ACT.1 ロストパラダイス


 レキたちフレイムのアジトは、東スラムの中央、何かの工場の跡地と見られる倉庫街にある。
アジトと言っても、たいした設備も明確な仕切もなく、漠然と「この辺り」というだけの区分だ。唯一の目印は、ジェイが廃材から直したテレビくらいで、レキたち主要メンバーはだいたいこのテレビのある倉庫を根城にしていた。他のメンバーはその周辺の倉庫に日替わり、というか気分次第でまちまちに点在している。
 それが普通だが、今日は普通ではない、特別だ。
 シュポン! ベコン! ――レキがシャッターをくぐるなり耳を過ぎったのがこんな音。二つ目の方が正確に言うと頭蓋骨に直接浸透する感じだった、などと脳天気に分析する間もなくレキは額に覚えたわけのわからない痛みにうずくまった。
「おいおい危ねーなぁ……誰だ、シャンパン飛ばしたの」
 なるほど額にぶち当たったのはシャンパンのコルクらしい、分かったからと言ってこの理不尽な仕打ちを受け入れる理由にはならない。涙目で立ち上がって拳を握ったかと思いきや、すぐさま今度は別のものにつまずいて派手に倒れ込んだ。
「おー悪い。まぁそんな怒り狂うなって、せっかくの祝杯が台無しだろ。ん?」
「~~エース……!」
 座り直して足を引っかけた張本人からビールのボトルを渡されると、レキは不服そうに受け取る。苛立ちも萎えてしまったのか、豪快にアルコールを流し込んだ。
「どうしたんだよ、こんなに山ほど……飲めんのかあ? これ」
 半分以上飲み干してから言うのも今更と言う気がしないでもない。更に口をつけながら首を傾げるから矛盾だ。
 レキは結局そのままシャッター付近に落ち着いて、すでに始まっていた打ち上げに参加した。
「俺が隠してた分を持ってきてやったんだ、感謝して飲めよ。シャンパンは知らねぇぞ、俺んじゃねぇ」
レキの怒りの矛先が自分に向かないように付け加えて隣で胡座を掻く無精髭の男を、レキはエースと呼んだ。 名前通り「フレイム」のエースと呼べる男だ、彼の腰に下げた旧型の銃にレキは絶対の信頼を置いていた。
酒を浴びるように飲む向こう見ずな若い連中とは違い、自分のボトルを飲めるだけ飲むのがエースの飲み方だ。
いつも被っているテンガロンハットを押さえて煙草に火をつけた。
「エース、外で吸えよ!狭いんだからさぁー」
ほろ酔い気分のジェイがわざとらしくむせる。
ジェイの言うように倉庫は十人入れば満足に座れない程度の広さだ、男たちの寄り集まった熱気の上に煙草まで吸われてはたまらない。
エースが軽く舌打ちしてそそくさと外へ出た。
と、レキのボトルに別のボトルを軽く打ち付ける黒いレザージャケットの男、エースが立ったことで空いた席に腰を落ち着ける。
「大逆転だって?悪いな見てやれなくて。さぞかしローズ悔しがってたろ」
「嫌味ばっか言われた。それよりどーよ、あっちの動きは」
「うーん俺ひとりじゃどうにも……。でも音沙汰無いのも変だよな。引き続き要警戒って感じ」
二人そろってしかめ面で呻る。
この少し頼りなさそうな小柄な男はハル、「フレイム」のサブヘッドだ。
と言ってもこれと言って特別な権限はない。ちょっとくらいチームででかい顔ができて、レキを名前で呼べると言うくらいだが、 それもハルの押しの弱い性格上たいして行使されていなかった。
それだから今回も一人で敵対チームの様子を窺いになんか行かされていたのである。本人は大して苦にもしていないようだ。
「ハルちゃぁーーーん、ちょっとどいてっ。ヘッドの独り占めはダメよぉ、そろそろあたしにも譲ってくんなきゃあ」
いきなりハルを力ずくでねじふせてヘッドの横という座を奪い取る大柄の女、ハルの方が女の子のような気がしてくる、あわれにも席を奪われて隅で小さくならざるをえなくなった。
女は完全にできあがっているらしい、レキに渾身の力で抱きついて頬にキスの嵐をお見舞いしてくる。
レキは苦笑しているが、押しのけようとしている手は全力だ。
「わかった、わかったから離れろってクイーン!くっせーんだよ、何本飲んだ!」
「いいじゃな~い、ヘッドの祝杯なんだから今夜くらい羽目はずしてもぉー。今夜どう?楽しましてあげるわよぉ」
口を尖らせて顔を近づけてくるクイーンに容赦なく嫌悪感を顕わにするレキ、 いつもは適当にキスさせておけば満足するようだったが、酒が回った彼女に程々という境界線はない。
レキが眉を痙攣させながらクイーンの豊満な胸の膨らみを素早く掴む。と、中から山ほどのパットが次々に出てくる。
手品なら拍手喝采かもしれない、にしてもこれは出過ぎのように思えた。
すっかりクイーンの胸が平になったところで、レキが解放された。
「ひどーい、ヘッドぉ。詰めるのに苦労したのにぃぃ」
「……俺は男とヤル趣味も技もない」
レキのうんざりした顔をよそに、クイーンはいそいそとパットを拾い集めると躊躇いなく再び詰め込んでいく。
もはや説明不要かも知れないが、彼女は正真正銘立派な男子である。 ただ少しスカートを穿いて、化粧をして、男に迫るだけの普通の男子である。
要するにハルが軟弱なわけではなく、クイーンが男前すぎるだけなのだ。
迷惑そうなハルを完全に無視して、クイーンは性懲りもなくレキにしがみついたままだ。
「んじゃ改めて、フレイムの勝利を祝して乾杯~!」
ベータが何の前触れもなく立ち上がってボトルを掲げる。好き勝手に飲んだくれていたメンバーも、とりあえず一度口を離してボトルを高く挙げた。