる。
「やったか?」
「無理でしょー。仕留めたいならフロアごと吹き飛ばすくらいじゃないと」
眼鏡が欠けた。マユリは珍しく不機嫌を顕わにする。
「んー……でもそれをやると私たち、塔と一緒に心中か」
「……だな。とにかく、こっから出るぞ。そろそろ主塔ももたねえだろうからな。どいつもこいつも、派手にやりすぎだ」
バルトは抱えていたマシンガンを放り投げた。リュカの言うとおり、敵はニーベルングであって同じグングニル隊員ではない。それが双方に知れていれば、重いだけの対人用兵器など無用の長物だ。
追ってくる足音が人のそれではないことを確認して、バルトは懐から“ハーゲン”を引き抜いた。