ACT.10 カウントダウン ゼロ


ジェイが肩を竦めているのがレキたちにも見える。肩越しに振り返ってかぶりを振ると、それを皮切りに一人、また一人と立ち上がり 始めた。
「ぶらついてくるか、時間がかかりそうだ」
エースがさも面倒くさいと言わんばかりに掛声交じりに立ち上がる。無言で頷くレキとハル、それに加わるジェイ。ラヴェンダーも 控え目に賛同した。
「シオは、どうする?」
座ったままの彼女を気遣ってハルが問う。シオは落ち着いてペンを握った。今回は振り仮名つき故、ハル以外にも伝わる。
《大爺さんを手伝って住所録を探すことにする。見つかったら呼ぶからみんなあんまり遠くに行かないでね》
メモ用紙を雁首揃えて覗き込む5人、適当に返事をしてさっさと家を跡にした。予想外というか、シオの買いかぶりというか皆意外に 薄情だ。次々に手を振って出ていく連中をシオは最後まで見送ることもなく大爺さんの押入れ漁りに加わった。
「あ、シオ。暫くしたら交代するよ」
出ていく間際にハルが思い出したように首だけを向ける。シオはまた意外そうに微笑んで、軽く頷いた。
  正午も過ぎて、太陽は南中、波の音がやけに大きく響いていた。
  雨降らしの隠れ里においてもそうであったが、過度の平穏はいささかたいくつである。かと言って老人の押入れを物色しても暇つぶし にもならない、なんだかんだいって村へ降りてきた5人も手持無沙汰に辺りをうろつくだけであった。
  そうこうしている内にレキが半ばわざとらしく離脱、次いでラヴェンダーも海岸の方へと一人はぐれていく。エースとジェイは残さ れた者同士顔を見合せて深々と嘆息した。無関心なハルを含め、新鮮味のないメンバーが残っていた。
「南国のうまい酒でも飲みに行くかー。ここんとこずっとノンアルコール生活だったしな」
「賛成ー!どうせまた忙しくなるんなら今の内っきゃないよな」
「二人も呼ぶか?」
ハルが言い終わる前にエースとジェイは鼻歌交じりにバーの方へ踊り歩いている。来るもの拒まず去る者追わず、ジェイはどうだか 知らないが、エースについては何に対してもこの法則が成り立つ。ハルも諦めて二人の後を追った。
  太陽は南中を過ぎ、西の空へ傾き始めた。

  男三人で飲み始めてから数時間、既に酔いつぶれて居眠りをしているジェイを横目にハルは席を立った。
「便所か?」
「いや、そろそろ戻ろうかと思って。シオと交代しないと」
ラヴェンダーの名を呟きながらにやにやと夢をみている様子のジェイ、幸せそうな寝顔に毒気を抜かれる反面腹が立つ。気がつくと 威圧の視線を送っていた自分を制して、ハルはそそくさと出口に向かった。
「ジェイ頼むな。置き去りにすんなよっ」
「へいへい、ごくろうなことで」
生返事のエース、いつものことなのでハルもそのまま店を出た。と、出た反射的に左手をかざす。西日がまるで点滅灯のように眩しく 輝きを放ってハルを照らした。ハルだけではない、通りを歩く人々も、家も、そして目の前の広大な海面も赤く染まっていた。サン セットアイランドの名にふさわしく、当にこの島を目標に太陽が落ちてきているようだった。
「すげーな……。太陽ってこんなに赤かったんだっけ」
ハルや、レキ、ロストシティなどの環境汚染の激しい地で暮していた者たちは、太陽本来の色や形、輝きを半ば忘れかけていた。 若しくは、初めから知らなかったものを知ったつもりでいたのかもしれない。いつも見ていた光化学スモッグ越しの太陽はもっと ぼんやりした存在感のないものだった。
  目を細めて暫く見とれていたものの、不意に我にかえって、ハルは大爺さんの家へ向かった。影がこれでもかというほど前方に伸びて、 ハルを先行する。浅い段差の階段を二段飛ばしで小走りに上がって、扉も何もない部屋の中を覗き込んだ。見える範囲にシオの姿はない。 ここを出る前に漁っていた押入れは、中身を外に積み重ねられたまま放置されている。それらの影もまた、長く伸びていた。
「シオー……?」
小声なのか大声なのか、はっきりしない声量で叫ぶとすぐさま本人が現れた。予期せぬ方向、ハルの背後から足音がして振りむく。
「お疲れさん。代わるよ、まだ見つからないんだろ?」
シオが残念そうに、疲労と嫌気が混ざった溜息を惜しげもなく吐く。
《みんなは?》
シオの短い口パクにハルはすぐに応答する。
「エースとジェイは村で飲んでる。ラヴェンダーは海の方に行ったけど……どうかな合流してるかも。レキは、どこ行ったかわかん ねえなぁ……ふらふらどっか行っちゃったから」
《ありがと、探してみる》
何度か頷いた後、シオはまた口パクでゆっくりと告げた。
  軽く手を振る彼女のの言葉に一つ、ハルは気がかりがあった。行方が知れないのは今のハルの言い方ならレキだけということになる、 「探す」からには相手の場所がある程度不確かでなければならないだろう。ラヴェンダーについても言えたことだったが、おそらく シオの探す相手はレキだ、ハルは何となくそれを分かった上で送り出した。すべてはハルの想像に過ぎないと言えば過ぎない。しかし 自ら創り上げたそれにハルは思い切り落胆していた。小さく嘆息したかと思うと、やはり生真面目に大爺さんの加勢に向かった。

  その頃、シオの探し人とされる彼は意外にも大爺さんの家からそう遠くない、あの岬に居た。墓石の前に座り込んで黙って海を眺め ている。視界に海も含まれている、というだけの話であって目的としては景色の堪能などではない。空が焼きついたように赤いのも、 その空を反射して光る海面も、レキの瞳には映っているだけで見えてはいなかった。
  ただ波の音だけがはっきりと聞こえてくる。一定のリズムで寄せては返す、絶えることのないその音、どこでも何年経ってもそれだ けが変わらない気がした。あの日から全ては変わってしまったのに、この波の音だけは今も鳴り響いている。遠い思い出をぼんやり 見つめながら、レキは懐かしさ以上にどこか憎しみめいたものを覚えた。あの日もこんな焼きつくような夕日だった。
  赤く輝く太陽をこんな風に臨みながら4人はロストシティから少し離れた砂浜に立っていた。レキ、ハル、ジェイ、そしてユウ。 フレイムの同期4人はよくつるんでは、二台のバイクに二ケツしていろんなところを走った。ユウ、つまりは現在のローズがまだブラ ッティ・ローズを結成する前のことだ、何を思ったのか4人はその海へバイクを走らせた。
「気持ちぃーなー!海水浴シーズンじゃないってのが残念だけどっ」
大きく伸びをしながら今とさほど変わり映えのしない台詞を吐くジェイ。泳ぐどころかその頃は雪でもちらつきそうな寒さだった。 冬の海には無論4人以外は誰もいない。
「この近くにも砂浜なんてあったんだなー。スモッグも少ないみたいだし」
「ちょっと遠いけどいいでしょ、ここ。次はフレイム全員で来ようよ、ジェイの言うとおり夏にさ」
ハルの何でもない感想に心なしか、今より柔らかく応答するユウ。
「いいけどお前……バイクは二台だぜ?ヒッチハイクでもするつもりかよ、あの人数で」
想像不可能だ、第一あんな柄の悪い連中を快く乗せてくれるドライバーもないだろう。数うちゃあたる作戦を実行するほどロストシティ 周辺は人通りも多くない。
「バスの一つや二つジャックすれば……」
「むちゃくちゃ言うなよっ。遠足のためにバスジャックなんかできるかっ!」
相変わらず突拍子もないことを言い出す仲間を制す係のハル、口を尖らせるユウをレキも笑いながら見ていた。
「くらえ!7本足のヒトデ攻撃!」
突如、ジェイの雄たけびが轟くと同時に三人の頭上に得体のしれない軟い物体が降り注いだ。気色の悪いぬめった感触に男二人が情け ない悲鳴をあげる。ユウは反射神経がいいのかぎりぎりで一歩引いていた。
「殺す!!ハル、行くぞ!沈めちまえっ」
得体は知れていたのだ、ジェイが大声で紹介していたその7本足ヒトデをひっつかんでレキが反撃に向かう。ハルもそれに続いて三人は 波打ち際で子供のようにはしゃいだ。実際まだ、子供だった。ロストシティでチームを結成し、ノーネームとして幼い頃から自分の力 だけで生き抜いてきても、彼らは子供だった。
  波と飛沫に濡れながら、めちゃくちゃに笑って水をかけ合う。そうこうして皆が疲れきったところへユウが参戦、第二ラウンドがの ゴングがなった。