ACT.11 トライアングル


  ふらつきながら砂漠のど真ん中をひたすら歩くフレイムご一行様。傾き始めた太陽はそのレキたちを見失わないように追い掛けている かのようだ、会話を交わす者はいない。誰の者とも知れない乱れた息だけがBGMだった。
  そうやって何の変わり映えもしない風景を横目に懸命に歩き続けた結果、ようやく彼らの歩みを止めてくれるきっかけができた。 砂地であることに変わりはないが、ごつごつとした岩がそこら中にそびえ立つのが視界に入る。小さいものは椅子代わりに、大きいもの はレキの身長の1,5倍はあるため少しは陰として役立つだろう。先頭を歩いていたレキが振り返ると、ただ頷く者、無言で哀願してくる 者、様々だが意見は一致したようだった。
「やれやれだな。明日はもう少し楽したいもんだ」
荷物を手頃な岩の下に投げ置いて、エースがさっそく腰を下ろした。続いて、残りの連中もその近くに崩れるように座り込む。空は 異様なまでに紫で、夕方と夜の境いった具合だ。照りつけていた太陽も、レキたちが歩みを止めた途端なりを潜めたようだった。
「見張りは二人一組で二時間交代な。なるべく単独行動はしねーこと」
乏しい声量で一応返事がされたことを確認すると、レキも両手を地面につけて一息ついた。あれだけ吹き出ていた汗が嘘のように引いて、 寧ろ肌寒く感じる。横でジェイも腰に巻いていた作業着(上)をいそいそと着直していた。昼と夜の両極端な温度差がどうやら砂漠気候の 特徴らしい。鳥肌が気温の変化を知らせてくれた。
  と、何を思ったのかレキが荷物の中を漁りはじめる。
「……準備がいいな、ナガヒゲ」
30センチ程度の木の棒を手にして、レキが驚きながらも感嘆を漏らす。何度も言うがこの辺りには砂以外の物はひとつもない。この岩も 一日歩いて初めて発見したくらいだ、今から薪を探していたらまた一日が過ぎるところだった-あるいはのたれ死んでいたか。やたらに くそ重たかった荷物の重要性を認識したところで、次々と木片を取りだしていく。
「暑かったり寒かったり忙しいったらないわ。火焚いてごはん食べてさっさと休みたーい」
「だから今やってんだろっ。エースさっさとライター貸せって」
生返事を繰り返してぼんやりしていたエース、渋々ライターをレキの方へ放り投げた。立ち上がって快く手渡し、という一連の動作が 面倒らしい、軟体生物もびっくりの不可思議な体勢で既に寝ころんでいた。
  火が点く。一気に闇に包まれた空の下、薪の灯りは暖かで、安らかだ。自然と人が集まってきた。缶詰のみの質素な夕飯を摂りながら 今日一日の疲れを癒す。ジェイがぼんやりと空を見上げた。
「すげーな、あの白くて丸いのってやっぱ“星”かな」
ロストシティともユナイテッドシティとも違う、夜空に分厚い暗雲は見当たらない。代わりに弱々しくはあるが、点々と胡麻のような ものが散りばめられている。光っているとは言えないが、白くぼんやりと浮かんでいることは確かだ。
「スモッグなさそうだったもんな」
ハルも食事の手を止めてジェイに倣う。キラキラしていない、瞬きもしない星を見てそれでも彼らは美しいと感じた。エースが今日 初めての煙草に火を点ける。
「……昼間のムカつく太陽のこと考えるとスモッグがないのも考えものだけど」
まぬけに口を半開きにして星空観察していた少年気取りたちが、ラヴェンダーの一言で一気に現実に戻ってくる。夢をぶち壊されて そそくさと食事を再開した。中央の火を囲み、円くなってそれぞれフォークを口に運ぶ。エースの煙草の煙と重なって、ゆらゆらと 白い煙が立ち上っていった。

  夜は更け、再びBGMが誰かの息の音だけになる。今度は静かな寝息だ、レキは大欠伸を漏らしながらそれらを聞き、火を絶やさぬ よう涙目で見張りをしていた。無論、敵への警戒の意味もある。だからこそ二人一組にし、万が一にも無防備な状態をつくらないように しているのだ。レキの対向線上にはジェイが、同じくはちきれそうな欠伸をしながら座っている。欠伸が伝染したらしい、二人は無言 で互いを見やった。
「レキさあ……ハルと何かあったんだろ?」
細くて短い木の棒で砂の地面をいじりながら、ジェイがおずおずと呟く。確かに少し前、同じ質問をあっさり流して誤魔化したが、 ジェイが話題を蒸し返してきたことはレキにとって意外だった。見張りは二人、つまり今起きているのはレキとジェイだけだ。流し ようがない。
「別に……何もねえよ」
即座にわざとらしいくらい大きな溜息が響く。ジェイはヘルメットを取って頭を掻いた。
「ほんとに嘘が下手だな、お前。……まあ言い張ったってハルの方があれじゃな。口利いてないだろ、二人とも」
レキは黙った。よりによってジェイにこれだけばれているのだから他の連中が気付かないはずがない。何よりシオにそれを悟られるの はまずかった。が、ジェイの言うように上手く立ち振る舞う自信もない。
「大したことじゃねえよ、すぐ収まる」
「……本当か?……こう言っちゃなんだけど、ハルがあれだけキレてんの珍しいぜ?お前らがごたついてたらフレイム自体やばくなんだ からさ」
「悪い」
ジェイが砂いじりの手を止めた。レキの一言はハルと何かがあって、それは思ったより深刻であることを肯定してしまったようなものだ、 聞き出した手前決まりが悪く、ジェイは再び頭を掻く。レキは率先して話す様子ではない。
「俺に言えないことか……?」
おそらくジェイの本題はこれだったのだろう、ようやく切り出したもののレキの答えは短かった。
「……悪い」
少し寂しそうな目をしてジェイは二、三度軽く頷いた。介入しようと思えばできたが、ジェイにそのつもりはない。全てにおいて首を 突っ込むことが良い方向へ向かうとは限らないことは、ジェイも今までの人生で学んでいた。
「早く元通りになれよ、先は長ぇんだからさっ」
「そうだな」
レキは曖昧に笑って誤魔化した。
  「先」はどこまで続くのだろう、ふとそんなことを考えていた。「先」が無くなったとき、終わりが来るのだろうか、分からずじまい でレキは再び火の番に専念することにした。
  が、この時問題視すべきはレキとハルの確執などではなく、舞台裏のもう一つの関係だったのである。それに気付いていないジェイ、 レキのことをのんびり気に懸けている場合では無かったのだが、それを後悔する猶予はもうない。きっかけはいつ何時も、ふとしたと ころに潜んでいるのだから。
  暫くの沈黙の後、ジェイが不意に腰を上げる。
「何」
「悪ぃっ、小便っ」
レキが半眼で「さっさと行けよ」を表現すると、ジェイはそそくさと岩場の陰へ走っていった。
  確かに砂漠横断中の尿意については困ったことのひとつだ。環境的に解放感が有りすぎる。その上女性陣も四六時中行動を共にして いるためどこでも、というわけにはいかない。それでも摂取した水分の大半が汗となって排出されるため、トイレ危機とまではいかな かった。休息からの安堵と、夜の冷え込みで一気に催したのだろう、レキも独り身震いした。
「男は楽でいいよなー」
上機嫌、鼻歌混じりにレキの居る方へ歩くジェイ。薪の灯りはぼんやりと周囲を照らしてはいるが、半径10メートル以上になるともはや 暗闇である。その暗闇と明かりの境界でジェイは立ち止まった。視界の隅に人影を確認する。背格好から女であることは分かる、ならば シオかラヴェンダーのいずれかだ。ジェイは敢えて目を凝らした。何故かと言われれば何となくとしか言いようがない、強いて言うなら 本能が、無意識の内に指令を下していたのである。
  予想外だったのは向こうもジェイに気がついたこと、彼女はやけに驚愕して声を上げた。
「ちょ……!何してんのよ……っ」
ラヴェンダーの声だ。ひどく慌てて薄明かりを避けるように身を潜める。ぼんやりしていたジェイも我に返って猛然と両手を振った。
「ご、ごめん!別に見るつもりとかじゃ……っ、たまたま通りかかったっていうか!まさか着替え中とは-」
半ば錯乱状態で必死に弁明をしてみたが、その途中でジェイは自分の台詞の不自然さに勘づいてしまった。