ACT.12 ビター チョコレート


  サンダーが半再起不能のため今回に限っては毎度おなじみの捨て台詞はこだましなかった。代わりとばかりに下僕二人のすすり泣く 声が耳に残ってはいたが。
  英雄となったレキたちへの対応は更に豪華さを増し、スパークスの三人がすごすごと姿をくらました後は珈琲に代わってビールが 出されるようになっていた。もはやその摩訶不思議さにつっこむ者は誰もいない。皆素直に受け入れて、泡立つジョッキを空にしていく。
「で、どうすんだよ。いつまでもここで酒盛りってわけにもいかないだろ。早いとこジャンクサイド見つけねーと俺らもそのうち 干からびるぜ」
流石に呑まないジェイが、飲めない鬱憤を晴らすためか正論なんかを口にする。ついつい羽目を外しつつあったチームリーダーも咳払い した。
「お前はもういいのかよ?倒れても運ばねえぞ」
「見ての通りっ。いやあ~みんなには心配おかけしまして~」
トレーとマークのヘルメットを景気づけに被る。
  レキとしては社交辞令で聞いておいただけで実際ジェイの体調などどうでも良かった。彼が倒れようが蒸発しようが、行くときは 行くし行かないときはテコでも動く気はない。
「しっかしこれ以上闇雲に歩き回るってのもごめんだな」
悩みの種は尽きない。この厄介な種の処理役が普段ならハルなのだが、ハルに意見を求めるわけにはいかなかった。第一、視線をそちら に移してもまるで無関心だ。嫌な空気を周りに悟られるわけにもいかず、レキはすぐに視線を戻した。
  呻るレキに救いの手が意外なところから差しのべられた。思ったよりも長い救いの手だ。その長い手と指がレキのジャケットを控え目 に摘んだ。
「あ~、ビールはもういい……って何?」
一羽の砂漠ペンギンが脂肪の詰まった腹をどんとたたく。本人は得意気に胸をたたいたつもりなのだろうが、気の抜ける音で、その 頼りがいとやらはどこかへ消えてしまう。
「俺らの話理解できんのかぁ?」
「ありえねー話じゃねえぞ。こいつらチンパンジーより知能指数高いって聞くしな。そんなにレキと変わらねえんじゃねえか?」
「はあ?誰だよ、チンパンジーって」
レキの知能指数がだいたい証明されたところで、一気に期待が砂漠ペンギンに寄せられる。何やら砂の上に描き始めると、皆完全に そちらに群がり始めた。
「ひょっとしてジャンクサイドの場所とか知ってんじゃね?ほら、これオアシスここだろ」
「始めに休んだ岩場ってこれじゃない?だったら方角は間違ってなかったってことよね」
レキも不服そうに輪の中を覗き込む。ナガヒゲが用意した地図とも言えない簡略図とは打って代わって、砂の上にペンギンが描いた とは思えないような緻密な地図があった。思わず目を丸くする。
「場所は分かったけどなー、目印になりそうなもんがねぇなあ……残りの食糧で迷った日にゃのたれ死ぬぞ」
何人かの呻り声がハモる。
  そこへ再び、砂漠ペンギンがジャンプ(というよりは地団駄)して自らの存在をアピールする。要するに、これだ。
「……案内係、かな」
頷くペンギンに暫く場の時が止まる。カメレオンシフトは時にこのようなメルヘンぞーンを生み出すこともあるのだ。砂漠のど真ん中 をペンギンに連れられて横断、想像できずにレキは頭を抱えた。
《砂漠ペンギンにお世話になろー!それしかないよ!》
いまいち踏ん切りのつかないレキに、やけにポジティブな後押しが送られる。勿論シオだ、満面の笑みで渡されたメモにレキも苦笑する 他ない。
「っしゃ!じゃあ荷物まとめて出発すんぞっ。とっとと行ってとっとと帰る!」
「そうこなくっちゃ。じゃ、ペンギン!よろしく頼むね!」
ペンギンに向かってペンギン呼ばわりもないだろうに-ラヴェンダーに背中を猛烈にたたかれる案内係のペンギンを痛々しく見やり ながら何人かはそんなことを考えて半眼になっていた。
  日が沈み、気色悪いくらい巨大な月が顔を出す。冷えた砂を踏み締めて、レキたちはオアシスを跡にした。
  ただ同じ光景が360度視界の全てを支配、足音と時折吹きすさぶ風の音が静寂を破る唯一の音である。疲れからなのか、それともこの 漆黒の闇が何かを狂わせるのか昼間のような賑やかさはない。広がる沈黙に息を詰まらせながらも口を開く者はなかった。
  誰かが何かを言い出すのを全員が待っている。ジェイでさえもだ、目の前を妙な威圧を放ちながら歩く男のせいで彼もまた、沈黙を 余儀なくされていた。どちらかと言えば緊張か、黙々と歩くレキの後ろでジェイは一人居心地の悪さを感じていた。そんな矢先。
「おい、大丈夫か?」
「へ?」
思っていたのとは正反対のあっけらかんとした表情と声調が沈黙を破る。意表を突かれてジェイは素っ頓狂な声をあげた。レキにして みればその反応の方が不自然とでも言うように、肩眉を上げる。
「……黙りこくって喋らねーからまた熱中症にでもなったのかと思うだろ。調子狂うな」
「いや、体は全然……元気、だけどさ」
踏ん切りのつかない応答に、レキはやはり首を傾げる。
  普通だ、実に普通すぎるいつもと変わらない様子のレキがそこにいる。一瞬、先刻まで肌にまとわりついていた陰鬱な空気が気のせい かのように思える。それでも、再び背中を向けた後のレキの周りはどこか張りつめた空気が密集して見えた。
「(サンセットアイランドに行く前と……似てるよな)」
他の気にすべき事柄は全てと言っていいほど無頓着なジェイだが、殊レキに関しては勘が鋭くなる。そのことに一番敏感なのは他ならぬ レキ自身である、だから普段通りを不自然なほど装った。
  砂漠ペンギンを先頭にレキ、ジェイ、シオ、ラヴェンダー、ハル、最後にエース、キャラバンさながらに一列になって歩く様はお世辞 にも勇ましいとは言えない。案内役の存在がいろいろな意味で場の雰囲気をぶち壊していた。
  と、レキが不意に立ち止まる。
がらくた横町ジャンクサイド、か……」
顔を上げたジェイの眼に何か懐かしさがよぎる。
  蜃気楼のようにゆらゆら揺れて映るのは、ロストシティの概観によく似た殺伐とした廃都。ジャンクサイドの名に相応しい捨てられた 街を目の前にして、ようやく口を閉ざしていた連中が乾いた唇をおもむろに開いた。
「人間が住んでるって可能性はほぼゼロだな」
「ってことはやっぱブレイマーの巣窟なのかぁ……想像したくねえなあ」
クソ暑い中の悪寒は大きな身震いを誘う。息を呑む一行を促すようにレキが顎先で目的を指した。
「ペンギン(こいつ)に帰巣本能ってやつはあんのかな」
役目を果たして満足そうな砂漠ペンギンのつるつるな頭部に手を置く。が、余計な心配だったようで砂漠ペンギンはその長い手を伸ばし、 レキの前に差しのべた。
「紳士だな、こいつ……」
自称ジェントルマンを名乗るエースが小さな嫉妬を覚えながら複雑な笑みを漏らす。
  レキはその手をとって軽く振った。砂漠ペンギンはレキの手を離すと大きく弧を描くように手を振った。長いせいでゆっくりな振速度、 そのままペンギンは元来た方角へとマイペースに歩き去っていった。シオが見えなくなるまで手を振る。
  いくらか締まりのあるメンバーになったところで気合いを入れ直して、フレイム一同はジャンクサイド-砂埃と廃屋の街に足を踏み 入れた。建物があるせいで吹き抜けができ乾燥した強い風が砂煙を纏って目の前を横切る。ナガヒゲが言ったとおり人っ子一人、虫一匹 見当たらない。スラムに似た街の造りだったが、レキたちは一瞬にしてその大きな違いを悟った。
  この街は死んでいる-何一つ息づく気配がない。淋しさや静寂、それだけでない「無人」の恐怖を目の当たりにして、また誰か息を 呑んだ。
「さて、と。探すか、研究所とやらを。別行動しよう、その方が都合がいい」
「大丈夫かよ~、ブレイマーが出るかもなんだろぉ!?」
この様子なら何が出ても不思議ではない。サソリでもゴキブリでも、ブレイマー以外の生きているものならこの際歓迎したい気分だった。
「俺とジェイで廃ビルの中を虱潰しに探索すっからエースはラヴェンダーと民家、ハルとシオは路地なんかに怪しいところがないか チェック。何か見つけたり緊急事態の時は合図な」
指で作った銃を空に向ける。一番手っ取り早くて内輪で間違いなく通じる合図だ、皆頷く。
  必要最低限の人数でグループ作り、的確ではある。が、前のように適当にメンバーを割り振るわけにはいかなくなっていた。任せて 安心な人物と、無茶を制す係を組み合わせた上で、居心地の良さを考慮しなければならない。いや、無意識に考慮してしまう。バレバレ なメンバー割り振りに誰も口を出せない時点で、フレイム内部の確執か静かに広がっていることが窺えた。