ACT.12 ビター チョコレート


「びびるなびびるな、捕って食やしねえよ。ほら、これだろ?」
木の幹にしがみついたままの砂漠ペンギンにそっと差しのべた手、そこには平たい長方形の銀紙が握られている。と、蛇に睨まれた蛙 状態だったそれも一気にテンションを上げて銀紙を受け取ると拙い走り方で木々の奥へと走り去って行った。
  一同、茫然。
「……で、結局何だったんだよ。何やったの?」
「板チョコ」
一同、思考停止。
  ここは砂漠だ、持ってくるべきものは煙草でもチョコレートでもないことは誰にでも分かる。この場にそぐわないのがペンギンか エースか、あるいは自分たちなのか、混乱を来してレキも小さく呻った。
「この辺りも50年くらい前までは氷河地帯だったって話だ。生息してたペンギン共がカメレオンシフトしてああなったんだろ」
長い手と指は泳ぐ必要性を無くして地上用に適応、そしてあのぽっこり中年親父さながらに出っ張ったお腹は脂肪と水分を蓄えるために。
  カメレオンシフトは必ずしも進化を指すものではない。その理の全ては“適地適応”という言葉の上に成り立っている。今の不可思議 な生物が砂漠ペンギンであることは全員理解したが、今ひとつ腑に落ちない点があった。
「何でそこで板チョコなんかが出てくんだよ。それで万事解決みたいな顔しやがって、さっぱり意味が分からん!」
「だからなぁ、誰にだって好物の二三個あんだろ。あいつらにとってそれが-」
エースのだるだるな説明の最中にまたもや奴が顔を覗かせる。今度は怯えた、というよりは告白寸前の女子中学生のような恥ずかしがり 具合だ。身をよじりながらぎこちなく登場してくる砂漠ペンギンに皆が注目する中、エースだけがその雌雄なんかをぼんやり考えていた。
  そして目を見開く。もはや驚く気力もない、流石にエースもただただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
「一家……っていうか一族総出って感じ?エースに煙草与えてもここまでは感謝されなくない?」
ラヴェンダーの言葉どおり、眼前の樹林にはざっと50匹あまりの砂漠ペンギンがわらわらと群がって、こちらの様子を伺っている。 その中の1羽-おそらくエースがチョコレートを渡したペンギンだがもう区別できない-が軽快に駆け寄ってきて手招きをする。 後方のペンギン様ご一行は何か会話らしきものをしながら、森の奥の方へ引き返していく。唖然とするレキたちに、代表一羽は更に 群が移動していく方向を器用に指さした。
「ついてこいってこと……かな」
「賢いのかそうでないのか微妙なところねー」
「一歩間違えばじーさんばーさんの温泉旅行みたいなノリだけどな」
レキのナイスな例えにジェイが力無く笑いを吹き出す。
  こうして顔を覗き合っていても仕方がないことは確かだ、それにこの砂漠という環境を味方に付けた元・極寒暮らしの生活ぶりにも 興味がある。第一、よくよく考えてみれば彼らの住処に断りもなく入り込んで、好き勝手に水浴びを楽しんでいたのは他でもない自分 たちだ。
  レキが何度か頷いて足を進めると、他の連中もなんだかんだ良いながらそれに続いた。

  同時刻、同オアシス内。レキたちとは別の無断侵入者がここにも一組迷い込んでいた。
「ヘッド~少し休みましょうよ~。昨日から歩きっぱなしですよー」
「くたくたっすよー。荷物なんか焦らなくても取り返せますって~」
二人の男がよれよれと、もううんざりと言わんばかりの虚脱感を全面に押し出して密林の中を歩いている。その視線の先に黒いハット を目深に被った別の男が肩を怒らせて歩いている。二人の呼びかけにこれまた高速で振り返って、無駄に威圧を送った。
「ばかやろー!休んでる暇があったらさっさとあの手長ゴーレム共を探し出せ!!……あの妖怪共め……!スパークスの頭サンダー様の 手荷物をふんだくるとはっ。一匹残らず血祭りにあげてくれるわーーっはっはっは!」
毎度お馴染み勘違いと高笑いを連発しながら仁王立ちしているのはスパークス、西スラムを牛耳るチームのリーダー、サンダーである。 そしてこれも毎度お馴染み、暴走するリーダーを窘める術と力を持たない哀れな下僕A、B(その昔ハルが命名)がいつものように 深々と溜息をハモらせた。
「その手長妖怪に囲まれて悲鳴上げてたのは誰だよ……よっぽどトラウマになったらしいな」
「どこからあの元気が出てくるんだろうな~、ある意味もう砂漠に適応しちゃってるよ」
  未だ馬鹿笑いを止めないチームリーダーを、後方から憐れみの眼差しで見やって顔を見合わせる。そしてまた、同時に嘆息。
「ぼやぼやしってと置いてくぞっ。このオアシスのどっかにいるはずだ、あのくっそ忌々しい手ぇ長ゴーレムとあんぽんたんフレイム の連中がなぁ!」
どうやらご苦労なことにこんな辺境の地までレキたちを追い掛けて来たらしい、おそらく手長ゴーレムとは砂漠ペンギンのことを指して いるのだろう。三人ともほぼ手ぶらでうろついているところから、彼らも同様、砂漠ペンギンたちの置き引きにあったようだった。
「本当にこんなところにフレイムの連中がいるんですかねぇ」
「いる!いやがるとも!俺様のレーダーがそう言っている、間違いねえな!!」
シダやら木々やらを乱暴にかき分けて喜々として前進するサンダー、の後をぐったりとした様子で追う下僕の二人。
「そんなくだらないレーダーいらないから早いとこ休ませて欲しいよ……」
「あ?何だ?何か言ったか?」
「いーえー!何も!」
  オアシス内とはいっても気温は40度以上、その中で鼻歌混じりに歩き回るサンダーの体力は誰がどう見ても底なしとしか言いようが ない。乾地に対応する能力を備えたアメフラシ族、低濃度酸素を効率よく生存に使用するカザミドリ族、そしてこの砂漠気候に適応 すべく進化したペンギンたち、ある意味でサンダーはそのどれにも引けを取らない新人類のようだった。
  と、元気溌剌に突進していたサンダーが不意に足を止める。何秒も経たない内に地面と一体化する程に低く伏せて、後方二人にも目で 合図した。
「なんなんすか。ペンギンが宴会でもしてます?」
「それともフレイムが昼寝とか」
疲れ切った二人の台詞を明らかに皮肉混じりだったが、サンダーは暫く前方を訝しげに凝視するとそれをあっさり肯定した。
「……その両方だな」
微動だにしないリーダーの両脇に並んで、下僕A、Bも茂みの間から顔を覗かせた。今回ばかりはサンダーの言葉に大袈裟な部分は 無かったようだ、目の前で繰り広げられているのはペンギンの宴会そのものだったのだから。的確に言うならペンギンパラダイスか、 何十羽という砂漠ペンギンが広場内をわらわらうろうろしている中で、レキたちフレイム一行がのんびり午後のティータイムを摂って いる姿が見える。しっかりとしたティーテーブルと猫足に椅子にレキ、シオ、ラヴェンダー、エースが腰掛けて四人で仲良く出された 珈琲を煤っていた。
「……何だこりゃ」
ペンギンの一羽が銀のトレーに珈琲カップを乗せて忙しく右往左往している。リゾートチェアーに横になったジェイと、その隣で律儀 に濡れタオル交換係を務めるハルにトレーの上の珈琲を手渡した。
「あ、サンキュー」
「至れり尽くせりだな~。だいぶ気分も良くなってきたし」
ジェイが上半身を起こしてハルからカップを受け取る。
  エースの板チョコ一枚のお礼にこのようなVIP待遇というわけだ、随分派手にもてなされているようだが、砂漠ペンギンたちに とってチョコレートには相応の価値があるのだ。何故砂漠のど真ん中にティーテーブルやら珈琲が完備されているかはこの際追究 しないことにする。和んでいるレキたち自身でさえ、給仕をしたり肩を揉んでくれるペンギンたちに少なからず戸惑いは覚えていた。 顔に出さないだけで。何はともあれもてなしを受けるというのは気分がいい。
「なっ、言ったろ?こいつら砂漠ペンギンはチョコレートが大好物なんだよ。砂漠じゃ俺たちみたいな通りすがりでもいない限り手に 入んねぇからな」
大株主のようにふんぞり返ってエースが珈琲を飲み干す。と、すぐに横でスタンバイしていたウエイターペンギンが空のカップにおかわり を継ぎ足した。
「……大した矛盾ね。砂漠とペンギンと、チョコレートと珈琲……どう考えてもミスマッチなんだけど」
「だからペンギンじゃねえ、砂漠ペンギン。チョコレートと珈琲なんか王道コラボレーションじゃねえか何言ってんだ?」
「……だからそうじゃなくて」
混乱と疑問を抱く者が大半だがエースは全く以てそれが無く、既に適応済みだ。ここにも一人、完璧なカメレオンシフトをこなす奴が 存在したということだろう。
  和む者、くつろぐ者、なんだかんだ言いながらもてなしに甘える者、いずれにせよ安心しきったフレイムの面々に青天の霹靂は突如 襲いかかった。