「いや、かまわないよ。ブリーフィングのつもりはない。だとしても疑問や質問はその都度挟んでくれたほうがいい。僕も小隊の指揮官としては駆け出しだからね」
「サクヤ隊長。あなたは中隊以上の指揮経験が豊富なわけだから、それ以上言うと嫌味かもしれない」
かまわないと言われた途端、ナギは躊躇なく辛辣な駄目だしを送りつけた。間髪入れず、というよりもいくらか食い気味だったかもしれない。
「──気を付けよう」
「そうしてくれると。気になるときは、また言うので」
ナギの容赦ない指摘に面食らったのは全員だったが、そのおかげで──続く二人のやりとりで──場の空気は萎縮するどころか和らいだ。隊の要である隊長と補佐官の関係性がいくらか好ましいものとして垣間見えたからだ。
サブローが仕切り直しとばかりに軽く咳払いをする。
「それで、結局どうなんですか。今回の目的」
「うん。確かに目的はいくつかある。まずは純粋に、個々の技量と連携確認のための実地訓練。僕も含め、互いに上辺の戦闘スタイルしか知らないだろうからね。それを踏まえて隊としての練度を多少上げておきたい。今日一日一緒に行動してみて、問題点があれば野営地で確認することにしよう」
「確かにこう……即座に連携がうまくいくっていう、感じはしませんしね」
言いながら目が泳ぐ。皆が特定の人物に、不躾に好奇の目を向けている中での、彼なりの気遣いのつもりだった。が、それがスマートに機能しているかというと話は別である。現に、その様子を横目で見たリュカは、壮大な勘違いをしてサブローの肩を力強くたたいた。
「そんな心配しなくても大丈夫だって。俺がちゃんと合わせてやるから。えーっとキサラギ、准尉殿?」
できる限り明るく、爽やかに、白い歯をみせて笑う。サブロー・キサラギ准尉の実力やら戦績やらを、リュカはこれっぽっちも知らないが、おそらく肝っ玉の小さい真面目なタイプなのだろうと判断した。緊張もしているのかもしれない。これには、守ってやらねばという庇護欲と正義感を駆り立てられる。
「あ~……え~と、そうだな。よろしく、頼むよ」
サブローの低姿勢かつ素直な態度に、リュカはより一層機嫌を良くして親指を立てて見せた。
これ自体は摂るに足らないボタンの掛け違いだ。その周辺を片っ端からずらしてボタン掛け違い祭りに(無自覚に)仕立て上げていくのがだいたいサクヤの役割となる。
「いいね、打ち解けるのも早そうだ。その調子で全員、お互いのスタンスを把握していってもらいたい。でないと、今回の目標であるヨタカ討伐は難しいからね」
「それも正直、疑問なのですが」
サブローがまた、申し訳程度に挙手する。サクヤは続きを待っているようだったが、サブローは察しろと言わんばかりに眼鏡の奥の目を僅かに細めているだけだ。
アルバトロス級ニーベルングは通常、複数の小隊で連携して討伐に当たる。綿密に段取りを組み、複数回に渡る手順を確実に踏んたうえでだ。人手と時間、そして相応の犠牲を要するミッションなのである。
「偵察という意味ではなく?」
無言で説明を求めるのも、さすがに無礼かと思いなおし気持ちだけ補足した。
「そうだね。偵察ではなく、討伐。今回に限ってはその結果がほしい。僕ら八番隊が“アルバトロス級が狩れる遊撃小隊”であることを証明しておきたいんだ。今後のためにね。それが二つ目の大きな目的でもある」
あっけらかんと返ってきた答えに、サブローは挙手したまま絶句するばかりだ。適当に相槌ばかりを打っていた連中も、顔を見合わせて自分の聞き間違いでないことを何となく確認し合う。
いち早く状況に適応したのは、やはりというか何というかリュカだった。小槌を打って会心の笑みを浮かべる。
「あ~、なるほど。嘗められないためにね? 箔付けとく的なね?」
「平たく言うと」
「ふ~ん。いいんじゃない? 俄然やる気わいてきた。デビュー戦がアルバトロスってのは、グングニル史上初じゃないの?」
「さあ、どうだったかな……。要は傍目に分かる実力証明ができればいいだけなんだけどね」
「だからって一個小隊でアルバトロス……。しかも、現状寄せ集めと大差ないこの隊で……?」
「心配ないよ。ヨタカの予習はこれでもばっちりしてある。仮に想定外の要素が出てきたとしても、対処できない面子じゃないしね」
「はあ……」
どう捉えていいか迷った挙句に、サブローの口からは生返事がもれる。出所不明の自信と信頼だが、先刻のリュカのものよりもいくらか説得力がある気はした。
と、しびれを切らしたふうにバルト・ガリアス少尉が気だるく手を挙げた。
「一応、今回の作戦の意図は分かった。で、だな。そろそろそこの目立ちすぎてる新顔について紹介なり説明なりを入れてくれ。それとも聞かされてないのは……まさか俺だけか?」
その視線は先刻からずっと皆と同じ軌跡を繰り返している。つまり、隊のメンバーを一周して、シグの元へ返ってくるという軌跡だ。そこで止まって、心底困ったような苦笑いをもう何度となく浮かべている。
シグはサクヤの左斜め後方、転校生ポジションに立たされて不躾な視線の集中砲火を浴び続けていた。それは別にいい。問題は、サクヤがどういうつもりでこの舞台を設えたかということを、シグもほとんど聞かされていないという点だ。だから余計なことを口走らないように、唇を真一文字に結んだまま、突っ立っていた。
「シグ? 急遽参加してもらうことにしたんだ。みんな顔と名前は知ってると思うけど」
「なんだそりゃ……。なるほどそうですか、とはならんだろう。急遽参加? つまりは、急遽入隊って理解でいいのか」
「……え。入隊……! シグ・エヴァンスが?! え! それ、私聞いてない!」
一瞬の間の後、ナギは遂に冷静さを装うことかなわず、甲高い声をあげた。いくつか推測する中で、アルバトロス討伐のための助っ人、程度が関の山だと思っていた手前「入」と「隊」の響きは彼女には衝撃的だったようだ。
声を上げたかったのはシグも同じだったが、先を越されたせいで思わず呑み込んでしまった。おかげでまるで肯定しているかのような平静っぷりを発揮することになってしまっている。助けを求めるようにサクヤを見た。
「確定じゃなくて体験入隊ってところかな。まぁ、水があえば検討してもらうってことで。それが三つ目の目的といえば目的──」
「それって今の段階でどれくらい可能性ある話? あ! じろじろ見てしまったのはごめんなさい! 正直銅像みたいにそっち側で突っ立ってるからどういう立場なんだろうと思って……っ。この話は自分から? 八番隊に興味あるってことよね? 二番隊じゃなく、八番隊にっ」
「ナギ……」
サクヤの口からも思わず窘めというか、制止が入る。
「ごめんなさい! だがしかし!」
謝罪の言葉を口にしているはずだが、何故か一切申し訳なさが感じられない。元から整列しているとは言い難かったぐにゃぐにゃの列から、ナギは一歩も二歩も前に飛び出していた。
「なぁにが『だがしかし』だっ。落ち着け、興奮すんなっ。今の隊長の話しぶりなら、決めるのはこれからなんだろ? 補佐官殿がぐいぐい行ったところでどうこうなるもんじゃないだろ。逆にマイナスってもんだろうよ」
「確かに、そうだね! 本意ではないですが控えます! さすがガリアス少尉」
持て余している──元気だとか期待だとか、とにかくそういう類の分かりやすいパワーがナギの周囲には溢れてしまっている。
バルトはやれやれと言わんばかりに小さく肩を竦めていた。チョウを追いかけて明後日の方向へ旅立ってしまう部隊長を、きっちり隊列に戻してさしあげるのが補佐官ナギの役割で、性質なのかと思いきや、蓋を開けてみればその役割は自分のような気がしはじめている。分かってはいたつもりだが、一筋縄ではいかない曲者ぞろいの小隊になりそうだ。