ACT.13 デジャ・ヴ


  内容が内容だけに、事実が事実だけに判明したところで期待と希望に満ちあふれた出発とはいかない。寧ろくそ重たい空気がレキ たちの周りを渦巻いていた。ラヴェンダーがそれに追い打ちをかける。
「……で。そのルビィは今どこにあるんだっけ?」
各々の脳裏にデッドスカルとの対峙のシーンがありありと蘇る。ここまでわざとらしい言い方をされると言い訳もできない。ルビィは デッド・スカル、いやおそらく裏で手を引いている財団の手に渡っているだろう。レキが申し訳なさそうにシオに視線を送ると、彼女も 苦笑してくれた。
「まあどっかの誰かさんが軽快に敵の手に渡しちまったからな。次はソレだな、兎にも角にもルビィがねえと始まんねぇ」
「ごもっともで……」
エースのダイレクトないびりにも反論などできない。
  誰一人としてこの日記が狂った科学者の空想だとは思わない、そう思うには皆いろいろ体験しすぎた。第一否定したところで行き 詰まる。そして何よりレキを始めフレイムメンバーはどいつもこいつも石橋を全速力で突っ走るタイプばかりだった。
「……一応これ、持ってった方がいいか……?気が引けるけど」
シオが静かにかぶりを振る。この日記にはルビィに似た重さがある。得るものは得たわけだし、これ以上得体の知れないものを持ち歩く 気にはなれなかった。
  レキが横目で窓の外を見る。雨は止んでいた、肌で感じていたが一応目視して確認をとる。
  と、今まで大して感慨を口にしなかったジェイがとてつもない顰め面で日記を凝視した。
「それにしてもさ……。異常だぜ、こいつ」
全員思っていて言わなかったことをあっさり口にする。
  たった一人の科学者の、愛したたった一人の女のためにブレイマーは作られた。望む望まないに関わらず、ルビィに反応して彷徨い 続ける死者の魂。この男の異常なまでの愛し方が全てを崩壊に導いたのだ。女の死も、日記を見る限りでは彼自身が招いた結果としか 言いようがない。
「……そうだな」
同情の余地はない、はずだった。次々と出ていく連中の背中を見送りながらレキは物思いに耽っていた。気付いて、シオが軽く肩を 叩く。
みんな行ったよ?-そう言いたげに人差し指を入口ドアへ向けた。
シオは何を思ったろう-こちらを凝視してくる黒い瞳からはそれを読みとることができない。面と向かって訊くわけにもいかなかった。 浅はかすぎる、おそらく自分の気持ちが場違いだということを分かった上でレキはそれを口にした。
「狂ってる……けど、俺少しこいつのこと分かる気がするんだよな。一番大事なもの、ガラスケースに入れて誰にも触れられないように、 っての」
《何か……閉じこめておきたいものがあるの?》
「え?何?」
ハルのようにスムーズに会話はできない。つい、シオは早口で、しかも俯いたまま唇を動かしてしまった。聞き返されたが、シオは かぶりを振るとそのまま外へ出た。
  その質問をレキに伝えたところでおそらく答えは返ってこない。軽く流されるか誤魔化されるか、いずれにせよレキが困った顔を するのが目に見えていたせいか足早に皆と合流する。レキも頭を掻きながら何の気無しに入口ドアを開けた。それはもう無防備に、だ。 よもや玄関を出るのに懐に手を突っ込んで細心の注意を払うことが必要だったとは、レキでなくても思わない。
  ドアの前で随分前に外へ出たエースやハルが団子状になって集まっている。外へ出た瞬間シオの背中にぶつかって、レキは幸せなこと に一人状況が飲み込めないままでいた。それもたった2秒の幸せだったが。レキは極端に嫌な顔をした。眉を極限まで顰めたり、口を への字に曲げたり、続いて舌打ちしてみたりある意味余裕な態度である。
「……気持ちは分かったから何とかしてくれよ。この絶対絶命具合」
ジェイも皮肉と苦笑いしかできることがない。
  玄関先で全員が密集しているのは360度ぐるりと白い集団に囲まれているせいだ。新手の宗教集団などではない、このムカつくほどの 白い制服を忘れるはずもなかった。ざっと千人余り、ユニオンのエリート共が待ちかねたようにレキたちを取り囲んでいる。一応の 間合いはあったが、銃器を向けられてしまえばほぼ無意味だ、双方未だ様子伺いとばかりに銃は構えていない。
「よくもまあこんな砂漠くんだりまで追っかけてきたもんだなっ。サンダーといいユニオンといい、よっぽど暇なのか?ご苦労さんだな」
「……追っかけられんのは嫌いじゃねぇが俺にも好みってのがある」
「冗談言ってる場合かよ~!どうすんだよ、これ!!」
落ち着き払ったレキとエースとは対照的に頭(ヘルメット)を抱えて喚くジェイ、因みに後者が正しい反応というものだ。前者二名は ここ最近これといったピンチが無かったせいで平和ボケしているに過ぎない。しかしいつまでも呆けている時間はない。
「ユニオンを敵に回すということは全世界敵に回したようなものだ。目撃情報はどこからでも入ってくる」
真っ白宗教団体の中でも、とりわけ威圧感のある男が口を開いた。レキとシオはこの男を既に知っている。ユナイテッドシティでも同じ ように追いつめられたのだからデジャ・ヴさえ感じていた。あの時はこれよりもっと少数精鋭でなおかつブレイマーの大群という思わぬ 救いの手が差しのべられた。少なくとも今それは期待できない。ラヴェンダーがあれだけマシンガンを乱射したにも関わらず気配さえ 見せないブレイマーが、この状況下タイミング良く邪魔をしに来てくれるはずもない。そもそもあの時は自分たちの手にルビィがあった からこそ生じたことだ。
「何だあいつ、パニッシャーか。……だったら本来の仕事をしてくれよ、しがないノーネームに構ってねえで」
「これも仕事の内らしいぜ?」
うんざり感をもろに顔に出すエース、レキはやはり達観した様子で応答する。
  イーグルの合図、どういったものか分からないがとにかくそれが行われれば、周りを取り囲む千の隊員が一斉に突撃、もしくは発砲 してくる。逃げ道はない。エースがうんざり顔を保ったまま声を顰めた。
「……俺が合図してやるから散れよ。間違っても仲良く凝り固まろうとするなよ。……聞いてんのか、ジェイ」
できれば聞き流したい内容だ、多大な不安を抱きつつもジェイは仕方なく頷いた。
「レキ、責任持ってシオを守れよ。始まったら俺らは後ろのことなんざ構わねえからな」
いつになく能動的なエースの横で、ラヴェンダーが無言でライダースのファスナーをあげる。左手でこそこそ荷物の紐をゆるめていた。 呆け気味のチームヘッドに代わって、今回ばかりはエースがテキパキと、しかし不親切な指示を出した。
  彼がめずらしく前衛を買って出たのは共に前衛を任せることができるパートナーが居るからだ。エースと彼女の作戦はとにかく先手を 打たなければ意味がない。
「今だ!!散れ!!」
エースが待っていたのはラヴェンダーがマシンガンをぶっ放す体勢が整う瞬間だった、叫ぶや否や凄まじい連射音が鼓膜を支配する。 ほぼ同時にレキとシオ、ハル、ジェイがスタートを切った。因みにエースは見事に地面に這い蹲っている。見事だが情けない光景だ。 ラヴェンダーの陰に隠れて猛スピードで弾を込めていく。
  ラヴェンダーが全段発射し終えるまでに、ユニオン側も散っていた。イーグルの姿は既にそこにはない。運悪くマシンガンの弾が 命中した者、逃げた残りのメンバーを追った者を除くと、この場に残ったのは約半数だ。
  マシンガンから音が止み、硝煙だけが立ち上る。
「そーら……」
煙幕の先にうっすら、銃器を構えた大群が浮かぶ。
「来るぞ!!」
今度は二人で、科学者宅へ一目三に飛び込む。壁に背中を押しつけた矢先、窓という窓から弾丸が降り注いだ。ただでさえひび割れて いたガラスがすぐ横で粉々に砕け散り、さっきまでレキが寝ころんでいたソファーやシオが持っていたランプ、花瓶、コップ、家財道具 に片っ端から穴が開いていく。
「どうすんの!?反撃する間もないじゃない!!」
2対500、あちらさんがのんびり射撃しても1回のトリガープルで500発だ、行き当たりばったりのエースのこと、先なんか考えている はずがない。そうこうしている間にもユニオンは着実に距離を詰めてくる。
「お前はドアの裏に張り付いとけ。もうちょっと数減らさねぇとな……」
四つん這いのまま移動、頭上を飛ぶ弾丸とその風にテンガロンハットを煽られながらキッチンの方へ向かった。何かを物色している。 暫くこそ泥のように漁った後、十本ほどのビール瓶を引きずって窓際へ戻ってきた。その半分をラヴェンダーに渡す。
「……器用ね」
「火ぃ点けるから適当に投げろ。応戦できる人数まで削るぞ」