「今日はお店もパパもお休みだし、ナギちゃんもシグくんも元気がないし、ここはひとつみんなで楽しく盛大に夕食を摂るというのはどーでしょうっ」
「いいね。私も手伝おうかな」
(また食事の話……)
ナギが笑顔で賛同する傍らシグの気力は更に減退していたが、姫二人が既に盛り上がっているのだから男の出る幕は無い。
ナギはカリンに甘い。ひとり親であるアカツキは言わずもがな、シグも何となくカリンにはほだされるところがある。この家の空気は、彼女がつくっていると言っても過言ではなかった。
「そうと決まれば買い出しに行かなくっちゃねー。メニューはパパにお任せ?」
「リクエストがあれば多少受け入れるぞ」
アカツキがにやつきながらシグの方に身を乗り出す。シグは観念したように気だるく両手を挙げて、いくつか思い浮かぶ品名を並べていた。カリンはそれを見て、歯を見せて笑う。
視点を変えれば、こういう四ヶ月でもあった。サクヤのいない時間を、ナギはなんとか笑って過ごしている。それで事態の何が改善するというわけでもないのだが、魔ガンを握っていないときはせめて笑っていようと決めた。そうでもしないと、途端に世界に現実味がなくなってしまう。
「はーい。ということで、メインはエビに決定しましたー! 他にご意見無ければ買いだしに向かいますが大丈夫ですかー?」
「待ってカリン。買い出しなら私も一緒に──」
既に玄関扉に手をかけていたカリンを追って、ナギも席を立った。と、扉は外側から開かれる。そこから覗く来客の顔に、ナギとシグは揃って口をへの字に曲げた。対照的に満面の笑みを浮かべるのはカリン。
「ちょうどいいところにっ。今日の夕飯、みんなで一緒に食べるの。ユリィちゃんも是非」
ナギは条件反射でとってつけたような愛想笑いを浮かべてはみたが、カリンの屈託の無い全開スマイルの前では質の悪いマネキンと同じだ。シグは愛想笑いさえ諦めている。こうなるとユリィと合わせて鉄仮面が二人。非常に居心地が悪い。
「そうね。ちょうどいいところに来たみたい。ナギさん、貴方にいくつか聞いてみたいことがある」
「はあ……。あ、でも買い出し」
「私なら一人で大丈夫だよ。いつもと同じところにしかいかないし」
そう言って、察しの良いはずの少女はナギを残して一人街へ出て行った。太陽が消えた店内には、ユリィの表情を鏡映しにしたような無表情の大人が四体。凍りついた空気も全く意に介さずに、ユリィは当然のようにカウンター席、ナギの隣に腰掛けた。
アカツキが無言で食器を片づけ始める。シグは相変わらず端の席から動こうとせず、冷えたコーヒーカップを手の中で弄んでいた。やけに響く、壁掛け時計の秒針の音。とにかく気まずい。
「あの……」
「零番隊が編成されてから、こうして貴方と話すのは初めてね」
ニコッ──だとかは、もちろん無い。顔の全神経はそのままで、唇だけが一音一音その言葉を発するために動いているだけに見える。その端正すぎる顔立ちにある意味で見惚れていたが、ナギはかぶりを振って平静を保った。
「そう、ですね。オーウェル補佐官……今は補佐官じゃないか。彼が気持ち悪いくらい私たちのことを見張ってるので、当然の流れとしてユリィ隊長のことは警戒していましたから」
「そう」
ナギとしては精いっぱいの皮肉を吐いたつもりだった。が、この手の嫌味はユリィには全く効かないようだった。あんたの指示じゃないのかという身も蓋も無い台詞が口をついて出そうになるのを、ぎりぎりで留める。
ナギとシグをつけまわしているのは、昨日の能天気なストーカー紛いだけではない。把握しているだけでも上層部から二名、一番隊から一名、所属不明者が一名、零番隊に関して言うならほぼ全員が何らかのかたちで自分たちを監視対象においている。かつての三番隊隊長補佐ミナト・オーウェルもその一人だ。
「で、何ですか。私に聞いてみたいことって」
ナギの苛立った催促も気に留めず、ユリィは視線を一瞬だけシグへずらす。この際アカツキは空気扱いなのか意図的に無視されているのか、とにかく「気を遣う対象」からは外されているようだった。
「外した方が?」
「どちらでも。とりわけ目新しい内容を聞きたいわけじゃない。査問でナギさんが話したことを直接聞いてみたいだけ」
シグは小さく嘆息して席を立った。ユリィは何でもないことのように言うが、それこそがナギが一番話したくない内容であることを、シグは知っている。一瞬にして張り詰めた空気に気付かないはずはないのにユリィは我関せずだ。
「……店の前にいる。なんかあったら、呼んで」
去り際にナギに耳打ちしたが返事はなかった。いざというときは手荒な仲裁に入らなければならないのかもしれない。そういう一抹の不安を汲んでくれたのは、当事者二人ではなく空気扱いされているアカツキの方だった。
(でもこの人だって、こうなるとどっちの味方とも言えないしな)
ユリィはサクヤの幼馴染──ということはつまり、カウンター奥で素知らぬ顔でグラスを拭いているこの男とも、当然長い付き合いのはずだ。カリンの警戒心のなさ(というより全面的に信用しきっている)からも、それは容易に汲み取れる。
ともあれ今は、アカツキを頼る方が良さそうだ。ユリィが第一声を発する前に、シグは店を後にした。
「ユリィ隊長は、志願して零番隊に入ったんでしたよね」
先手はナギがうった。主導権はこちらが持っていたかった。
「なぜですか。元八番隊と違ってユリィ隊長にサギ討伐の義務は科されていないはずです。なのに何故わざわざ」
「あれがサクヤだから、でしょうね。わざわざもなにも身内の不始末は身内が片づけるのが筋ってものでしょう。少なくとも私は、彼を身内だと思っていたから」
「不始末、ですか」
「経緯が分からない以上、結果から判断するしかない。結果だけ見た場合、不始末としか言えないわ。それともナギさんは何か経緯を知っていて、その上で別の見解を持っている?」
何度聞いたところで慣れない淡々とした、とにかく抑揚の無い声だ。しかし、ナギが口元をひきつらせた原因は他にある。
「何が言いたいんですか……」
「確認をしたいだけ。事態は複雑なのか、それとも思っているよりずっと単純なのか」
ナギは押し黙った。そして身構えた。ユリィ・カーターは自分たちがそう思う以上に、自分たちのことを冷静に敵視している。それが視線ひとつで分かってしまった。
「ナギさん、八番隊のあなたは信頼に足る実力者だった。ただし零番隊としては話が違う。率直に言って私は、あなたがサクヤを撃ったのではないかという可能性を捨てていない」
昼食の片づけをしていたアカツキの手が止まる。その視線の先、半開きの口を閉じもしないで凝固しているナギが映った。そのまま数秒が静止画のまま通り過ぎる。
「……ばかばかしい。なんで私がサクヤを」
「痴情のもつれ」
やっとのことで応答したナギに対して、ユリィは間髪いれずたたみかける。これにはナギも、大げさな嘆息で以てすぐさま不快を顕わにした。
「話にならない」
「もしくは。これがサクヤの意思によるものだとすれば、あなたは共犯者、という扱いになるかしら」
何の臆面も無く次から次へと思ったままを口にするユリィ。その、彼女独特のやり方だとか持ち味だとかに付き合ってやる義理はない。