extra edition#8 時には路地裏で夜会を


「よくもまあ、そんな上すべりな言い訳をぺらぺらと……。ナギは、なんかないのか。止めるなら今しかないぞ」
 バルトの呼びかけにもナギは応じない。黙って口元に手をあてがって、何かしらを考え込んでいる。その挙動は誰かさんの専売特許だと思っていたのだが、共に過ごす時間が長いと伝染するのが癖というものなのだろうか。
「おいナギ」
「わかってる。でも、この隊に魔ガンのスペシャリストは……おいしすぎる……」
 倫理的な葛藤かと思いきや、案外に損得勘定優先である。こりゃ駄目だ。いや、考えようによってはこれで憂いはなくなったのかもしれない。
「大丈夫。僕に考えがある。さっきも言ったけど、必ず成功させる。現八番隊の能力をもってすれば難しいミッションじゃないよ」
 サクヤはいつもと変わらず爽やかに微笑んだ。それが悪い笑みに見えるのは、自分だけじゃないはずだと祈りながら、バルトも本腰をいれて「道の外」へ踏み出すことになる。


 ──チャンスは一度きり。一番隊がガサ入れするその日をねらう。マユリ隊員にはリュカからそれとなく情報を流しておく。まずは指定のポイントに、気づかれないように彼女を誘導することが絶対条件だね──
 通常のニーベルング討伐任務よりも明らかに念入りに、作戦の構築と説明、さらに度重なるシミュレーションを行った。舞台はグラスハイムの旧市街。役者が揃ったところで、サクヤの演出通りに物語は進んでいく。
「二番街のほうに逃げたぞ! 回り込んで封鎖しろ!」
 入り組んだ路地を複数の影が全力疾走する。定期的に叫ばれる位置確認や報告を頼りに、八番隊の面々は実に統制のとれた動きをとっていた。失敗は許されない、だからこそ何度もシミュレーションを繰り返し、この日この瞬間に備えてきた。
「いぃたぁぞぉぉぉ! ナギ!」
「オッケー! そっちお願い!」
 リュカはスピードを保ったまま大通りに逸れていく。その後を少し遅れてシグが追う。大通りでは一番隊の核となる班が、先回りして網を張っているはずだ。ここまで恐ろしいほどに想定通り。
 無駄なく、隙なく、着実に獲物を追い詰めていく。傍から見れば、チームワークの良さと練度の高さが際立つ小隊に見えただろう。その手際の良さで少しでも「八番隊」が、規律違反者の捕獲に自主的に、かつ全身全霊で協力しているという違和感をぬぐえればいいのだが。
 一番隊は当然のことながら、突如として応援にきた八番隊を訝しんでいる。が、そんなことに気を取られていられる状況ではない。彼らの沽券にかけて、この危険人物は取り逃がせない。そう思うからこそ、若干不審だろうがなんだろうが、八番隊の助力は彼らにとって有難いものだった。
「協力感謝する!」
 だから、真剣に走るリュカとシグに向けて、こんなせつない言葉をかけたりする。リュカはせめてもの償いにと愛想笑いを返した。そして次の瞬間には、これみよがしに絶叫していた。
「ああああ! 危ないっ。上! 上~!」
 こんな風に切羽詰まって叫ばれれば、視線は自ずと上方へ誘導される。その間、後方でシグが何発か発砲しても、それによって積んでいた木材が倒れてきたとしても、因果関係までは理解できない。死なないように四散するだけだ。
 今度はリュカが派手に、魔ガン・ヴェルゼを撃ち放った。振ってくる材木の一部は、その一発で文字通りの木っ端になる。そして「外してしまった」残りの丸太は、大通りに横たわることになったが、死人を出さなかっただけ上出来だろう。是非、そういう風に思ってほしい。
「俺としたことが! たとえ人命救助のためとはいえ、市街地で魔ガンをぶっぱなすとは!」
(凄いな……。ミスっぽく見せるって点では、リュカがいれば百人力だもんな)
 誰がどう見ても、全部本気に見える。シグだったらこうはいかなかったろう。リュカの「ミス」捏造は信憑性が高い。これは長所の発見だ。
 間一髪のところで一命をとりとめた一番隊の皆々様は、疑問符を浮かべながらもリュカに丁寧に礼を述べている。自作自演の救出劇だとは夢にも思っていないようだ。かわいそうすぎる。
「は~良心痛む。こういう性格悪そうなの、俺苦手。サブさんの得意分野だと思うんだけどな」
「そこはまあ、同意」
 大通りをひとつ再起不能にしておきながら、リュカとシグは悠長に自分たちの仕事の成果を振り返っていた。
 古い建物を挟んだ向こう側、ナギとサブローが駆ける小路にも魔ガンの爆発音は轟いた。ナギとしては、その直前に聞こえた割と本気の悲鳴に不安を抱かずにはいられなかったが、意識を奪われるわけにはいかなかった。こちらはこちらで綱渡りなのだ。間違えられない。そんなふうに集中しているのに、後方のサブローは呑気にかわいいくしゃみなどしている。
(あー、やばい……っ。このままだと教会裏の網にひっかかるな)
「先に行く、攪乱しといて」
 緊張感無くくしゃみをかましていたかと思えば、サブローは一気にナギを追い抜いて行った。おそらく自分と同じ心配に行き当たってくれたのだろう、そういう安心感がサブローにはある。これがリュカだったら、大変残念ながら何かしらこう、ぬぐえない一抹の不安みたいなものが絶えずつきまとってくるのだ。リュカのことは信頼している。が、安心感というものと縁がないのは、もはやどうしようもない。
「教会裏に回り込みそうでーす! そっちよろしくお願いしまーす!」
 報告、連絡、相談、とにかく情報共有が大事だ。嘘は言っていない。ナギの善良な叫び声は、張り込んでいる一番隊を身構えさせたし、マユリ本人にも当然聞こえたはずだ。平等平等。至って公平なアシスト。それによってマユリが方向転換したとしても、それはきっと仕方がないことなのだ。やはり、ちょっとしたミスというやつである。
「さあ、後はうまく誘いこむだけなんだけど」
 事はサクヤの絵図通りに進んでいる。大通りと教会へ抜ける道を封鎖してしまえば、街の外へ続く小路はそう多くない。一番隊はそのすべてに人員を配置する徹底ぶりだ。対する八番隊は、そのうちのひとつだけに、ごく単純な罠をはった。
「下水道だ! やられた!」
 角を曲がった先から、サブローの悔しそうな声が響く。ナギと、そのあとに続いていた一番隊の面々が追い付いたころには、ぽっかりと口を開けた地下水路への入口とお手上げ状態のサブローだけが残っていた。
「なんで鍵が開いてるんだ……! 普段ここは厳重に施錠がされているはずだ」
「予め逃走路として調べていたのかもしれませんね。鍵も無理やり壊されているようだし」
 そう、一昨日の夜、不審な音をさせないように慎重に慎重を期してサブロー本人が壊した代物だ。あれには苦労した。その労をねぎらう意味も込めて「げすいどうだ!」を言う係はサブローに満場一致で決まったのだ。迫真の演技には程遠かったが、リハーサルよりは臨場感のある言い回しであった。
「追いますか?」
「当然、追う。あれをきちんと査問にかけなければ、グングニル全隊の信頼が揺らぐことになる」
「そうですね。それじゃあ、我々も引き続き旧市街を巡回して、ネズミが上がってこられないように目を光らせておきます」
「感謝する。後は一番隊である我々に任せてくれて結構だ」
 サブローは真面目な顔つきで数度頷いて、不衛生の代名詞のような下水道へ、颯爽と降下していく一番隊を見送った。最後まで丁寧に見送る。それこそがネズミを監視するということに他ならない。
 施錠はできないが、入口扉はこれまた丁寧に締め切った。それが一段落の合図になってしまったようで、サブローの額だとか背中だとかは、かいたことのない類の汗でぐっしょりぬれていた。
「うまく……いった……」
 砂埃舞う旧市街の路地で四つん這いになって、大きく深呼吸した。