extra edition#12 冷たいカタルシス




 親愛なる弟、リュカへ。

 今、明日の戦闘で死ぬっていうのを仮定してこれを書いている。
想像力がちょっとあれなお前に言っても仕方がないとは思うが、お前が思っている以上に「死ぬ」ことを現実のものとして捉えるのは恐いものだ。おかげさまで、明日の作戦をめちゃくちゃさぼりたい気分になった。まあ、真面目に行くんだけど。
 この遺書は、遅くても俺が死んでから一週間前後でお前の手元に届いているはずだ。葬儀は無事済んだか? 大変だったろうな。お疲れ様。周りにいろいろ言う奴もいるだろうが、しばらくはゆっくり休めよ。
 墓参りも花も特には必要ない。その分今までどおり、父ちゃん母ちゃんの墓に参ってくれると助かる。俺は葬式で大号泣したくせに、その後ほとんど墓参りにもいかない薄情な息子だったから、ちょくちょく笑いながら会いに行ってなんか楽しそうに報告をしてたリュカには感謝してる。二人もそれが嬉しかったと思うよ。
 父ちゃん母ちゃんがいなくなって俺が考えてたのは、これからどうやって食っていこうとか食わせていこうとか、経済的なことばかりだった。リュカはどうやったら母ちゃんと同じ味のシチューが作れるかとか、どうやったら庭で育ててた花を枯らさずに済むかとか、父ちゃんみたいに面白い話が次々出てくるかとか、いろいろ考えてやってくれてたよな。俺とお前の日常の中に、とんでもない早さで二人の「死」が浸食してこないように、食い止めててくれたんだろうなって思う。
 そういうのもあって、いろいろ遺すのも良くないかと思うようになった。俺の遺産(めちゃくちゃある)と遺品の取り扱いについては一応別紙に記載はしたが、面倒だったら全部処分してもかまわない。お前の生活の中に俺の亡霊があまり出しゃばらないといいなあと思う。ああ、そういやあいつ死んだんだっけ、くらいがちょうどいいよな。
 だから別に泣いてなくていいからな。思い出したとき、お前が悲しくないほうが俺は嬉しい。


 ──便箋の一枚目を読み終えた。
 リュートらしい、丁度良い加減の真面目さと優しさを感じる文章だった。思えば兄は、いつも自分を認めてくれていた。他人が不躾に自分たちを比較してきてもリュカがほとんど気にしにかったのは、偏に兄の分かりやすい信頼があったからだろう。そういうことを実感として持つと、少しの寂しさを含んだ微笑が自然と漏れた。
 リュカの隣でも、紙のこすれる音が僅かに聞こえる。視線を送る勇気は出なかった。だから
代わりとばかりに空を見上げる。変わり映えのしない、完成された曇天。晴れもしないし、雨が降る空気でもない。器械的に深呼吸をして、そのまま二枚目の便箋を読み始める。


 さて。ここからは自己満足で悪いんだけど、いくつか暴露話をしようと思う。墓まで持っていくにはちょっと俺の修行が足りないのと、俺がいない後のことを考えたら知っておくべきことだろうと判断した。そういうわけで今から書く。
 まず、いくつかお前に謝れていない案件がある。ばれていたとは思うが、お前のお気に入りのスニーカーに、緑のペンキをぶちまけたのは俺だ。入隊当初付き合っていた何とかちゃん(名前は忘れた)が数か月足らずで別れ話を切り出してきたのは、完全に俺目当てだったからだ。ちなみに結婚詐欺でつかまっていた。あと、お前が六番隊から長いこと異動できなかったのも俺が原因で、ちょっと顔がきく偉い人に話とおして、二番隊には入れないようにしてました。いろいろとごめんなさい。


「は?」
 声が出た。割とはっきり通る低音で。
 サクヤが驚いて顔をあげたのもあって、ここで顔を見合わせてしまった。せっかくここまで雰囲気を作ってきたのに、これで台無しだ。リュカは珍しく眉間に皺を寄せに寄せている。何か感想を述べるにはまだ早い気がして、リュカのほうから再び視線を逸らした。


 納得するかはさておき、一応弁解を述べておく。二番隊は機関の花形ではあるが、以下の点において、とにかくリュカには向いていない。
 ①未婚率がバカ高い。
  というか彼女もできない。よしんばできても平均一か月でふられる。
 ②よく死ぬ。
  だからメンバーの入れ替わりが激しい。だんだん交流が面倒になるから、
  関係性自体希薄になる。
 ③隊員の癖が強すぎる。
  マジで友好的じゃない。古参がまず友好的じゃない。そのくせやっぱりよく死ぬ。

 以上、他にもあるが大きく分けて三つの観点から、ちょっとお前にはいてほしくない場所だった。ほら、現に俺も死んだわけでだいぶ説得力があるだろ。
 能力値やら試験結果やらだと、リュカはほぼ毎年二番隊該当だった。が、それは俺としては阻止したい案件だった。
 そういうわけで、お前がヴェルゼのガンナーに選ばれたのも不都合極まりなかったんで、ちょっと細工をしてある。選抜当初と比べて圧倒的に使いづらくないか、ヴェルゼ。気づいてないんだとしたら、お前もお前だけどな。できるだけ思い通りに扱えないように、知り合いの整備士に頼んで調整してもらってる。グングニルには腕のいいメカニックがいるもんだよな! 整備部のポートマンっていう若い女性隊員で、彼女がまだいればヴェルゼの整備に関しては、言えば元に戻してもらえるはずだ。
 要は、できるだけ死ににくいところで安全に末永く頑張ってくれんかなっていう俺の希望というか、エゴだった。臆病で狡賢い兄でごめんな。そういうことだから、これからも死んだりはするな。
 俺はお前が弟だったおかげで、毎日ずっと楽しく暮らせたよ。たぶん、お前の周りにいてくれる人たちもそうなんじゃないかと思う。これからもいっぱい笑わしてやれ。それでお前も、まっとうな人といっしょになって家族作って毎日笑って人生を謳歌してくれ。
 俺は一足先に父ちゃん母ちゃんに会ってくる。正直それだけは、少し楽しみなんだよ。早すぎるって怒られるのかもしれないが、それ以外は褒められるんじゃないかって期待してる。結果じゃなくて、能力じゃなくて、ただ頑張ったことを褒めてもらえるなんて、二人がいなくなってからは無かったもんな。だからそれだけは、楽しみだ。お前が来るまでにシチューの作り方もお笑い小噺も聞いておくから、後からゆっくりのんびり来いよ。
 俺からお前に頼みたいことは、それだけです。じゃあ、またな。
                                リュート・バークレイ


 雨粒が、便箋の中央に勢いよく落ちてきた。リュカは慌てて便箋を折りたたむと、確認がてら空を見る。先刻から変わらない灰色一色が広がっているだけで、雨が降り出した様子はない。振り出す気配も相変わらずない。じゃあまあいいかと思い、サクヤの進捗を横目で窺った。リュカの落ち着きがなくなったのを気配で察すると、サクヤは黙読を中断して再び顔をあげる。
「読み終わったのかい?」
「ん? うん。まあ、そうね、読み終わりはしたけど」
 先刻あげた奇声の理由を、どう説明したものか。などと考えあぐねていたのも束の間、そもそもサクヤはこの件に一枚かんでいるのでは? ──という、至極真っ当な疑問が浮かぶ。
「俺、実の兄に真の力をずっと封印されてたっぽいんだけど」