「ノルニルはダミーを本部に提出する。とにかくこの“魔ガン改造の証拠”だけは何としても見つかるわけにはいかない」
「いや、ばれますよ。何言ってんですか」
マユリは間髪入れず窘めてしまった。整備部はどこかの初動部隊のように馬鹿ではない。殊、魔ガンに関しては五感に加えて第六感めいたものも動員してくる連中ばかりだ。マユリ本人がそうであったし、それは部隊内では特別なことではない。
「ばれる前に、本物を元に戻す」
「無理ですよ、そんなのぉ」
「無理じゃない、やるんだ。やれなきゃ査問はまぬがれないどころか、弁解余地も与えられず一気に重罪人だ。それは君も避けたいだろ?」
弁解余地が一切ないという点においては、今もそう大差ない。サクヤにしてみればその猶予を与える時間が惜しかったし、実際高圧的な言動をとっている自覚はある。今回の場合、一度でも先手を取られてしまえば挽回は不可能なのだ。
「あのさ」
この時点で早々にしびれを切らしたシグが口をはさんできた。顰め面という以外になんとも形容しがたい、顰め面のお手本のような顔で、である。
「なんで危機感持ってんのがこっち側で、あんたはそう悠長に構えてんの? ダミー提出する時点で、俺たち全員があんたのために泥船に乗ることになるんだから、それくらいは考えてしゃべ──」
「シグっ。言ってることそのまんまお前に返す。考えてしゃべろうなっ」
シグの苛立ち爆撃を何とか無かったことにするために、サブローが後方から満面の笑みで口をふさぐ。笑みはマユリに対してのものだったが、やはりマユリは恐怖も嫌悪もせずに、ただただシグを凝視するばかりだ。
その観察のような点検のような作業が終わると同時に、マユリは得心顔で静かに手を打った。
「シュシンドノ!」
彼らの日常会話で交わされない類の単語だった。マユリの目は真っすぐシグに向けられていたから、間違いなくシグを指す呼称なのだろうが思い当たる節がない。
「……はあ?」
だから結局、ありったけの苛立ちをこめて疑問符を浮かべるしかなかった。マユリはそれでも、先刻よりにこにこと嬉しそうであるし、サクヤは合点がいっているようで顔をそむけて笑いをこぼしている。的外れの徒労に終わったように思われたサブローのファインプレーも、結果的には、無用な焦燥感と緊張感を緩和するのに一役買ってくれた。
「とにかくやるしかない。この船が泥船かどうかは、マユリ本人の技術次第だ」
マユリがソファーの上で首を垂れるまで、そう時間はかからなかった。
「……フツツカモノですが、どうぞよろしくお願いします」
こちらこそ、と爽やかに手を差し出すサクヤ。いつもと変わらず爽やかな微笑み。それが悪い笑みに見えるのは、自分だけなのだろうかと訝りながら、マユリは手を引かれて道なき道へ分け入ることになってしまった。
マユリ本人との交渉を終えた翌日、サクヤが次に手を打たなければならないのは、当然一番隊への対処だった。脚本はこうだ。──マユリ・ポートマンは新たな魔ガンや魔弾の構想案をいくつか練っており、折を見て上層部へ提案するつもりだったが、「何らかの作為的な情報操作」により、既に無許可で開発済みであるというデマが流れてしまった。身の潔白を証明する猶予も与えてもらえず、恐怖心から逃亡してしまったところを八番隊が確保。本人同意のもと、マユリ・ポートマン所有の魔ガン「ノルニル」を、事実調査のため機関へ一時返却した。調査結果が確定するまでは、八番隊の監視下に置くことにする。──
「そこで何のためにあんたの隊が出張ってくるんだ? おかしいだろう。身柄は我々一番隊に引き渡されるべきだ」
うららかな午後、柔らかい日差しの差し込む八番隊執務室は、怒号が飛び交っていた。いや、怒号は常に一方的で、執務机に腰を落ち着けたままサクヤはそれらをのらりくらりとかわしていた。
詰め寄っているのは一番隊隊長補佐官。上記の報告内容を聞きつけるや否や、一目散に八番隊執務室へ乗り込んできた。一番隊隊長は本部の全小隊の統括責任者でもあるグラント少佐であるから、補佐官である彼の権限も、実際の階級や実力以上に広範囲に及ぶ。
(要は虎の威を借るなんとかってやつなんだけど)
のらりくらり劇場を黙って観覧しているのはナギ。先刻、猛り狂う補佐官の彼のために、カモミールティーを淹れてみたのだが、どうもお口に合わなかったらしい。もったいないので、ティーポットの残りは仕方なしにナギがすすっている。
「いや~毒を食らわば皿までというか、一度首をつっこんだからには最後まで責任を持つのが礼儀かと思いましたし……」
「そう、そもそも何故最初から絡んできた? おたくらの専門は、ほとんど非正規に近い、わけのわからん類の討伐任務だろうが」
だいたい合っている。が、ほんの少しでいいからオブラートに包んでほしいものだ。ナギは資料整理をしながら、時折反射的に浮かんでしまう青筋を引っ込めるのに苦労していた。視界の隅で繰り広げられる不毛なやりとりには、十分に注意を払っている。というよりも、補佐官殿がぶしつけに入室した直後から気になって気になって仕方がないのだ。特に話し方。だから剛速球で横やりを入れたくなる。
「スタンフォード中尉、そろそろミーティングの時間です。少尉のお話に結論がないようでしたら、一度持ち帰っていただいては?」
ナギは涼しい顔で、ありったけのオブラートに包んで「お前の話は中身がないから早く帰れ」という意思を伝えた。ついでに階級の差についてもこの際はっきりさせておく。昇進して日が浅いとはいえ、サクヤのほうが階級は上なのだ。敬意の「け」の字も払えないような無礼者にくれてやる時間はない。
「まぁ……そうだね。こちらもこちらで暇ではないし」
サクヤはサクヤでしっかりこの助け舟に乗る。腰を浮かせて、ナギが準備してくれた資料の束を受け取った。
「そうだ、さきほどの答えの続きですが、ポートマン伍長の身柄をそちらに渡さない理由は一応あります。彼女のような有能な隊員が、無実の罪で糾弾されて不当な断罪を受けるのはいかがなものかと思いまして。申し訳ないが、一番隊のやり方でそういう方面のケアができるとは思えませんしね。小隊とはいえ、一部隊長の僕でもあなたとのやりとりは精神的につらいですし……」
「なるほど……そういうことか。魂胆が分かった」
一番隊補佐官は紅潮した頬で不敵の笑みを浮かべた。
「スタンフォード中尉、我々はあなたの質の悪い口車に乗ってやるつもりはない。手を引くなら今のうちですよ。どうぞ、よくお考えになってください。あなたがたが抱えているのは不発弾じゃない。必ず、爆発することが決まっている性能の悪い時限爆弾です」
「だったらなおさら、こちらで解体処分したほうが良さそうだ。会議の時間が押しますので、申し訳ないですが、この話はここまでで」
サクヤとナギが揃って扉の前に進むものだから、一番隊補佐官も退出せざるを得なくなった。ようやく追い出すことに成功。閉まる扉を見届けて、サクヤとナギ、やはりそろって疲労の嘆息をした。
「何あの最後の『うまいこと言ってやった』みたいな顔。そんなうまくもなかったし、サクヤも別に乗らなくていいのに」
「辛辣だね……。いや、僕もちょっとびっくりして」
向こう主導の会話のキャッチボールで、少しでも満足して帰っていただけたなら僥倖だ。
「さあ、会議が終わったら今日の業務はあらかた片付くし、急な討伐が入らないようならデートでもしよう。旧市街におすすめの店があるんだ」
「それは奇遇。私も行ってみたかったお店が旧市街にあるの。一人じゃ行きづらかったから楽しみー」
二人は誰に宛てたわけでもないはずの即席の寸劇で気を紛らわせながら、会議に赴いた。一番隊補佐官とのやりとりと同程度には不毛だとわかっている会議だ。いや、不特定多数からサンドバッグにされることが分かっているから、その分余計に気が重い。