extra edition#8 時には路地裏で夜会を


「お疲れ様。練習より良かったんじゃない? 『ゲスイドウダ! ヤラレタ!』」
 ナギが一仕事やり終えたと言わんばかりの爽やかな笑顔で合流を果たす。反対方向からは意気揚々とリュカが、次いでシグが気だるそうに、サブローの元へ寄り集まってくる。
 と言っても目的はサブローではない。地面に這いつくばる彼の前方に構える、ひなびた民家が目的地だ。こちらもサクヤが予め下調べと下準備を進めていた物件、言うなれば秘密基地である。皆、辺りを憚りながら玄関扉を開ける。
「うまくいったみたいだね。今日の『げすいどうだ』は、今までで一番真に迫った感じで良かったと思うよ」
「いや、ほんとそこどうでも良くないですか」
 自然光しかない薄暗いエントランスで、サクヤが出迎えてくれた。一番隊の目がなくなった途端、ナギとリュカはハイタッチなんかし始める。仲が良いのか、悪いのか。
「……で? 『現物』は?」
 シグの短い質問に、サクヤは視線だけで答えた。穴の開いた煤けたソファーの上に、小柄な女が行儀よく鎮座している。ひびの入ったローテーブルには、お供え物のように彼女のものらしき魔ガン。
「あれが例の改造魔ガンですか? で、無知で怖いもの知らずのとんでも整備士?」
「シグ……」
 言い方に毒がある。というか毒しかない。本人は無自覚なのだろうが、そこはしっかり窘めておく。ただでさえ胡散臭いこの状況に、警戒心だの不信感だのを上乗せするのは得策ではない。
 などと神経質に考えていたのはサクヤだけと言っても過言ではなく、八番隊に囲まれた状態でもなお、マユリには怯えた色も緊張も見受けられなかった。なるほど大物である。
「えーと。この状況は……よく分からないですけど、助けてもらったってことでいいんでしょーか?」
 サクヤは彼女の対面にあたる、一人掛けソファーに静かに腰をおろした。
「ひとまずはね。それよりも君は、置かれている状況を正確に把握できているかい? 例えば、追われていた理由だとか、捕まったらどうなるかだとか」
「はい! サモンにかけられます! で、運が悪ければそのまま投獄とかっ」
「うん、まあ……合ってはいるんだけど」
 放たれた単語と声の調子がかみ合わない気はする。底抜けの楽天家なのか、著しく想像力が欠如しているのか、あるいはシグの言うとおりただの“無知で恐いもの知らずのとんでも整備士”なのかもしれない。
「分かっておいてもらいたいのは、君がやっているその魔ガンの改造と、ラインタイトの無許可の加工は、グングニルだけで処理できる枠を超えてしまっているということ。僕たちは、かなり細かい規定と管理に基づいて一時的に『それら』の使用許可を得ているだけだ。個人で所有していい代物じゃない」
 サクヤの口調には有無を言わせぬ圧力があった。
 魔ガンは兵器だ。矛先を変えるだけで、対ニーベルングにも、対人間にも、対国家にもなり得る諸刃の剣。最低限、その価値観だけは共有しておかなければならない。共有できることを確認しておかなければならない。
 マユリは複雑な表情で唸るばかりだ。ただ真剣に、サクヤの声に耳は傾けてくれている。
「ただ君が同じように『無許可』で何の気なしにしてくれた調整は、正直どのベテランより使い勝手がいい」
「……それは、どうも。ジークフリートさんの使い方も丁寧ですよ、とても」
 ごく自然に、所持する魔ガンの名で呼ばれたことにサクヤは一瞬目を丸くした。整備部特有の隠語か何かかとも思ったが、長く付き合いのある隊員からもそんな風に呼ばれたことは一度もないし、話を聞いたこともない。気にはなったが、今は本筋ではないから脇においておく。
「それで、けっきょく私はどうなるんでしょーか」
「もし君が、この先も機関に留まることを望むなら、僕たちは、この場とこの後を切り抜けるカードを君に渡すことはできる。ただ君自身にも、それ相応の覚悟は決めてもらう必要が」
「はい、望みますっ」
 マユリ、挙手と共に起立。その勢いの分だけ、サクヤの身体も後方にのけぞった。
「だって困るんですもん! 魔ガンのない人生なんてこの世の地獄ですよ!? ノーマガン、ノーライフ! なんでもやります! あ、でもエッチなやつとかはちょっと考えさせてもらいます!」
「いやいやいや、そういうのはないよ。君が君の得意とするところで、ちょっと頑張ってもらうくらいだ。でもまあ、即決してくれて良かったよ。ようこそ、八番隊へ」
 サクヤは心底安堵したように深く嘆息すると、にっこりと微笑んだ。
「ん? ……え?」
「さあ、そうと決まったらテキパキ動こう。後は時間と精度の勝負になる。一番隊の後始末がまだ残ってるからね」
 何気ない様子で物騒な内容を言ってのけるサクヤに、八番隊の面々は特に動じることなく頷いて、次の行動とやらの準備を始めた。
 この期に及んで、一番動揺しているのはマユリである。実のところ始終そういう状況下にあったのだから、今の反応が正常ではある。が、そういうことに気づくのが幾分遅くはあった。
「えーっと……あの。これはいったい……どーゆー展開?」
「え? ああ、歓迎会なら残念だけど、今回の件が無事片付いてからにしよう」
 わざとなのかと勘繰りたくなるほど、サクヤは的外れな回答でマユリの困惑を早々に片付けてしまった。詐欺師がよく使う手だ。論点はずらせるときにずらしておく。しかしながら、サクヤは論点をずらしたつもりはないし、もっと言うならそもそも詐欺師ではない。結果的に詐欺師みたくなることは、よくあるが。
 サクヤの頭の中は、大半がこれからのタイムスケジュールに関することで占められていた。残った容量で、同時進行している討伐任務の作戦を立てている。これに歓迎会の企画までいれてしまうと、さすがに今回は思考の許容量を越えてしまうように思われた。それゆえの苦渋の決断、だからこそ、そこのところは誤解がないように本人に伝えておかなければと考えた。
「サクヤ、そうじゃなくて……マユリさんに、きちんとこちらの意図を説明しないと。ちょっといろいろ端折りすぎだから」
「そうだったかな。言ったつもりだったんだけど。僕たちは、この場とこの後を切り抜けるカードをマユリ隊員に渡すことができる。その見返りとして、君には八番隊の専属整備士として活躍してもらいたいと思っている。僕らは遊撃小隊という位置づけだから、整備だけじゃなく討伐任務にあたってもらうことももちろんあるんだけど。……ここまではいいかい?」
「なるほど、交換条件。わかりやすいです。つまり、私の唯一無二性をジークフリートさんの隊で独占したいって腹ですね?」
「腹……、いや、まあそうだね。平たく言うと」
「それ例えば、ノーと言った場合どうなるんでしょうか?」
「それは至極簡単だよ。僕らは一番隊の任務に自主的に協力していたわけだから、このまま君を一番隊に引き渡して、おしまい」
 サクヤはまた意識的ににっこりと微笑んだ。対するマユリの表情は先刻からマネキンのように変わらない。変わらないが、顔色と汗ばみ方が尋常でないのは傍目にも分かる。
「具体的にその、どうしたらいいんでしょーか。ノルニルはここにあるけど、うちの秘密工房って今まさにガサ入れられちゃってるんですよね? ノルニルの他にも、弄り倒した魔弾とかそのレシピとかふつーに放置してきちゃったんですけど」
「その点は心配いらないよ。一昨日の時点でサブローとバルトに回収してもらっているから、君の立場が不利になりそうなものは全部ここにあるはずだ」
「え、あ、はい……」
 心配いらないといわれて背筋が寒くなったのは初めての経験だった。それもそのはず。マユリの生殺与奪の権は、間違いなく今、この男の手中にある。心拍数が急上昇しているのも、先刻から何度となく繰り返される笑顔の脅迫によるものである。